第8話 北米大陸に渡る

文字数 1,294文字

ロシア大公国の支配下にあるフィンランドの言語学者ネストリ・ミクライネンとその助手スヴェン・イルマリネンは、過去のロシア帝国との歴史で、シベリアの先住民族チュクチが虐待されていたことを知っていたから、チュクチの村の長老、祭祀(さいし)を司るシャーマンに言語調査の礼を深く述べ、村の老若男女の人々にももてなしの感謝を心から述べ、チュクチの言語が細くとも末永く生き延び、ロシア帝国の文化を彩ることを祈念した。

チュクチの人々は村を挙げて言語調査に協力してくれ、ネストリとスヴェンが旅立つとき、とびきりの笑顔を向けてくれ、フィンランド人たちがきっとこの村を再訪しますと繰り返し言ったとき、彼らの肩を叩いたり、手を握ったりした。その優しさに、ネストリとスヴェンの二人のフィンランド人たちは、旅の疲れも消える気がした。そして、いつかきっと、冬の寒さは一月が零下15度~35度と極めて厳しく、夏は短い。七月の気温は5度~14度。年間降水量は200~400mmと少ないこの地を再訪し、この人々にまた会いたいと強く願った。


チュクチ自治管区 ―― ベーリング海峡 ―― アラスカ(Googleマップ)

さて、上の地図をご覧ください。チュクチ自治管区は、ベーリング海峡を挟んで、アメリカ合衆国と目と鼻の先である。だから、ベーリングがロシアのピョートル一世の命に従って航海したように、普通に船で渡ればいいのだ。

しかし、地球の民俗学に魅せられた、土星のエスキモー衛星群から飛来したセレブロは、地球の古代の大陸移動や、現在のアラスカやカナダ、グリーンランドに住む人々の現代の生活の変遷にも心を寄せた。だから、ネストリとスヴェンと一緒にチュコトカ半島の端に立ち、全地形万能車(ヴェズジェホート)を前にして、チュクチの人からいただいた細く大きな、片方だけを叩く太鼓を鳴らした。

するとチュコトカ半島とアラスカの間にあるベーリング海峡が閉じて、地続きになった。シベリアの先住民族の着物の柄が、北海道のアイヌのそれに似ていたり、さらにシベリア先住民族の文化が、アメリカインディアンの文化と共通点があったり、それはこの地域の大陸が、昔はくっついてひとつだったことを示唆している。それで、セレブロはその地球の昔の状態を再現して見せたのだ。

「ここから先、あなた方はアラスカのエスキモー、特にユピック方言を話す人々と会います。それから、時代は帝政ロシアの頃ではなく、もっと先になります。アインシュタイン博士やハイゼンベルク博士の助けを得て、わたくしは地球の時間の場をねじり、時間を超えてあなた方に旅をしていただきます。それから全地形万能車(ヴェズジェホート)の中には銃があります。万一熊やオオカミなど危険な動物に遭遇したときのためです。では、お二人ともBon Voyage!(ボン・ボヤージュ) 良い旅を!!」
と言うなり、チュクチの太鼓をバチでリズミカルに叩きながら、セレブロはシベリアの灰色の空に舞い上がり、小さくなって消え去った。
「ありがとう!」
ネストリとスヴェンは小さくなっていく銀のセレブロに大きな声で叫んだ。
そして全地形万能車(ヴェズジェホート)に乗り込むと、慣れた手つきでスヴェンが運転を始めた。





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登場人物紹介

スヴェン・イルマリネン。フィンランド・オストロボスニア生まれ。24歳で帝政ロシア軍中尉。3年間の流刑の後、27歳で言語学者ネストリ・ミクライネンの助手としてシベリアならびにアラスカ、カナダ、グリーンランドのエスキモー語の調査を行う。名狙撃手。

ネストリ・ミクライネン。フィンランド、サイマー湖畔出身の言語学者。大帝エカテリーナ(二世)の腹心、ダーシュコヴァ夫人に頼んで、スヴェン・イルマリネンを言語学フィールドワークの助手にしてもらう。年齢不詳。中年。おそらく40代。ヴァイオリンが得意。

エカテリーナ大帝(二世)。フランス革命後はロシアの自由を制限したが、農奴を自由にする法律を作った以外は、文化芸術に造詣が深い賢帝。例えば、自分の身体でワクチンを試しもした。ダーシュコヴァ夫人に、スヴェン・イルマリネンの恩赦を許した。

ダーシュコヴァ夫人。ロシアアカデミー総裁。ネストリ・ミクライネンの求めに応じて、スヴェン・イルマリネンを助手にするため、エカテリーナ大帝にスヴェンの恩赦を願い出て受け入れられる。醜女と言われているが、エカテリーナ大帝のクーデターに協力し、長く信頼関係にあった(が晩年は別れた)。

セレブロ(銀)。土星のイヌイット群衛星(本当にそういう衛星が土星にあるのです、仰天しました!)から時空を超えて地球の帝政ロシアに飛来した巨人族。女性科学者。ダーシュコヴァ夫人から依頼されて、ネストリとスヴェンのシベリア言語調査を支援する。その理由は故郷のイヌイット衛星群の名にあった。

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