第23話 アイヌ語のフィールドワーク

文字数 759文字

板綴舟(いたつづりぶね)で北海道に到着すると、セレブロは雪のように消え、中川先生という言語学者が待っていてくれた。フィールドワークは、簡単ではない。その土地の人に何度も会って、インフォーマント(情報提供者)を見つけ出し、その方と信頼関係を築いて言葉を「教えてもらう」。言語学者のネストリ・ミクライネンは、そのことを痛感していた。そこへ、アイヌ語も、英語も、ロシア語も話せる中川先生が来て、まったく訪れたことのない日本を案内してくれた。助手のスヴェン・イルマリネンも、ずっとネストリについて旅をしてきて、このありがたさを感じていた。

「雪が降って、その後晴れたある日に、セレブロさんが雪の女王みたいに現れたんです」
と中川先生は説明してくれた。セレブロは話した。
「ちょっと昔のロシア帝国から、フィンランドの言語学者とその助手が、ことばを旅しています。彼らはシベリアの先住民族チュクチのチュクチ語から始めて、アラスカのユピックエスキモー語を訪ねました。それからカナダのイヌクティトゥット語とグリーンランドのカラーリット語の話者に会っています。その弧は、西で北海道に繋がっていると思ったのです」
「セレブロさんの話を聞いて、僕はあなた方二人をお迎えすることにしました。ようこそ北海道へ、ようこそ日本へ」
彼らは温かいジンギスカン鍋を囲んでいた。
「お忙しい中、突然の訪問をお受けいただきありがとうございます」
ネストリ・ミクライネンは言った。スヴェン・イルマリネンも黙って頭を下げた。
「いえいえ、僕はまだ駆け出しの若造で、そんなに忙しくないんです。将来は忙しくなるかも知れませんが…」
白いアノラックを脱ぐと、白い半袖Tシャツの中川先生は答えた。
「それより今夜はジンギスカンをどんどん召し上がってください。明日から北海道内のアイヌ語話者にご紹介しますから」
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登場人物紹介

スヴェン・イルマリネン。フィンランド・オストロボスニア生まれ。24歳で帝政ロシア軍中尉。3年間の流刑の後、27歳で言語学者ネストリ・ミクライネンの助手としてシベリアならびにアラスカ、カナダ、グリーンランドのエスキモー語の調査を行う。名狙撃手。

ネストリ・ミクライネン。フィンランド、サイマー湖畔出身の言語学者。大帝エカテリーナ(二世)の腹心、ダーシュコヴァ夫人に頼んで、スヴェン・イルマリネンを言語学フィールドワークの助手にしてもらう。年齢不詳。中年。おそらく40代。ヴァイオリンが得意。

エカテリーナ大帝(二世)。フランス革命後はロシアの自由を制限したが、農奴を自由にする法律を作った以外は、文化芸術に造詣が深い賢帝。例えば、自分の身体でワクチンを試しもした。ダーシュコヴァ夫人に、スヴェン・イルマリネンの恩赦を許した。

ダーシュコヴァ夫人。ロシアアカデミー総裁。ネストリ・ミクライネンの求めに応じて、スヴェン・イルマリネンを助手にするため、エカテリーナ大帝にスヴェンの恩赦を願い出て受け入れられる。醜女と言われているが、エカテリーナ大帝のクーデターに協力し、長く信頼関係にあった(が晩年は別れた)。

セレブロ(銀)。土星のイヌイット群衛星(本当にそういう衛星が土星にあるのです、仰天しました!)から時空を超えて地球の帝政ロシアに飛来した巨人族。女性科学者。ダーシュコヴァ夫人から依頼されて、ネストリとスヴェンのシベリア言語調査を支援する。その理由は故郷のイヌイット衛星群の名にあった。

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