第3話 フィールドワーク

文字数 789文字

3年が経った。シベリアは柵のない牢獄だった。足に鉄球を付けられて、スヴェン・イルマリネンには逃げる術がなかった。
助けた娘が彼女の夫と、はるばる旅をして、スヴェンに毛皮や食べ物を届けた。
娘の夫は、役人がネコババしないように、ちゃんとモスクワに根回ししていた。
彼らは、何度かやって来た。
スヴェンは二人に深く頭を下げて、贈り物を受け取った。
そのおかげで若いスヴェンの健康はなんとか保たれた。

ある日、スヴェンの小屋にひとりの男が現れた。その男は中年のフィンランド人で、サイマー湖から来た言語学者ネストリ・ミクライネンと名乗った。
「ダーシュコヴァ夫人のおかげであなたは赦された」
とネストリは言い、足の鉄球の鎖に鍵を入れて、それを取り外した。スヴェンは深い安堵のため息をついた。
「ミクライネンさんありがとう。ダーシュコヴァ夫人とは?」
「大帝エカテリーナ(二世)の腹心で、ロシアアカデミーの総裁だ」
「その女帝陛下の腹心が、なぜ僕を赦してくれたのか?」
ミクライネンは前からシベリアの言語調査を希望していて、ダーシュコヴァ夫人に良い助手はいないか頼んでいた。そうしたら、先住民族の娘を救い、彼女を手に掛けようとした好色な役人を切り捨てた、品行方正で狙撃に優れたロシア陸軍の中尉、スヴェン・イルマリネンの名前が出た。
スヴェンはロシア語はもちろん、数か国語を話すことができ、フィンランド語とグリーンランドのエスキモー語の比較調査の論文を大学時代に書いて、ダーシュコヴァ夫人はその論文を読んで高く評価していた。ダーシュコヴァ夫人は女帝にスヴェンの恩赦を願い出て受け入れられ、自由の身になる彼を、ネストリの助手に推薦した。

こうしてスヴェン・イルマリネンは助手としての服装や物資を整え、今のシベリア奥地の流刑地から、さらに奥の先住民族の言語を調査するため、ネストリ・ミクライネンとともに旅立つことになった。



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登場人物紹介

スヴェン・イルマリネン。フィンランド・オストロボスニア生まれ。24歳で帝政ロシア軍中尉。3年間の流刑の後、27歳で言語学者ネストリ・ミクライネンの助手としてシベリアならびにアラスカ、カナダ、グリーンランドのエスキモー語の調査を行う。名狙撃手。

ネストリ・ミクライネン。フィンランド、サイマー湖畔出身の言語学者。大帝エカテリーナ(二世)の腹心、ダーシュコヴァ夫人に頼んで、スヴェン・イルマリネンを言語学フィールドワークの助手にしてもらう。年齢不詳。中年。おそらく40代。ヴァイオリンが得意。

エカテリーナ大帝(二世)。フランス革命後はロシアの自由を制限したが、農奴を自由にする法律を作った以外は、文化芸術に造詣が深い賢帝。例えば、自分の身体でワクチンを試しもした。ダーシュコヴァ夫人に、スヴェン・イルマリネンの恩赦を許した。

ダーシュコヴァ夫人。ロシアアカデミー総裁。ネストリ・ミクライネンの求めに応じて、スヴェン・イルマリネンを助手にするため、エカテリーナ大帝にスヴェンの恩赦を願い出て受け入れられる。醜女と言われているが、エカテリーナ大帝のクーデターに協力し、長く信頼関係にあった(が晩年は別れた)。

セレブロ(銀)。土星のイヌイット群衛星(本当にそういう衛星が土星にあるのです、仰天しました!)から時空を超えて地球の帝政ロシアに飛来した巨人族。女性科学者。ダーシュコヴァ夫人から依頼されて、ネストリとスヴェンのシベリア言語調査を支援する。その理由は故郷のイヌイット衛星群の名にあった。

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