第5話 シベリアンモビリティ

文字数 1,128文字

「これ、どうやって動かすんだ?」
自動車を知らない帝政ロシア世代のネストリ・ミクライネンがつぶやいた。
「あ、ここに本がある。これ、取扱説明書みたいですよ」
スヴェン・イルマリネンがロシア語で書かれた取説をパラパラとめくって読んだ。
「なるほど、この操縦桿を引いて、こっちのペダルで進んで、隣のペダルで止まる…」
と言いながら、スヴェンが操作すると、全地形万能車(ヴェズジェホート)が急に高速で走り出した。ネストリは車両内の壁につかまった。

セレブロが軍用ヘリコプターでその様子を見ていると、まだ雪の残った地面に全地形万能車(ヴェズジェホート)はまっすぐに軌跡を描き始めた。
「いい具合だわ…スヴェンは車両の運転も得意なのね」

その調子で車両は走って行ったが、夏を控えて溶けそうな河の前に来た。
「これがセレブロの言ってた、ダメな場所じゃないか…?」
ネストリが言うと、耳の良いスヴェンにヘリコプターのモーター音が聞こえてきた。
スヴェンは外を見上げてその空飛ぶ乗り物を見た。もっとも、それがヘリコプターとは知る由もなかったが。

セレブロは全地形万能車(ヴェズジェホート)の横にヘリコプターを着陸させた。
スヴェンは車両を降り、ネストリも後に続いた。
セレブロはヘリのドアを開けて、二人を乗せた。
そして、今まで雪の上を爆走していた全地形万能車(ヴェズジェホート)にテレビのコントローラーのような物を向けると、車両はかき消えた。
「車はどうしたんだ?!」
とネストリが叫んだ。
「どこか別のところに移動させたのか?」
と鋭くスヴェンは尋ねた。
「君はそのために、あのアインシュタインとか言う科学者を呼んだんだろう?」
「いい勘してるわね」
大柄の銀の髪のセレブロは、金の髪のスヴェンに言った。
言いながらもうヘリコプターを作動させて舞い上がった、スヴェンはシートにあった安全ベルトを締め、ネストリもそれを真似した。
雪に覆われた地上も、溶けかけた氷の河も、みるみる眼下に小さくなっていく。

それからセレブロは、三人の降りたヘリコプターを、全地形万能車(ヴェズジェホート)と同じようにコントローラーで消して、今度は水の流れる川に繋がれたボートに乗って向こう岸にわたり、それから同じようにボートから降りてそれを消し、スノーモービルに乗り換えて疾走し、シベリアの先住民族チュクチの集落近くで、待っていてくれたチュクチの人のトナカイ(そり)に乗り換えた。同じようにスノーモービルをコントローラーで消してから。

「お世話になります!」
セレブロがチュクチの橇の運転手に叫んだ。ネストリとスヴェンも同じようにロシア語で叫んだ。
「いやいや、ようこそおいでになった」
年取ったチュクチの運転手は三人を大きな二頭立てのトナカイ橇に乗せて言った。
そしてまだ残る雪の上をスムーズに進んでいくと、やがて前方に彼らのテント式の住居(ヤランガ)が見えてきた。
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登場人物紹介

スヴェン・イルマリネン。フィンランド・オストロボスニア生まれ。24歳で帝政ロシア軍中尉。3年間の流刑の後、27歳で言語学者ネストリ・ミクライネンの助手としてシベリアならびにアラスカ、カナダ、グリーンランドのエスキモー語の調査を行う。名狙撃手。

ネストリ・ミクライネン。フィンランド、サイマー湖畔出身の言語学者。大帝エカテリーナ(二世)の腹心、ダーシュコヴァ夫人に頼んで、スヴェン・イルマリネンを言語学フィールドワークの助手にしてもらう。年齢不詳。中年。おそらく40代。ヴァイオリンが得意。

エカテリーナ大帝(二世)。フランス革命後はロシアの自由を制限したが、農奴を自由にする法律を作った以外は、文化芸術に造詣が深い賢帝。例えば、自分の身体でワクチンを試しもした。ダーシュコヴァ夫人に、スヴェン・イルマリネンの恩赦を許した。

ダーシュコヴァ夫人。ロシアアカデミー総裁。ネストリ・ミクライネンの求めに応じて、スヴェン・イルマリネンを助手にするため、エカテリーナ大帝にスヴェンの恩赦を願い出て受け入れられる。醜女と言われているが、エカテリーナ大帝のクーデターに協力し、長く信頼関係にあった(が晩年は別れた)。

セレブロ(銀)。土星のイヌイット群衛星(本当にそういう衛星が土星にあるのです、仰天しました!)から時空を超えて地球の帝政ロシアに飛来した巨人族。女性科学者。ダーシュコヴァ夫人から依頼されて、ネストリとスヴェンのシベリア言語調査を支援する。その理由は故郷のイヌイット衛星群の名にあった。

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