第25話 アイヌ語の特徴

文字数 2,171文字

中川先生は、その後も北海道のアイヌの古老たちにネストリ・ミクライネンとスヴェン・イルマリネンを親切に引き合わせ、アイヌの物語などを聞かせてくれた。ネストリはそれに対して、当時の金額でかなりになると思われる帝政ロシアの金貨がギッシリ詰まった袋を先生に贈ろうとした。中川先生は驚いて「一枚だけいただきます」と言って取り、袋はネストリに返した。「でも、私たちは先生の専門知識によって、アイヌ語の世界を案内していただいています」とネストリは当惑した。

言語調査のフィールドワークでは、中川先生のような専門家の協力者や、その村で言語を話す古老たちに、謝礼を贈るべきか否かのデリケートな問題があるが、中川先生はネストリとスヴェンを迎えて嬉しい、確かに私の専門知識を使っていますが、あの神秘的なセレブロさんが現れてから、私は半分夢の中にいるような気がします。この仕事はお金では測れません、と中川先生は言って金貨の袋は最後まで受け取らなかった。

さて、その中川先生がアイヌ語の特徴について話してネストリとスヴェンに話してくださった。

★4人称
アイヌ語には1人称、2人称、3人称のほかに、そのどれにも入らないものを表す人称として4人称というものがあります。
4人称にはいろいろな用法がありますが、ここではその中の「不定人称」について説明します。
マレク セコロ アイエ プ marek sekor a=ye p マレクと言うもの
この表現でイエ ye 「言う」のは誰と決まっているわけでなく、強いて言えば「みんなが」です。このように決まった誰かではなく、不特定の人が行うことを表す用法が不定人称で、ア a= という人称接辞をつけて表します。
ちなみにマレクとは、サケやマスなど比較的大きく、産卵のため川を上ってくるための道具です。

★動物の鳴き声
特徴と言うか、アイヌ語では動物はこんな声で鳴くんだなという参考です。
ミクミク mik mik ワンワン(犬)
ヤウヤウ yaw yaw ニャーニャー(猫)
パウパウ paw paw コンコン(キツネ
フウェーフウェー huwe huwe ウォーウォー(仔グマ)
ウォウォ wo wo ウォーウォー(オオカミ)
ワクワク wak wak カーカー(カラス)
カッコクカッコク kakkok kakkok カッコーカッコー(カッコウ)
ペウレプチコイキ pewrep ci=koyki ゴロスケホーコー(フクロウ)

ペウレプチコイキ pewrep ci=koyki とは「仔グマを獲ったぞ」という意味で、人間に親グマの居所を教えてくれているという「聞きなし」です。それでフクロウはイソサンケカムイ isosankekamuy 「獲物を下す神」と呼ばれています。

★4人称の用法 (3) ― 2人称敬称
シネン アネ ワ オアカン ルウェ?
sinen a=ne wa oka=an ruwe?
1人で住んでいるんですか?
a は4人称の接辞です。なぜ2人称で言わないのでしょうか?
これは「2人称敬称」で、あなた、を丁寧に言う言い方です。

★数の数え方
数連体詞「~の」/数名詞:人 /数名詞:人以外
1シネ シネン シネプ
2トゥ トゥン トゥプ
3 レ レン レプ
4イネ イネン イネプ
5アシクネ アシクネン アシクネプ
6イワン イワニウ イワンペ
7アラワン アラワニウ アラワンペ
8トゥペサン トゥペサニウ トゥペサンペ
9シネペサン シネペサニウ シネペサンペ
10ワン ワニウ ワンペ
(ちなみにカタカナハンカク文字で書いた音は「閉音節」と呼ばれる音で(アシクネプなど)「内破音」と呼ばれ聞き分けることが難しいです。韓国語の単語末尾の音でこのようなほとんど聞こえない音を聞いたことがあります。)

例:シネ オッカヨ sine okkayo 「1人の男」トゥ メノコ tu menoko 「2人の女」
ポロ チャペ イネプ poro cape inep 「大きなネコ4つ」(匹、本のような助数詞はない)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

スヴェン・イルマリネン。フィンランド・オストロボスニア生まれ。24歳で帝政ロシア軍中尉。3年間の流刑の後、27歳で言語学者ネストリ・ミクライネンの助手としてシベリアならびにアラスカ、カナダ、グリーンランドのエスキモー語の調査を行う。名狙撃手。

ネストリ・ミクライネン。フィンランド、サイマー湖畔出身の言語学者。大帝エカテリーナ(二世)の腹心、ダーシュコヴァ夫人に頼んで、スヴェン・イルマリネンを言語学フィールドワークの助手にしてもらう。年齢不詳。中年。おそらく40代。ヴァイオリンが得意。

エカテリーナ大帝(二世)。フランス革命後はロシアの自由を制限したが、農奴を自由にする法律を作った以外は、文化芸術に造詣が深い賢帝。例えば、自分の身体でワクチンを試しもした。ダーシュコヴァ夫人に、スヴェン・イルマリネンの恩赦を許した。

ダーシュコヴァ夫人。ロシアアカデミー総裁。ネストリ・ミクライネンの求めに応じて、スヴェン・イルマリネンを助手にするため、エカテリーナ大帝にスヴェンの恩赦を願い出て受け入れられる。醜女と言われているが、エカテリーナ大帝のクーデターに協力し、長く信頼関係にあった(が晩年は別れた)。

セレブロ(銀)。土星のイヌイット群衛星(本当にそういう衛星が土星にあるのです、仰天しました!)から時空を超えて地球の帝政ロシアに飛来した巨人族。女性科学者。ダーシュコヴァ夫人から依頼されて、ネストリとスヴェンのシベリア言語調査を支援する。その理由は故郷のイヌイット衛星群の名にあった。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み