こまどりのお話

文字数 3,330文字

 むかし、ある所にかわいい男の子がいました。
 男の子には一緒に生まれた兄弟がいました。
 金色の髪、青い目、何もかもそっくりな、双子の弟。

 ある日、二人の住む町にサーカスがやってきました。満月の光に輝く夢のような舞台。
 町の子どもはだれもかれも釘付(くぎづ)け。双子の兄弟も舞台に夢中。甘いわたあめ、キャラメル味のポップコーン、ソーダ水の泡。
 けれどあくる朝目をさますと、そこは家のベッドではなかったのです。

 かわいそうな双子の兄弟。
 人でなしのサーカスにさらわれて、いじめられる苛酷(かこく)な日々。
 美しい舞台は、子どもをさらうための(わな)
 悲鳴と泣き声、やわらかな肉と血を手に入れるため。

 羽根をむしられ、翼をもがれ、寒い夜、弟はとうとう力尽(ちからつ)ました。
 その瞬間を男の子は全て見ていました。けれど()れることはできませんでした。
 サーカスの団長は二人を別々の(おり)に入れ、となりに置いたのです。
 どんなに手を伸ばしても、決して届かない絶妙(ぜつみょう)の位置に。

 (なげ)き、悲しみ、鳴き叫び、のどから血を吐く駒鳥(こまどり)一羽。

 使



 占い小屋の裏口で、見つけた黒いガラス(びん)
 いかなる運命の悪戯(いたずら)か。
 中には無味無臭(むみむしゅう)の毒が入っていた。

 静まり返ったサーカスのテント。
 鳥籠(かご)から飛び立つ瀕死(ひんし)の駒鳥。
 力尽きてうずくまる、暗いさみしい路地(ろじ)の奥。

「おや珍しい」
 暗いさみしい路地の奥、通りがかった紳士が一人。
「こんな町中(まちなか)に駒鳥が」
 紳士はこごえた駒鳥を家に連れて帰り、あたたかい毛布でくるみ、甘いココアをあげました。

     ※

「……と、まあこのようにして私のかわいいかわいい駒鳥(ロビン)は私の助手になったのです」
「いい話にまとめてるけど」
「力いっぱい幼児誘拐だよね」
「お巡りさんこいつです」
「だまらっしゃい、ど変態!」
「あんったにだけは言われたくない!」
「で。私の本を汚染したことと、ロビンくんの昔話にいったい何の関連性があるんです?」
「汚染ですって? とんでもない。私は何もしてませんよ! ただ、その、しいて申し上げるなら、アレですねぇ……」
「ええいキリキリ白状せい!」
「ぐぇえっ! 彼らから聞き出しただけです。ほんとうは、何をしたいのか……」

 何故だか(みょう)にえらそうで、上から目線の武勇伝(ぶゆうでん)

「かわいそうなゆきしろちゃんから! 孤独な大納言(だいなごん)のお姫様から! 青ひげ男爵(だんしゃく)から。赤ずきんの狩人から! 生真面目(きまじめ)だけが()()の白うさぎから!」
「それは自白(じはく)と見なしてよろしいか」
「まあ、人魚姫の王子様とは、話す必要もありませんでしたけどね」
「あ、やっぱり」
「すれちがうだけで充分でした」
「……やっぱ燃やそうか」
汚物(おぶつ)は消毒、だっけ?」
「こんなに大きなの燃やしたら本が燃えちゃうよ」
「じゃあ(くだ)こう」
「砕いてすりつぶして粉にして」
「海に流そう」
「そんなフレディ・マーキュリーみたいに」
「だれそれ」
「わあ、おじさん地味にショック」
「フレディは湖ですよ」

 だんだん話がそれてきた。おじさん深く呼吸して、こつこつこめかみを指でたたく。

「OK、落ち着こう。おい骨。お前、おとぎ話の本にもぐり込んで何してやがった?」
「ロビンを探していたんです!」
「……え?」
「のろけじゃなかったんだ」
「ちゃんと本題話してたんだ」
「あの子は確かに魔界(まかい)住人(じゅうにん)です。しかしまだ子どもなんです。子どもがうかつにおとぎ話の本に入ったらどうなるか、ご存知(ぞんじ)でしょう?」
「取り込まれる」
「そうです。おとぎ話に取り込まれ、完全に物語の一部となってしまう。外から見ただけじゃあわからない。だからこそ、ルナさんもカナさんも魔法のドレスを着て、その子猫を連れてるんじゃあありませんか」
「つまりロビンは……」
「そうです。この店のおとぎ話の本の、どれかに今も取り込まれたままなんです!」

 骨紳士は鎖をじゃらりと鳴らして手を(めぐ)らせ、立ち並ぶ本棚指し示す。

「私が救わず、誰が救うと言うんですか!」
「そう言うことなら……一言、私に依頼すればすんだでしょう」
「はぁ? だーれーがー、あなたに弱みなんか見せるもんですか。ふふん!」
「えらそうな顏するな!」
「変な意地はって被害拡大させやがって!」
「ほら、私って、ツンデレだから」
「……(つぶ)すか」
石臼(いしうす)持ってきますね」
「やめてっ、そんな、ちょっとずつすりつぶすのやめてーっ」

 がりがりごりごりごきょめきばきり。

 物騒な音を背後にルナとカナ、顏を見合わせうなずいた。

「なるほど、そう言うことか」
「なるほど、理解した」
「最初っからぼくらに任せるべきだったね」
適材適所(てきざいてきしょ)だよね」
「どうするルナ?」
「そうだね、カナ」

 あごに手をあてルナは右に、カナは左に、ちょこんと首をかしげて考える。

「骨はいけ()かない奴だけど、ロビンはいい子だ」
「うん、いい子だね」
「ロビンを助けよう」
「そうだね、ロビンを助けよう」

 おとぎ話の歪みは、一種の病気みたいなもの。潜伏期間(せんぷくきかん)は本によってばらばら、予測不可能。
 発症(はっしょう)するまで、外からはわからない。

「だから厄介(やっかい)なんですよね。ロビンくんを取り込んだ本の影響で、引っ張られた本もあるでしょうし……」
「ほーらね、全部が全部私のせいって訳じゃあないんですよ!」
「どや顏やめい」
 大人は中に入れない。おとぎ話は子どものための本。大人は異物(いぶつ)排除(はいじょ)される。
 中で自由に動けるのは、子どもだけ。
「とりあえず私たちはロビンくんのお気に入りの本と、奴が今まで入り込んだ本のリストを作っておきます。その間にルナさんとカナさんは、この本の浄化をお願いします」

 じわじわうぞぞ。本の表紙には今やすっかりおなじみの、どす黒いシミが(うごめ)いている。

「わあ発症したんだ」
「ええ、ついさっき」
「今回は何の本?」
「パンをふんだ娘」

 途端におじさんと姉さん、凍りつく。

「えっ」
「うっ」
「二人ともどうしたの?」
「顏が青いよ」
「パンをーふんだーむすめーパンをーふんだーむすめー……」
「何その歌?」
「ある一定の年齢の人間には、多大なトラウマをもたらした話なんだよ!」
映像媒体(えいぞうばいたい)はまだ汚染を受けていないはずです。事前情報として、こちらの動画をご覧ください」
 
 タブレットに映し出された動画に見入るルナとカナ、そして二匹の銀色子猫。

「…………」
「…………」
 
 微妙な顏する二匹と二人。

「思ってたのとちがう」
「どうなの、姉さん?」
「覚えてたのとちがう」
「どうやら既に影響を受けているようですね」
「映像から先にやられるってことは。やはりこの汚染、貴様のせいかーっ!」
「えーっと、それは、そのう……みなさん、がんばってくださいね!」

   ※

 次回、「パンをふんだら地獄に落とされたので女王になってやりました。これから現世を侵略します!」
 地獄の女王と化したインゲルを(むか)()て!

「ジャンル変わってる」
「ぼくたち『おとぎ探偵』だよね?」
「OK。次のドレスは、アメコミヒーロー風ね!」
「おネェちゃん!」
「まかせて。さらにキュートで、さらにパワフルなドレスをお作りしちゃう」
「完全に趣味の世界だ……」
「おネェちゃんを信じよう、ルナ」
「そうだね。オネェちゃんを信じよう、カナ」
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