雪の女王その3

文字数 3,939文字

 広い広い玉座の間。氷の湖の真ん中に、そびえ立つ氷の玉座。
 コペンハーゲンから北上してフィンランドを越え、ラップランドの北、スピッツベルゲン島。
 おとぎの本のページをめくり、とうとうやってきた雪の女王のお城の奥底で、やっと見つけた探し求める少年。金色の髪に青い瞳の男の子。
「え?」
「ロビンだけど、ロビンじゃない」
「髪の毛と瞳の色が逆だ!」
「まだ人間だった頃の色だ」
 ちがっていたのはそこだけじゃない。
「二人いる」
「もう一人は、いったいだれ?」

 そびえ立つ氷の玉座の(かたわ)らに、ひっそりたたずむ氷の鏡。縦に長い楕円形(だえんけい)縁取(ふちど)螺旋(らせん)はうねった波が、そのまま凍った小さなうずまき。
 鏡には玉座が写っている。天井(てんじょう)が写っている。凍った湖が写っている。

 それだけ。

「あれだよカナ」
「そうだ、これは雪の女王」
「悪魔の作った鏡はすでに」
「物語のはじめに砕けてる」

 ぱさり。
 少女の背中に羽根が広がる。光で()られた妖精の羽根。

「女王の城に」
「鏡は無い!」

 ルナとカナはふわりと宙に浮き……氷の玉座へ一直線!
 びゅんと飛ぶ。
 ひゅんと飛ぶ。
 粉雪が舞う。

「歪みはそこだ」
「見つけた、雪の女王!」

 金髪少年の一人がもう一人をひしと(かか)え、叫ぶ。

「この子は私のものだ!」

 すきとおる声。高い声。美しい声。
 氷柱(つらら)と氷柱を打ち合わせたような、冷たい冷たい女の声。かっと見開く瞳は凍てつく冬のアイスブルー。

「誰にも渡さない!」

 ぴきぴき、べき、ばきっ!
 湖の氷がひび割れ、盛り上がる。氷の欠片(かけら)がうねり、融合(ゆうごう)し、形を作る。角の生えた巨大な巨大なホッキョクグマ。
 後脚(あとあし)で立ち上がり、吠える。
 広間の天井がびりびり震える。氷柱がはがれ、落ちる。

「おっと」
「あぶない」

 素早くルナカナ、左右にわかれて飛びのいた。
 氷の前足がスカっと空振(からぶ)り。湖の表面をけずり取る。

所詮(しょせん)は氷」

 カナはコートのポケットからマッチを取り出し、しゅっとする。
 ごおおおお!
 ちいさなマッチの先端(せんたん)から、ドラゴンが吹くような激しい炎がほとばしる。

「溶けろ!」

 があっと氷のクマが口を開く。
 咆哮(ほうこう)とともに吹きだす冷気。
 カキン!
 凍った。炎が凍った。凍って、落ちて、こっぱみじんと舞い散った。

「うそでしょ、炎が凍った」
「私の氷は全てを支配する。人の火では溶かせない」
「オーケイ、想定内(そうていない)だ」
 クマの前にふっと浮かぶ白いマント。
 ルナの手には、二つに分かれた銀の(はさみ)。カナが炎を放つ間に抜き放っていたのだ。
「溶かせないなら、(けず)ればいい!」
「たたきつぶせ!」
 巨大なかぎ(つめ)がルナに迫る。

「おおおおおっ」
 回る、回る、ルナの腕がすさまじい早さで回る。

 突進する氷のクマの前足が。噛みつく顎門(あぎと)が、削られる。細かく細かく削られて、粉になって舞い散る舞い散る。
 まるで粉雪。
「切られに来てくれてありがとう」
 しっぽの先まで粉にして、ふっと削りカスを吹いて飛ばす。
「かき氷だ」
「きぇえええええ」
 響き渡る女王の絶叫。
 ピシィ! 湖の表面に亀裂(きれつ)が走り、大量の水が吹き上がる。
 全てが氷の怪物に変わる。

「増えた」
「物量作戦だ」
「こう言う時は」

 ルナがバスケットからとり出したのは石臼! 不思議な本屋にあった、意味深な石臼!
 どうやって入れていたのか? 重くはなかったのか?
 問題ない。
 何故なら何故なら、魔法のバスケットだから!

 空中に浮かんだまま、ルナは回す。石臼を回す。やり方はちゃんとわかってる。今まで何度も見てきたから。この石臼で、骨紳士が尋問(じんもん)されるのを!
「塩出ろ、塩出ろ、塩出ろよ」
 石臼から塩が出る。どんどん出る。吹き出す。吹き出す。止まらない。
 そう。今までさんざん骨紳士を砕いていたこの臼は、日本昔話に出てくるあの、塩吹き臼だったのだ!
「塩をかければ氷の融点(ゆうてん)が下がる! そして溶ける!」
 塩を吹く臼をかかえてルナは飛ぶ。氷の怪物軍団の上をぐるぐるぐるぐる飛び回る。
「さらに加熱!」
 カナがバスケットから古ぼけたおなべを出す。明らかにバスケットより大きい、丸い取っ手のついた鉄のなべ。
「おなべよにえろ」
 あっつあつのおかゆがぐつぐつぐつ! 何の変哲(へんてつ)もない古いおなべは、実はグリム童話「おいしいおかゆ」に出てくる、あの魔法のおなべだったのだ!
 ルナとカナ、並んでぐるぐる飛び回る。あっつあつのおかゆ、無限にあふれる塩。どちらも魔法。どちらも人の手によるものではない。
 (ゆえ)に、凍らない。

「ぐぉおおおおお!」

 溶ける、溶ける、氷が溶ける。
 大量の塩で融点を下げられて、さらに熱いおかゆを浴びせられ、怪物軍団は形を失い、溶けくずれる。
 どろどろに溶けてくずれておかゆと混じり、元の形に戻れない。
 邪魔者はもういない。
 さえぎる者はもういない。
 白と赤のマントをなびかせて、ルナカナすたんと玉座に降り立つ。

「さあ、ロビンを返せ、雪の女王」
「帰っておいで、ロビン!」

 雪の女王はぎりっと唇かみしめて、一転、悲しげに叫ぶ。

「行かないで、お兄ちゃん。ぼくを一人にしないで」
 かぼそく弱い子どもの声。
 ロビンは激しくかぶりを振り、偽物を抱きしめた。
「ロビンなんて知らない。ぼくは弟とはなれない」
「あちゃー……」
「記憶操作されてるよ」
「瞳と髪の色で気づくべきだった」

 にたりと笑う女王。

「しかたない」
「こればっかりはやりたくなかったんだけど」

 顏を見合わせルナとカナ、うなずきあう。
 かぱっとカナがバスケットを開ける。ルナが両手をつっこんで、抱き上げたのは猫!
「ぴゃあ」
 ……ではなくて。猫ぐらいのサイズの人形! 布に綿をつめた、ふんわりふかふかの、ぬいぐるみ人形。
 長く白い髪、きちんとスーツを着て、目の所に赤いボタンをぬい付けたぬいぐるみ。
 正確に骨紳士の特徴を、再現した布人形。
 しかもいかなる魔法かぴょこんと起き上がり、両手を広げた。
『ロビン!』
 しゃべった!
『おお、かわいい私のこまどり!』
「あっ」
 ロビンの目から涙が流れる。愛しい人の言葉に涙があふれる。
 姿こそ人形だが、しゃべっているのは他ならぬ骨紳士。人形を通して、本人が発する真実の言葉!
『どこにいるのですか、私のロビン……帰っておいで私のロビン』
「あ……ああっ」
 あふれる涙が洗い流す。雪の女王のまやかしを。
『おお、ロビン! そこにいたのですね!』
 偽の弟から手をはなす。氷の玉座を降りて歩き出す。
『こっちです。こっちですよロビン!』
「あ、あ、あ」
『おいで、ロビン!』
 ぬいぐるみを抱きしめ、ロビンが涙を流す。

「あーっ!」
 変わる。変わる。ロビンの姿が変わる。金色の髪は夜の闇の藍色(あいいろ)に。藍色の瞳は、三日月の金色に。
「おかえり、ロビン」
「さあ、本から出よう」
 ロビンがこくっとうなずき、ルナカナと手をつなぐ。
「逃がさない……逃がすものかああっ!」
「わあっ」

 偽物の弟が、ぶわっとふくれ上がる。雪ヒョウの毛皮でふちどられた、氷のマントを羽織った背の高い女。
 美しく(ととの)った白い顏、凍てつく湖と同じアイスブルーの瞳。女王だ。おそるべき雪の女王が、とうとう正体を現した。
「その子は……私のものだーっっ」
「わああっ」

 激しいブリザードが吹き荒れる。
「つかまって、ロビン!」
「ヌー、お願い!」
 しっかり抱き合うルナカナとロビン。
「ぴゃーっ」
「ぴゃあーっ」
 銀色子猫が鳴く。赤い口をかぱっとあけて。広がる、広がる、蜘蛛の糸。
 ルナカナのマントからのびる蜘蛛の巣がしっかりと、三人と二匹をくるんで守る。
「帰るんだ、ルナ」
「帰るんだ、カナ」
 ルナとカナ、二つの声が一緒に叫ぶ。
「大事な人が待っている!」

 ふっと消える吹雪のうなり。
 しっかり抱き合いルナカナとロビン、ぽんっと本から飛び出した。

「やったあ!」
 ロビンも無事。
 みんな無事!
「おお、ロビン! 私のかわいいコマドリ!」
 ひしと抱き合う骨紳士とロビン。
「すき……だいすき」
「もちろんです。私も愛してますよロビン!」
 感動の再会を見守るルナとカナ。
「これで一件落着」
「めでたしめでたし、だね」
 いつもの本屋さん。そして出迎える……
「お帰り、マイプリンセス」
「え? 姉さん?」
 カナにひざまずく王子様。
「くーん」
「ええっ」
 ルナにしっぽを振る巨大な狼。
「もしかして、おじさんっ?」
 あわてて窓に飛びつくと、目の前には凍りついた町並。そして空からさかさまに、のしかかる氷の城。

「うそーっ!」
「おとぎ話がっ」
「あふれてる!」

 驚きあわてる二人の目の前で、窓ガラスにぴしっと氷がはりつき、文字になる。

『私は私のカイを取り戻す』
 宣戦布告だ!
「あのクソ女王!」
 拳をにぎり叫ぶ骨。まるっきり主人公。
「二度とロビンを渡すものですかっ!」
 物語は終わらない。

※次回は5/10の11:00に公開します
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