湯上がりグビィ

文字数 2,269文字

「ふぅ、いいお風呂だった」
「気持ちよかった」
「気持ちよかったね」

 まっすぐな黒髪にぱっちりした二重(ふたえ)の目。うり二つの少女、ルナとカナ。
 ルナは水色、カナはミントグリーン。色ちがいのおそろいのパジャマで、おそろいのスリッパ。
 とことこと歩く、(いた)()廊下(ろうか)。右手に持った銀色の(かん)
 ふすまを開けて、お茶の間に入る。さらさらの(たたみ)、大きな液晶テレビ。
 間接照明(かんせつしょうめい)がやさしくてらす、ここちよい和の空間。
 テレビの前には、大きな大きなマシュマロクッションが二つ。ぽすんと座れば、華奢(きゃしゃ)(からだ)がすっぽりつつまれる。
 少しおくれて銀色子猫がきちっと(たたみ)にすわる。
 黒い瞳と、こげ茶と緑。二組(ふたくみ)の瞳が見つめあい、それぞれ手にした缶をかかげる。
「いちごソーダ」
「はちみつレモンソーダ」
「ぴゃああ」
 小皿に入った猫用ミルク。
「んぴぃ」
 同じく。
「始めようか」
「うん」

 ぷしゅっとプルタブをおしこんで、口をつける。
「んく、んく、んく……」
「ぷっはー」
 同時に拳をにぎり、気合いをこめてひとこと。
「あー、この一本のために生きてる!」
 
 廊下から見守る人影あり。
 黒地に赤い蜘蛛(くも)()模様の着物をゆるっと着こなし、長い茶髪(ちゃぱつ)を組み(ひも)()ったおネェさん。

「……何してるのかしら?」
「おじさんのマネ」
「ねえさんのマネ」
「いつもやってるから、試してみた」
「ご感想は?」
「……よくわかんない」
「なるほど。で、もう一つ質問いい?」
「どうぞ」
「どうぞ」
「何で、それを、あたしの(いえ)でやるのかしら?」
 ルナとカナは顏をみあわせ、そろって口をひらく。
「お風呂が広いから!」

     ※

 翌日。気まぐれな店主(てんしゅ)道楽(どうらく)(ひら)く、小さなお茶屋(ちゃや)さんにて。
 
「ってなことがあったのね」
「それで(ゆう)べ、二人(ふたり)して月代(つきしろ)さんの(いえ)()まったのか……」
「楽しかったわよパジャマパーティ」
「混ざりたかった」
「しっかり見てるんだなあ」
「子どもってすぐマネするからね」
「動画を! せめて写真を」
「三人で自撮(じど)りしたのでよければ」
「ぜひっ」
「はい、送った」
「あぁっ! 神々(こうごう)しい!」
「ってか。俺はいいんだよ俺は! 正真正銘(しょうしんしょうめい)おっさんなんだから!」
「ん?」
「君! 君だよ問題は! 若い女性が、そんな、おっさんくさい行動していいのかーっ」
「関係ねぇよおっさん。だって、落ち着くでしょ?」
「……まあ、確かに」
「さすが別世界(べっせかい)同一人物(どういつじんぶつ)ねぇ」

     ※

 そして、その夜。
「あー、いい風呂だったーっ」
 ゆるゆるのスエット、首にタオル、片手に缶ビール。
 洋館のリビングにて、風呂上がりにいつものスタイルでくつろぐ『若い女性』が約一名。
「いかんいかん! もっとこうスタイリッシュに!」
 ダメ出しをするおっさん。
「せめて缶から直飲(じかのみ)みはやめて、グラスで飲みなさい!」
「えー」
「あとソファにあぐらかくのやめなさい」
「えー体が安定しない」
「背もたれに(からだ)(あず)けて。クッションかかえて、ほれ!」
「お、これはこれでいい感じ?」
「よし、んじゃこれ行ってみようか」
 細長いグラスに(そそ)がれたビール。女優のウェストのようにくびれた優雅(ゆうが)流線型(りゅうせんけい)の内側は、白い泡と金色の液体が絶妙(ぜつみょう)配分(はいぶん)で安定している。
「……」
 渡されたねえさん、ぐびっと一口(ひとくち)
「これじゃない」
 素早(すばや)くおっさんの手から缶を強奪(ごうだつ)。まだ中味が残っているのだ。
「あっこら!」
 止める(ひま)もあらばこそ。ごっきゅごっきゅごっきゅと飲み干して、ぷっはーっと息を吐く。
 (こぶし)をにぎり、気合いをこめて吠える。
「あー、この一本のために生きてるぅう!」
「………」
「………」
 冷ややかな視線(しせん)にふりむくと、カワイイ×2。
「ああっ、カナちゃん!」
「やっぱりわかんない」
「うん、わかんない」
「カナちゃーんっ!」
「行こう」
「行こう」

 ぺしゃり。
 さしのべる手も(むな)しくねえさん、ソファから床に落ちる。
 すたすたと通りすぎる途中、カナが足を止め、ぼそりとつぶやく。

「……ねえさんが楽しいなら、好きにすれば」
「!」
「おやすみ」
 プイっと横を向いて立ち去るカナ。
 一方でねえさんはむくっと起き上がり、クッションを抱きしめる。
「ああああ、あたしのカナちゃん、(とうと)い。マジプリンセスぅうう」
「はいはい……」
「もう一本ビール()けちゃう!」
「あー、なんか……」
 (ゆか)にこぼれたビールを()きながら、遠い目をするおっさん。
「俺って、はたから見るとあんな風に見えるんだ……」
 ひょいとドアからルナが顏を出す。
「知らなかったのー?」
「知りたくなかった……」

「まあおっさん」
 缶ビールがさし出される。
「飲め」
「飲む」

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