わがまま姫と献身王子の食卓

文字数 1,656文字

 カナの朝はベッドの中で始まる。
 
「ぴゃあ」
「んー……おはよう」

 ふわふわの銀色子猫(ぎんいろこねこ)と鼻と鼻をくっつけておはようのキス。ふっかふかのベッドの上に起き上がると、すかさずすっと足つきトレイに乗せられた朝ご飯が出てくる。

「おはよう、カナちゃん」

 カーテン越しのやわらかな朝の光の中、ほほえむお姉さん。
 (くせ)のある黒髪は短からず長からず。すらりとした手足はきたえ上げた(ほそ)マッチョ。白いシャツにスラックスで立つ姿はまるで

(……おうじさまみたい)

 そう、見た目は確かに王子様だった。姿も声も物腰(ものごし)も、さながら少女の夢見る美青年。

「どうぞ、めしあがれ」
「ありがとう」

 しかし中味は。

(ああっ、かわいい。あたしのカナちゃんかわいいかわいいかわいい(とうと)いぃいっ)

 この王子様、唯一(ゆいいつ)のお姫様カナの完全な下僕(げぼく)なのだ。
 純情も、ストイックも、十周回れば変態になる。

「いただきます」
「ぴゃあー」

 乳白色のふわふわの寝巻(ねまき)を着て、天蓋(てんがい)付きのベッドで朝ご飯。お姫様のような朝食風景だが、毎日毎日お菓子とミルクばかり口にしてる訳ではない。献立(こんだて)はカナの気まぐれ次第。たとえば昨夜、テレビを見ていて

「あれ、おいしそう」
「ぴゃあ!」

 とつぶやいた料理がそのまま出てくる。
 今朝は手のひらにすっぽり収まるくらいのちっちゃな丸いおむすび二つ。具はチーズとおかか、海苔(のり)でくるんで。
 マグカップに満たされているのはぬるめのほうじ茶。何もかも昨夜、テレビで見た通り。そしてさらにカナのために小さくかわいらしくアレンジされている。

 ちっちゃな桜貝(さくらがい)の唇でおにぎりをぱくり。もぐもぐ噛んで、ほうじ茶をひとくち。

「ほぅ……」

 満足げにため息。
 銀色子猫はお皿に盛ったご飯に舌鼓(したつづみ)。さすがにおにぎりは食べづらいから、おかかとチーズを上に乗せただけ。
 おねえさんはいつも、カナと子猫のために同じ食事を用意してくれる。

『この子には僕と同じものをあげて。普通の猫じゃないから』
『はい、かしこまりました!』

 だってお姫様の下僕だから。ちょっと変だな、おかしいな、と思っても気にしない、つっこまない。
 だってお姫様の下僕だから。猫がたまに、人の言葉っぽい鳴き方しても気にしない。

 食べ終わると、絶妙(ぜつみょう)のタイミングでお皿をさげに来る。

(のぞいてるのかな)

 そんなわけない。
 本能でわかるのだ。
 純情とストイックが十周回れば変態になる。
 そして変態も100周回れば(わざ)となる。
 ここまで来るともはや超能力の(いき)

「ごちそうさま」
「光栄です」
 
 歯をみがいて、顏を洗ったらドレッサーの前に座る。
 髪をとかすのはおねえさんの役目。
 うやうやしく、丁寧に、うねり一つ無いさらさらの黒髪をとかす。

「今日の服はどれ?」
「こちらです」
「背中のジッパー、あげて」
「はい!」
「リボンむすんで」
「はい!」
「靴、はかせて」
「はい!」

 やってることは、わがままなお姫様そのもの。
 ただしやらされてる方は心底しあわせ。

 身支度(みじたく)がおわると、カナは両手をひろげて姿見(すがたみ)の前に立つ。

「どう?」
「きれいだよ、カナちゃん。最高にかわいい」
「……そう」

 そして二人は下に()りる。ルナとおじさん、もう一匹の銀色子猫と顏をあわせる。

「おはよう、カナ」
「おはよう、ルナ」

 昼と夜は一階で一緒に。
 だけど朝はかならずベッドで食べる。
 おねえさんの作った朝ご飯を食べる。
 毎朝のお決まり、そして……
 ちがう世界の同じ存在。ルナとカナとが一つの家で暮らすルール。

「今日の本はなぁに?」
「さぁ、はじめよう」
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