不思議の国のアリス

文字数 9,865文字

「教えてやるよ。首をはねるってのはなあ。首をはねるってのはなぁあ……」

 



「こう言うことだ!」

 



   ※

 ある日、おとぎ話が『(ゆが)み』に汚染(おせん)された。
 歪みはまたたくまに世界中に広がり、勝手に話を書き()える。
 やがては現実をも。

 これは、歪んだおとぎ話を浄化(じょうか)する不思議な双子(ふたご)のお(はなし)

   ※

 落ちる落ちる、アリスが落ちる。
 底なし、きり無し、限り無し、がらんどうのうさぎ穴。壁にはぎっしりならんだ本棚、戸棚、画びょうで貼られたうす気味悪い落書き。試しにひょいと手をのばしてとったガラス(びん)、ラベルを読むと……
「オレンジマーマレード?」
「……中味は白い粉だけどね」
「わあ、がっかり」
 ぐいと押し込む(から)の棚。

 落ちる落ちる、アリスが落ちる。赤いドレスと白いドレス、うり二つの双子のアリス。
 長い黒髪なびかせて、ぼすんと落ちたよ、穴の底。
「よっと」

 何かカサカサしたものが穴の底にふりつもって山になっていて、アリスはケガひとつしませんでした。

「おお、本の通り」
「……じゃ、ない」
「うわぁ」
 顏をしかめる双子のアリス。
 穴の底に積もっていたのは「()(えだ)()(くさ)」なんかじゃなかった。
 どぎついピンクと黄色と緑のポップな色彩(しきさい)。目がちかちかしそうな甘いにおい。お菓子の(つつ)み紙、『()(ぶくろ)。そして子どもの(くつ)
「何これ」
「気持ち悪い」
「これ()いてた子たち、どうなったんだろう」
「たぶんカナが想像したとおりだよ」
 靴には点々と、赤い血が飛び散っていた。
「まだ本格的な汚染(おせん)は始まってないね」
「うん。だけど(ゆが)みが出てる」
「あいつが通った直後だからね」
「歪みを追いかけよう」
「そうだね、追いかけよう」
「追いかければ」
「あいつにたどりつく」
 長い長い通路を抜けて、たどりついたのは大広間(おおひろま)
 ぴかぴかに(みが)かれた市松模様(いちまつもよう)(ゆか)。びろうどのカーテンの向こうのちっちゃな(とびら)。ガラスのテーブル、上に(かぎ)
「ここは原本(げんぽん)通りなんだ」
「あった、あの小瓶(こびん)

『私を飲んで』と書かれた(ふだ)をまきつけた、ちっちゃなガラス(びん)。中味は…………

「びゃあ」
 銀色子猫が耳をふせる。
「んびぃ」
 白いちっちゃな牙をむく。
「やっぱりね」
「使い道はある」

 ここから先に進むには、ちっちゃくなったり大きくなったり、わんわん泣いて涙の海であっぷあっぷしなきゃいけないんだけれど。
「時間がないから」
「手っ取り早く行こう」
 ブローチに触れるルナとカナ。するとみるみる(ちぢ)む、体が縮む。人形ぐらいに小さくなって、小さなドアから、らくらく脱出。
「さすがおネェちゃん」
「いい仕事してる」

 ドアの向こうはいちめんのお花畑。白に紫、ピンクがかった赤い花。ひらひら薄いクレープ()のような花びら。見てるとなんだか、胸がざわつく、おちつかない。何やら見てはいけないものを見ているような。
「これもしかして」
「もしかしなくても」
「ケシの花」
「ケシの花」
 いけないお(くすり)()れる花。

「ドードーめぐり、ドードーめぐりぃいい」
 ケシの花畑の(まわ)りをぐるぐる走る鳥一羽。ずんぐりむっくり変な顏、ハイテンションで(さけ)んでる。
「ドードーめぐり、ドードーめぐりぃい」
「あ、ドードー鳥」
「本屋さんの中庭に来た子かな」
「目つきがヤバいよ」
「別のお薬キメたかな」
「いくらでも材料生えてそうだよね、ここ」

 気配に気づいたドードー鳥、鼻息荒く急停止(きゅうていし)

「おめでとう、おめでとう! あなたの健闘(けんとう)をたたえて賞品を。この指ぬきを(さず)けます!」
「指、入ってる」
「いらない……」

 指ぬき(指入り)。

     ※

 しっちゃかめっちゃか不思議の国(ワンダーランド)
 イモムシは謎の葉っぱをスパスパ吸ってバッドトリップ。侯爵夫人(こうしゃくふじん)は赤ん坊を(なぐ)(たお)してお(なべ)にどぼん。コックは鼻から粉を吸いこみわめきちらす。

「コショウだよ、これはコショウだよ!」
「ぜったいちがう」
「ロクでもないことになってる」
「すごくロクでもないことになってる」
「話の順番もでたらめだ」

 セイウチと大工がカキを言いくるめ、残らずぺろりとのみこんだ。

「これは(ただ)しい」
「本がちがうけど」
「めちゃくちゃだね」
「めちゃくちゃだ」

 魚男が手を振った。

「やあアリス、焼き菓子はいかが?」
「いらない」

 カエル男がへろへろ手招(てまね)き。

「ごきげんようアリス、シロップはいかが?」
「いらない」
「キャンディは」
「いらない」
「ぶどう味だよ」
「けっこうです」
「キノコをめしあがれ」
「それ露骨(ろこつ)にヤバいやつじゃん!」
「タルトにパイにチョコレート」
「いらないっつってんだろ!」

 ルナさんとうとうキレちゃった。ハサミでちょっきんちょっきんな。舞い散るトランプ紙吹雪(かみふぶき)

「だれも(かれ)もやたらとお菓子食べさせようとしてくるね」
「つまり何か入ってる」

 お菓子(ヤバい薬入り)。

「下手にゴシックとかマフィア風とかゾンビ風とか気の()いたアレンジじゃなくて」
「ひたすらメルヘンな方向に歪んでるから余計(よけい)不気味(ぶきみ)



 アリス、アリス、双子のアリス。(なら)んで歩く森の中、ぽっかり(ちゅう)に浮かぶ猫。にやにやにやにや笑ってる。

「ハロー、赤いアリス。ハロー、白いアリス。」
「チェシャ猫は変わらないんだね」
「猫だからねぇん」
「そうか、猫だから」
「ぴゃあ」
「ぴゃああ」
「やあごきげんよう、銀色の兄弟」
「ぴぃ」
「ぴぃう」
 お鼻くっつけ、ごあいさつ。
 猫は自由。いつでもどこでも。
「チェシャ猫さん、チェシャ猫さん、教えて。僕たち、イカレ帽子屋(マッドハッター)を探してるんだ」
「マッドハッターを探してる? ならば簡単、あっちだよ」
「あっちってどっち?」
「こっちじゃないそっち」
 話すうちにどんどんチェシャ猫の体が薄れてく。体がすっかり空気に溶け込んで、おしまいにはにやにや笑う顏だけ残って。
「こっちじゃないのが、そっちだよ」
 それもぽんっと消えちゃった。
「消えちゃった」
「意味わかんないし」
「意味なんてないんだよルナ」
「そうか、カナ」
 赤と白、二人のアリス。たがいに背中合わせで立つ。
「こっちじゃない」
「そっち」
 同時に走り出す。

 何たる不条理(ふじょうり)、正反対の方向に走り出したはずなのに、二人並んで走ってる!

 走る、走る、アリスが走る。
 ドレスとリボンをなびかせて、赤白、二人のアリスが走る。
 ぽんと(ひら)けた森の中、だらだら続く(くる)ったお茶会(ちゃかい)。三月うさぎに眠たいヤマネ、お茶にひたった止まった時計。
 マッドハッター、バターを()る手をはたと止め、脱兎(だっと)の勢い走り出す。

「待て、マッドハッター」
「止まれ!」

 テーブル飛び越えアリスが走る。
 マッドハッターが走る。
 ヤクを決めたか、ぐんにゃり(たお)れて眠るグリフォンの、尻尾をふみつけ海辺(うみべ)をひらり。
 呼ばれてないのに女王陛下(じょおうへいか)のクロッケー大会に乱入(らんにゅう)(べに)ヅル、ハリネズミ、腰をまげたトランプ兵、もろともまとめて蹴飛(けと)ばした。

「ぎゃっ痛い」
「何しやがるか」
「ごめんそこどいて」
「失礼」

 ぴょいと飛び越すルナとカナ。

「早いな」
「早いな」
「気をそらそう」

 ペンキでべっとり白から赤へ、塗りたくったバラの花園(はなぞの)駆け抜けて、やって来たのはキノコの森。

「おーいマッドハッター! 帽子に値札(ねふだ)つけたまんまだよ」
「おっとこれはうっかり」

 立ち止まるマッドハッター。

「えい」

 ルナはすかさずポッケから、懐中時計(かいちゅうどけい)を引き出して、ぶんぶん回して投げつける。
 ほっそりきらきら金時計。ひゅうんと飛んでく空中で、ぼおん。
 ふくれあがった太ぉい(くさり)。ぐるぐるぐるぐるからみつく。

「ぎゃーっ」

 マッドハッター、ぐるぐる巻き。ばったり(たお)れる(こけ)の上。
 がしゃがしゃがしゃーん。いくつもの錠前(じょうまえ)がかかる。
 
「こっ、これしきの鎖で私を(しば)ったおつもりですか?」
 顏をしかめて力を入れるが、鎖はぴくともゆるまない。
「い、今のはリハーサルです。こんどこそ……ふんぬっ!」

 ぱちーんと錠前一つ(はじ)け飛ぶ。だけど直後にもっと大きな錠前が、がしゃがしゃんっと二
つ増えた。
「うっそぉおおっ」
「それ、つかまえた奴の悪行(あくぎょう)に合わせて錠前が増えるんだって」
「まだ増えてる」
 がしゃがしゃがしゃがしゃ錠前増える。おしゃれなハンドバッグくらいの錠前が、太い鎖にびっしり(すず)なり。まるでクリスマスのイルミネーション。
「そのうち錠前でつぶれるかもね」
「どっから持ってきたんですか、こんな物騒(ぶっそう)なもん!」
「クリスマス・キャロル」
「それはキャロルはキャロルでもちがうキャロルでしょーっ!」
「お前、骨だろ」
 びっくんとすくみあがったマッドハッター。
 ぽろりと落ちた帽子の下から、飛び出す銀髪(ぎんぱつ)、赤い瞳、貴族(きぞく)めいた(ひん)のある顏だちの男。
「何故バレた! 私の擬態(ぎたい)は完ぺきだったのに!」
「本物なら値札はつけたまま、気にしない」
「しぃまったぁあ!」
「かっこつけてるから」
「スタイル重視(じゅうし)なんですよ我々は!」
「本物ならまず、お茶をすすめなきゃね」
「うぐぐ」
「僕らの顔を見るなり逃げ出したものね」
「それ以前に言動(げんどう)がいつものまんまだよね」
「隠す気ないよね」

 話す間もずっしりみっしり。鎖がどんどん太くなる。
「じゃあそろそろ答えてもらおうか。だれに歪みをとり憑かせた?」
 腕組(うでぐ)みする白アリスことルナ。じとーっとにらむ赤アリスことカナ。
 しゃきーんっと(つめ)出す銀色子猫。
 その時だ。

 どしゅうっ!

「わっ」
「うわわっ」

 震動(しんどう)爆音(ばくおん)衝撃波(しょうげきは)。走り抜けた直後に、極彩色(ごくさいしょく)のきのこの森が色を失う。
 青い空、ぎらつく緑の苔、赤と青と紫のキノコ。みんなみんな、白と黒と灰色に(しず)む。

「はじまったね、ルナ」
「はじまったね、カナ」
「ふがふがふが」
 錠前びっしり増えすぎて、もはや男の顏が見えない。
「行こう、ルナ」
「うん、行こう、カナ」
 ごきばきべきょりっ。
 錠前の(かたまり)の向こうから、何かいろいろ折れる音が聞こえてくる。
「こいつはこのまま放置ってことで」
「おっけー、このまま放置ってことで」
「むがーっ」

      ※

 しっちゃかめっちゃか不思議の国(ワンダーランド)。歪んでいるのはいったいだぁれ?
 黒く(うごめ)く歪みの(かたまり)宿(やど)したまんま。いそいそぴょんぴょん。
 不思議の国全体を走り抜け、汚染をまき散らした者。
 もともとおかしな登場人物の中で、唯一(ゆいいつ)律義(りちぎ)でまともな者。
 規則(きそく)正しく、時間と約束を守っていた者。

「たいへんだぁ、たいへんだ、ぐずぐずしてたら遅れちゃう!」
 いつもいつもいつもいつも。
 時間に追われてこき使われてののしられ、まにあったことは一度もない。いや、ほんとはまにあってるはずなのに、()められたことはいちどもない。いつもいつもいつもいつも怒鳴(どな)られる。
「このまぬけ、この無能(むのう)! さっさとしろこのグズ! のろま!」
 いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも。
「首をはねておしまい!」
 ああ、もうたくさんだ。
 もうたくさんだ。
「聞き()きた」
 懐中時計をひきちぎり、力任(ちからまか)せにたたきつける。
「お前がいなけりゃいいんだ!」
 
 女王様。
 首をはねてしまえと言うだけで、すぐに忘れる女王様。
 言葉は(やいば)。聞く者の中味を切り刻む。 
 言葉は刃。一度言ったら戻せない。あやまったって消せやしない。言った事実は残る。永遠に。

「教えてやるよ。首をはねるってのはなあ。首をはねるってのはなぁあ……」

 女王様。
 後のことなどてんでわからぬ女王様。かんしゃく玉を破裂(はれつ)させ、ぎゃんと叫べばそれで満足(まんぞく)。 
 ほんとに首をはねたことなんか一度も無い。
 言ってることの意味だって、自分じゃちっとも理解しない。

「こう言うことだ!」

 (おの)でばっさり白ウサギ、ハートの女王の首をはねた。
 真っ赤な血潮(ちしお)が飛び散って、白いバラを赤く染める。

「どうだ! どうだどうだどうだ! ざまぁみろ、見かけ(だお)しの口先女(くちさきおんな)。クソやかましいクソ女王め! クソ、クソ、クソ! ふは、ふは、ふははははーっ!」

 赤く染まった白いバラ、バラバラの女王。
 言葉で人を(きざ)んだ(ぶん)、そっくり自分に返った女王。

「あーあーあー」
「あーあ」
「やっちゃった」
「やっちゃった」
「アリス……お前、ウザいんだよ! どこまでもどこまでもどこまでも、俺の(あと)ばっか追いかけやがって! ほんと何なんだよこのストーカー!」
「あっ、それはぼくも思った」
「僕も思った」
「ほっといてくれよ! もう俺のことはほっといてくれよーっ!」

 血まみれの白ウサギ。斧を振り上げ斬りかかる。

「クソうざったいクソガキがーっ! 刻んでやる、刻んでやる、もう二度と俺について来れないようにっ」
「おあいにくさま」
 カチリとアリスが靴のかかとを打ちあわせる。途端(とたん)にひゅんっと姿が消えて、斧がすかっと宙を切る。
「あぁっ? どこだ。どこ行ったアリスぅっ! クソっクソっクソっ!」
 目標(もくひょう)消失(しょうしつ)白ウサギ、ぶちギレキレ芸、やつあたり。斧をふりあげずんばらりん、手当たり次第に切り刻む。

 一方、ルナとカナはウサギのはるか後方(こうほう)、バラの木陰(こかげ)
「おお、こんな風になるんだ」
「すごいすごい」
「さすがおネェちゃん」
「いい仕事してる」
「どこだぁああ、アリス、どこだぁああっ!」
 血走(ちばし)った目で白ウサギ、目に付くものを(かた)(ぱし)からばっさりずっぱりずんばらりん。
 ハートのキングが真っ二つ。
 裁判官が真っ二つ。
 ハートのジャックも、トランプ兵も、みーんなみーんな真っ二つ。
「全部全部壊れてしまえーっ」

 ぐんにゃり、ぐにょぉん。

 白ウサギの首が伸びる。足が伸びる。腹はぶっくりに(ふく)れ上がり、赤い目玉はらんらんと燃える。長い耳は角に変わる。唇がめくれあがって上下の鋭い歯が()き出しに。のびきった上着は腕にはりつき(うろこ)となり、背中にぱちんとコウモリみたいな翼が(ひら)く。
 ヒゲがねじれてたれ下がり、指と爪がぐにょりとのびる。
 がくがくのびて、ごきょっと曲がる。

「うぼっ、うぼぼっ、ごぼがぼげぼびっ」

 くらいつく(あご)
 かきむしる爪。
 そいつはもう、白ウサギじゃない。
 そいつは今や、ひとごろしき怪物、ジャバウォックだ。
 怪獣(かいじゅう)! 狂獣(きょじゅう)! 巨大(きょだい)

 めきめきばきばきごきょぎょきょり。

 際限(さいげん)なく膨れ上がり、もはやお城の尖塔(せんとう)に手が届きそう。
 それでもチョッキは着たまんま。何故(なぜ)か破れず着たまんま。

「これ鏡の国だ」
「セイウチと大工もそうだった」
「本が混じってる」
「骨がいるからだ」
「骨がいるからだ」
「まじってるならユニコーン呼べるね」
「そうだ、鏡の国にはユニコーンがいる」

 ぐるるるがおう、ぐるるるがおう。
 のっそりもったり、ぶぅうん、ずしぃいん。
 いびつな腕を振り回し、ジャバウォックがお城を壊す。
 ばらばらばらばら破片が落ちる。
 カナは白いエプロンのポケットから、折紙を出す。

「来て、ぼくのユニコーン」

 ひゅうん!
 銀の星くず引き()れて、真珠の(つの)、ダイヤの(ひづめ)、雪の体、(はがね)の足。
 乙女の守護者、ユニコーンが実体化する。
「乗せて、ねえさん」
『喜んで!』
 
 走る。走る。
 赤と白、二人のアリスと銀色子猫が二匹。軽々乗せて、ユニコーンが走る。
 ぐるるるがぉう、ぐるるるがぉう。
 吠える吠えるよジャバウォック。生気の()せた灰色の空。どすぐろく立ちこめるおどろおどろの(くも)()いて、翼ひろげて風切(かぜき)って、ひゅんひゅん飛ぶよ、ジャバウォック。

「あいつに追いつく」
『おおせのままに、プリンセス』

 ユニコーン()った。お城の壁、森の木、モノクロのきのこ、風にちぎれる黒い雲、色を無くした灰色の星、何でもかんでも足がかりにして、(そら)(そら)へと()(のぼ)る。

「ぞごにいだがぁああ、あーりーずぅうううう」
『遅い!』

 なぐりかかりたる鉤爪(かぎつめ)を、ひらりとかわして蹴り飛ばし、駆け登るよ肩の上。だらりとのびた首の上。
 走る走るよユニコーン。
 おおっと点滅(てんめつ)、体が、足が。
 
「あ、いけない、そろそろ制限時間が」

 赤いアリスのリボンが震える。

「がんばって姉さん、もう少し!」

 カナはしがみつく、ユニコーンの首に。

『カナちゃん……』

 震えるユニコーン。かっと輝く白銀(しろがね)(つの)

「あいつの上に。口の上に!」
『おおせのままに、マイプリンセス!』

 腐った魚のような顏踏みつけて、高々と飛ぶユニコーン。がばっと口を開いてジャバウォック、首をのばして追いすがる。

「めしあがれ」

 ルナがポケットから出したのは、広間で見つけた「飲んで」の小瓶(こびん)生臭(なまぐさ)(いき)()き散らかす怪物の、お口めがけてぽいっと投げる。

 白ウサギはアリスの登場キャラクター。
『自分の所属(しょぞく)する本に出てくる物』には、逆らえない、逃げられない。

 しゅわしゅわ泡立(あわだ)つガラス瓶。
 ぱくり、飲み込むジャバウォック。

「うぐ?」

 一瞬だった。
 ジャバウォック。
 大きな大きなジャバウォック。
 お城の塔より巨大な大怪獣(だいかいじゅう)
 圧縮(あっしゅく)(ちぢ)んでごとっと落ちる。
 ()()てた芝生(しばふ)(ころ)がった、かっちかちのミートボール。
 どっすん、ぼすっとめり込んだ。

「なるほど確かに縮んだね」
「縮んだね」

 ふわりと降り立つユニコーン。
「ありがと、ねえさん」
 カナのなでる手のひらの下、ぺらりと戻る、元の折紙。
「歌ってよ、カナ」
「わかったよ、ルナ」

 ルナが歌う。折紙のユニコーンを胸に抱いて。

 ライオンとユニコーン
 ぐるぐる戦う、王冠(おうかん)めぐって
 ユニコーンがガツンと一撃(いちげき)
 ライオン追いかけ町中(まちじゅう)ぐるぐる
 
「逆じゃない?」
「いいんだ、ぼくのユニコーンは強いから」
「そうだね、強いね」
 
乙女(カナ)のためなら、最強。

 町の人たちおおあわて
 黒パン、白パン、プラムのケーキ
 太鼓(たいこ)たたいて追い出した

 モノクロの世界が(あざ)やかな色を取り戻す。コックはコショウをまき散らし、侯爵夫人は赤ん坊をぶちのめし、イモムシは水煙草(みずたばこ)をぷっかぷか、ドードー鳥がぐるぐる走る。だらだら続く、狂ったお茶会。
「そやつの首をはねよ!」
 おかえり、(ただ)しくイカれた不思議の国。
 そして、アリスが穴に飛び込む。

     ※

 ぽんっと本から飛び出すルナとカナ。いつものように銀色子猫を腕に抱き……
「おかえり、カナちゃん!」
「おかえり、ルナ」
「ただいま、姉さん」
「はい、お土産(みやげ)

 ごとり。

 鎖と錠前でぎっちぎちに押しつぶされた、赤目(あかめ)の男をお持ち帰り。
「さっきより増えたかな」
「何かすっごい形になってるんですけどぉ」
 大仕事をやり()げて、よれよれの姉さん。それでも立っているのは多分、根性。
「なぁに、この程度でくたばるタマじゃああるまい」
 おじさん、げしっと鎖の塊、蹴りつける。いつもの優しさ穏やかさはいったいどこに? 暴力全開、容赦なし。
「ふがふがーっ」
「ほらな」

 しゅわわわわ。

 赤い革表紙の本から黒い(うごめ)斑点(はんてん)消失(しょうしつ)、元の美しさを取り戻す。金文字で刻印(こくいん)されたタイトルは、みなさまごぞんじ「不思議の国のアリス」。
「さぁてどうしてくれましょうか……」
 本屋は笑う。上品に、口角(こうかく)をつり上げて。
散々(さんざん)、私の本を汚染(おせん)してくれたこの男を」
「とりあえず、あれだ。質問しようか」
 べきばきとおじさん、指を鳴らして腕まくり。
拷問(ごうもん)のまちがいじゃあありませんよねっ」
「それは、貴様の返答次第だ」
「ぎゃー」

     ※

「僕たちの出番はなさそうだね」
「うん。おじさんたちにまかせよう」
「ささ、ルナちゃんもカナちゃんもおつかれさま。お茶とケーキを用意したわよ」
「わぁ、いいにおい!」
「ありがとう、おネェちゃん」
「プラムのケーキよ」
「これが」
「これが」

 新鮮なプラムとレーズンをぎっしり乗せた、バターたっぷりおいしいケーキと本物のお茶でほっとひといき。

「んー、おいしい」
「甘さと、さっぱり(かん)のバランスが絶妙(ぜつみょう)!」
「ふふっ、ありがと」
「ほら姉さん、お茶飲んで」
「ありがとう……ふわぁ……染みるぅう」

 女子会の隣では、尋問(じんもん)着々(ちゃくちゃく)と進む。

「何故、私の本にもぐり込んだんですか?」
「きりきり白状(はくじょう)せい!」
「ノーノーノー、ブレイク! ブレイク!」
「あいにくでしたね、これはプロレスではないんですよ」

 食べ終わる(ころ)には、きっと謎もとけるでしょう。
 めでたし、めでたし。

(おとぎ探偵ルナカナ〜不思議の国のアリス/了)

※本文中に使用した画像は、らいら@denbu3 さんの「趣味丸出しメーカー https://picrew.me/image_maker/17569 」で風牙さんが作成した立ち絵に背景を加えて加工したものです。
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