真夜中の即席ラーメン

文字数 2,501文字

 夜中に目が()めた。
 ものすごくお(なか)がすいていた。
 足音をしのばせてキッチンにしのびこみ、袋ラーメンを片手鍋(かたてなべ)投入(とうにゅう)
 
 二階にもキッチンがあってほんとうに良かった。
 小型のIHコンロと蛇口(じゃぐち)ひとつに小型冷蔵庫(こがたれいぞうこ)の簡単な作りだけど、夜食(やしょく)には充分。
 
 水を(そそ)いで、卵を割り入れて、火にかける。
 さあて、お湯がわくまでにどんぶりをスタンバイしてっと……
「ちょっと待て?」
 ひらめいた。
 自分1人しかいないんだ。(なべ)から(じか)()ってもいいんじゃね?
 ナーイスアイディーア。
「お、わいたわいた」
 すぐおいしい。
 すごくおいしい。

 ずぞぞぞぞっ!

 深夜に(ひび)く、(めん)すすり(おん)
 キッチンに立ったまま、鍋から(じか)にラーメンをすする背徳感(はいとくかん)
「んー」
 (とり)ガラスープとほそい(ちぢ)(めん)のハーモニーがたまりません。
 半熟(はんじゅく)になった卵の黄身をハシで二つに割って、(めん)にからめて、もうひとくち。
「はーっ」
 一味(ひとあじ)ちがって、まろやか〜。どれ、スープを。
「あぢっ」
 まだ(なべ)(あつ)かった。
「ぴゃあ」
 背後で猫の声。
「って!」
 ふりむけば、カワイイ。
「……………」
「カナちゃん」
 くせのない黒髪、白い肌、ぱっちり二重(ふたえ)の目、(ひとみ)はこげ茶色とメランジグリーンの色ちがい。
 私の天使が。フェアリープリンセスが。白いふわっふわのネグリジェ姿で猫をかかえて、じーっとこっちを見てる。
「いつから?」
「のど、かわいた」
「あっはい」
 しゃかしゃかと横ばいで壁にはりつく。
 いれかわりに私のプリンセスがキッチンに入る。
 冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルをとって、ほてほてと歩いて行く。
「お、おやすみ」
「おやすみなさい」

 寝室のドアが開いて、閉まる。

「はうっ!」
 見られた。
 ばっちり見られた。鍋からラーメン(じか)すすりしてる姿をーっ!
 ああ。
 ああああああ。
「穴があったら入りたい」

     ※

 翌朝。いつものように朝ご飯をベッドに運ぶ。
「どうぞ、めしあがれ」
「ありがとう」
 ちっちゃなワッフル。表面はカリっと、中はふんわり。メープルシロップとバターをそえて。
 私のプリンセスがちっちゃなお口をあけて、はむっとひとくち。白い歯で()みとる。

(ああっ、かわいい)

「ねえさん」
「は、はいっ」
「今度、食べてみたい」
「何を?」
「ねえさんが夜中に食べてた、アレ」
「………はい」
 忘れてほしかったぁあ……

     ※

 次の日。
 気まぐれな店主(てんしゅ)道楽(どうらく)でやってる小さなお茶屋(ちゃや)さんにて。

「で、どうしたの?」
「うん、お作りしましたよ? 食べやすいように半分に割って、白いスープカップに入れて。プチトマトとパセリできれいに(いろど)って……」
「結果は?」
「コレジャナイって、いわれました」
「そうよねぇ」
 月代(つきしろ)ママは、ことんとカウンターにカップを乗せた。
「はい、どうぞ」
「ありがとぉ……」
 カップの中味はハーブティー。透き通ったピンク色。ちょっとぬるめで、体にしみる。
 ずうんと落ち込んだハートが優しくつつまれて、胸が内側からあったまる。
「しみるわぁ……」
 月代ママのお茶はいつでも、いちばん必要なものが入ってる。

「ねえサクラちゃん」
「あい」
 不覚(ふかく)にも涙がにじんできました。
「カナちゃんはね、サクラちゃんが食べてるのと、同じラーメンが食べたかったんじゃあないかしら」
「あ」

『ねえさんが、夜中に食べてたアレ』

「おしゃれにアレンジしたラーメンじゃなくて。おなべから(じか)に、ね?」
「でもでもっ、フェアリープリンセスにっ、カナちゃんに雪平鍋(ゆきひらなべ)から(じか)にラーメンすすれだなんてーっ!」
「そーゆー食べ方、してたんだ」
「言えない。口に出せない。とてもじゃないけど、できませんっ」
「はいはい、落ち着いて、王子様……」
 月代ママはカウンターの裏側(うらがわ)から、白くて丸いものを出してきた。
「こう言うの、使えばいいんじゃない?」
「っ!」
 この手がーっ!
「月代さん、ありがとうっ」

     ※

「どうぞ、めしあがれ」
 テーブルの上には、木の鍋敷(なべし)きに乗せた白いほうろう(なべ)
 どんぶりくらいの大きさで、かぼちゃや目玉焼き、トマトにリンゴにオレンジ、パプリカ……かわいい模様がプリントされている。
 これなら。
 こう言うかわいい鍋なら! カナちゃんが(じか)にすすっても! ふさわしい! かわいい! きれい!

(問題無し!)

 たとえ中味が、卵をのせたシンプル(ふくろ)ラーメンでも。
「いただきます」
 おはしでまぜて、ふーふー吹いて、口にふくむ。
「んー……」
 満足げに目を閉じて、小さくうなずく。
 次に卵の黄身を半分に割って、めんにからめて。

 って、まんまあたしがやってた食べ方じゃないですかーっ!
 そうかそうか、カナちゃんこれがやりたかったのねっ!

(ああ……可愛い……)

 しあわせに打ちふるえていると。
「んびっ」
 銀色の前足で、ぺちっとたたかれる。
「あっ、はい、ただいま!」
 さましたチキンスープと卵の黄身。カリカリとからめて、猫用の小皿(こざら)に盛りつける。
「どうぞ」
「ぴゃあ」
 お猫さまはまんぞくげにカリカリに口をつける。
「おいしいね」
「ぴぃ」
 顔を見合(みあ)わせている。
 あぁ。何て(あい)らしい一対(いっつい)
「ふふっ」
 おつかえしてるだけで、あたし、しあわせ。
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