シナリオ版ゆめのねこ
文字数 10,514文字
//登場人物
ルナ:主人公。白い装束の少女。切る力を持つ。
カナ:主人公。赤い装束の少女。浄化する力を持つ。
銀色子猫:二匹いる。ルナとカナが一匹ずつつれている。
お嬢様:語り手の少女。家族は両親と姉。平安時代の貴族の娘。大納言 の姫君 にあこがれている。※二人の接点は「手習いのお手本」のみ。
大納言の姫君:お嬢様があこがれている人。若くして病で亡くなる。※二人の接点は「手習いのお手本」のみ。
異形の姫:歪 みにとりつかれた姫君
月代の君:都で評判の陰陽師。ルナカナの衣裳を作った魔法使いのおネェさん。
本屋:不思議な本屋の店主。ルナとカナの依頼人
おねえさん:二十代後半、カナの下僕
おじさん:四十代後半、ルナの下僕
//舞台:平安時代の貴族のお屋敷
//季節:春(四月ごろ)
//ナレーション:お嬢様の語り
去年 の春は都 に悪 い病 が流行 り、たくさんのひとが亡 くなりました。
優 しかった乳母 も、三月 の初 めにあっけなく亡 くなってしまった。
そして、大納言 の姫君 も病 で亡くなられたと聞きました。
わたくしは悲 しくて悲 しくてたまりません。
お父様 の任地 から都 にやってきたばかりで、右も左もわからず心細 かった頃 。
「これを手習 いのお手本 となさい」と、たいそう美しい書 をいただきました。それを書 いたのが大納言 の姫君 とうかがい、「このように美しい字を書くのは、どのように素敵 な姫君なのだろう」と、あこがれておりました。
いつかお会いできたらいいのに。せめて文 をしたためて、「ありがとうございます。あなたの美しい字がとても好きです」とお伝えできたら。ずっと胸 に秘 めてきた願 いは、二度とかなわないのです。
残された書 を見ると、
//お嬢様は、大納言の姫君と会ったことがありません。声も想像です。
大納言の姫君(回想)「さよふけてねざめざりせば時鳥 人づてにこそ聞くべかりけれ(夜 がふけて目を覚 まさなければ、ほととぎすの声も人づてに聞いてばかりであったろうなあ)」
大納言の姫君(回想)「鳥辺山 たにに煙 のもえ立たば はかなく見えしわれと知らなむ(鳥辺山の谷に、亡くなった人を焼く煙がもえ立つのを見ていると、我知 らず悲しくなってしまう)」
などと拾遺集 の歌をお美しい字で記 されていて、また涙 があふれてしまうのでした。
今年もまた、桜 が咲 きました。
ああ、また姫君 が亡くなられた季節 が来てしまったなあ、とさみしく思いながら夜更 けに物語 など読んでいると。
不意 に、一匹 の子猫 が現 れたのです。
お嬢様「まあ、かわいい」
雪のように、花のように真っ白な美しい子猫。
その子は不思議 な猫でした。わたくしの顔をじっと見て、まるで言葉 がわかるようなのです。
お嬢様「もしかしてあなたは、大納言 のお姫様 ?」
たずねると、赤い口をあけて「にゃあ」、と鳴きました。あまりに愛らしいので、飼うことにしました。
いつでもわたくしの後 をついてまわり、可愛 くて可愛 くてたまりません。
可愛 い白猫 と暮 らしはじめてまもなく。わたくしは病 にかかり、床 から起 きられなくなりました。
身体 のどこが苦しいと言う訳 でも無いのです。ただ力が抜けて食べ物ものどを通らず、水ばかり飲んですごしております。
けれど幸 せです。
あれほどお慕 いしていた大納言 のお姫様 が、いつもわたくしによりそってくれているのですから。
お父様 とお母様 はたいそう心配して、お医者様 や陰陽師 を何人も呼びました。けれどわたくしの病 は一向 に治 りません。
お父様は嘆 き、お母様とお姉様 は泣いておられます。けれど全 ては水の中から見あげる月のようで。春の宵 の桜のように、ぼんやりと霞 んでいるのでした。
まるで夢 の中をふわふわただよう心地 です。わたくしはこのまま、煙 のように消えてしまうのでしょうか……。
//時間経過:だいたい二週間
そうして四月も半 ばをすぎる頃 、都 でも名高 い「月代 の君 」と呼ばれる方 がやってきたのでした。
月代の君「ごめんくださいませ。お召 しにより月代桜架 、参上 いたしました」
黒い狩衣 に蜘蛛 の巣のような紅 い縫 い取 りをあしらい、色の白いおだやかな顔立 ちのお方でした。
正直もうしあげて、これまで来たお医者様も陰陽師の先生も怖 い方 ばかりだったのですが、月代の君はちっとも怖くありません。
月代の君「これなる女童 はあたくしの供 の者 でございます」
ルナ「こんにちは」
カナ「こんにちは」
お供 は小さな女の子が二人。わたくしより少し年下でしょうか。うり二つの顔立 ちはまるで子猫のように愛らしく、おそろいの単衣 におそろいの唐衣 を羽織 り、やはりおそろいの被衣 をかぶっておりました。何もかも同じ、ただちがうのは色だけ。
一人は白、一人は赤。
一人は小さな薬箱 を下げ、もう一人は布でつつんだ壷 を抱 えておりました。
二人の女の子は月代の君の後 を音も無く歩き、ちょこんと部屋の隅 に座 ります。
月代の君はわたくしの脈 をとり、じっと目を見ました。ご祈祷 もせず、護摩 も炊 きませんでした。
月代の君「かなちゃん、箱 を」
カナ「はい、どうぞ」
月代の君「るなちゃん、壷 を」
ルナ「はい、どうぞ」
薬箱 から袋 に入れたお薬 を。壷 からよい香 りのする小さな香炉 を出して、侍女 に渡 したのです。
月代の君「これを煎 じて、お嬢様 にさしあげてください。日が暮 れたら、この香 を炊 いてください」
侍女「はい、かしこまりました」
何 とやわらかく、心地 よいお声 でしょう。
月代の君「あたくしはこれから庵 に戻 り、仕度 をしなければいけません。その間、この子たちがお嬢様に付きそいます」
侍女「かしこまりました」
//大事なことなので、おごそかに。
月代の君「この子たちは、あたくしの代理 です。この子たちの言うことはあたくしの言葉と思い、従 ってください。お嬢様を助けるためです。よろしいですね?」
その時だけ、月代の君の声は、底知 れぬ深 い穴 から聞こえてくるような……そんな気がいたしました。
//時間経過(少し)
銀色子猫「ぴゃあん」
銀色子猫「ぴゃあ」
どこから入 ってきたのでしょう。ふわふわの銀色 の子猫 が二匹 。それぞれ女の子のひざに乗っています。
お嬢様「まあ、かわいい、あなたたちの猫?」
ルナ「そうだよ」
カナ「ぼくたちの猫だよ」
お嬢様「わたくしも猫を飼っているのよ」
ルナ「うん、知ってる」
カナ「白い子猫だよね」
お嬢様「ええ。はずかしがり屋さんだから、今はどこかに隠 れているけれど……きっと、そのうち出てくるわ」
うれしくて、しゃべりすぎてしまいました。
のどにうまく力が入らず、せきこんでしまいます。
ルナ「無理 にしゃべらないで、お嬢様」
カナ「はい、お薬 」
お嬢様「ありが……とう」
月代の君のお薬は、とても甘く、火照 った身体 に心地 よく。横になると、すうっとまぶたがおりてきます。
ルナ「おやすみ、お嬢様」
カナ「おやすみ、お嬢様」
//時間経過、昼から夕暮れに。(平安時代の感覚では既に夜です)
//眠ってしまうので、お嬢様の視点はここまで。
//ここからは三人称。「カメラ視点」のナレーション。
ルナ「眠 ったね、カナ」
カナ「眠 ったね、ルナ」
深い深い眠 りに落ちる少女を、ルナとカナはじっと見守 る。
西の空を茜 に染 める夕陽 と、足下 からひしひしと迫 る鉄 色の暗 がり。光 と影 のせめぎあう、たそがれ時 がやってくる。
カナ「日が暮れるよ、ルナ」
ルナ「お香 をたかなきゃね、カナ」
ルナは火 ばしをあやつり、火鉢 の炭 をひとかけら、器用 につまんで香炉 に入れた。
枕元 におかれた白い香炉 。蓋 の網目 からうっすらゆらゆらたちのぼる煙 。少女の眠る御簾 と几帳 の内側 を満 たす。
ルナ「いいにおい」
カナ「きもちいい」
目をほそめてうっとりと二人は空気 をかいだ。
ルナ「っ!」
すずやかな香 りを乱 す、生臭 い風 。
白 い衣 のルナが、はっと身 を起 こす。
遠 くから悲鳴 が聞 こえた。
ルナ「行 ってくる。ここ、お願 い」
カナ「わかった、気をつけて」
白い衣 がふわりとなびき、ルナの姿 は廊下 の彼方 。
残されたのは、赤い衣 のカナと銀色子猫 が一匹、そして眠る少女。蒼 ざめた頬 はやせこけて、目 の下 にはくっきりと青黒 いくまが浮 いている。つやを失 った腕 と首 は、今にも折 れそうにか細 い。
咲 く前 にしおれかけた花一輪 。
銀色子猫「んびぃ」
カナ「うん。あぶないね」
銀色子猫「びゃあ」
カナ「とても、あぶない」
血 の気 の失 せた唇 が震 える。
お嬢様「おひめ……さま」
かぼそい声 で少女がつぶやく。夢 うつつの中 、猫の声を聞いて。
お嬢様「大納言 のお姫様 ……わたくし……あなたの……」
//場面転換:屋敷の鬼門
ふわり。
白い衣がひるがえり、か細い光が宙 を舞 う。
ルナが駆 けつけたのは屋敷 の北側 、東 の隅 。『丑寅 』の方角 、いわゆる鬼門 。
早 くも灯 された紙燭 に浮かぶ影が膨 れあがり、いびつな人に似た姿となって襲 いかかる。
下女1「あれぇえ」
下女2「もののけがぁ」
逃 げ惑 う下女 たち。
しかして鋭 い爪 が女 たちに今にも触 れんとした、その時だ。
影 の鬼 、てんでんばらばら切 り刻 まれふて、ふわふわり。
切 れ切 れの芥 となって夕風 に散 る。
//怪訝そうに
ルナ「おや?」
ルナ「手応 えが無 い。いや、無さすぎる……まさか!」
//場面転換:お嬢様の部屋
所 変 わって少女の部屋。ひょっこりと白い子猫が顏を出す。
銀色子猫「んびゃーっ!」
銀色子猫が毛をさかだて、唸 る。
ぐにゃり。
白い子猫の影がふくれあがり、実体化 する。黒い髪、黒い耳、黒い装束 、白い目。何もかも子猫と正反対 。半 ば人 、半 ば猫。異形 の姫 が姿 を現 した。
異形の姫「どこ……どこにいる」
白い目の真ん中、黒い瞳 がばっくり割 れ裂 ける。
くたり、と白い子猫が床 に倒 れる。
カナは銀色子猫を抱いて後ずさり。
異形の姫「そこかぁっ」
異形の姫は眠る少女に歩 み寄 る。だが、香炉 の煙 に顏をしかめて立 ち止 まる。
異形の姫「くっ、忌々 しい煙 !」
カナ「思い出して、お姫様。あなたは大納言のお姫様でしょう?」
異形の姫「おのれ、邪魔 をするな。この子は、私のモノ……冥府 につれて行 ク! 私の、わた、わた、わた、わたしぃいいのぉおおおモノぉおおお」
カナ「話 しても、無理っぽいか」
異形の姫「おのれ、おのれ、おのれぇえっっ」
異形の姫は、遮二無二 結界 の内側 に押 し入 った。
じゅわわ、じゅわわと音 を立 て、身体 から青 い炎 があがる。
異形の姫「おのれ、これしき!」
焼 けた場所 からぞろろ、ぞろろ。
まがまがしい黒 い毛がのびる。結界 に焼 かれれば焼 かれるほど、姫の姿はゆがんで行く。
ひらり。
カナは袂 から、白い紙片 をとり出した。紙 で折られた小さな一角獣 。
カナ「来て、ぼくの一角獣 」
ふっと息 を吹 きかける。紙がむくむくとふくれあがり、白馬 が。いや、白馬 に似 た別の生き物が飛び出した。
うずまく銀 のたてがみ。額 にのびる螺旋 の角 と二つに割 れたひづめは真珠 の輝き 。
ユニコーンだ。乙女 の守護者 、あらゆる毒を浄化 する白銀 の幻獣 。
//カナの下僕ことおねえさんが、一時的にユニコーンの姿で本の中に召喚されました。
おねえさん(ユニコーン)『あたしのカナちゃんに、近づくなぁっ!』
いななき、前脚 でがつんと一撃 、後脚 でさらに一撃。
几帳 も御簾 も吹 っ飛 ばし、もろとも庭 に蹴 り飛ばす。
地 べたに激 しくたたきつけられ、異形 の姫 がひるむ。
おねえさん(ユニコーン)『トドメぇっ』
鋭 い角 で狙 い定 めて駆 け寄 るが、途中 でぺらり。
紙 に戻 って床 に落 ちた。
カナ「あちゃー、時間切 れ」
起き 上 がろうともがく異形の姫。もはやカナに身 を守 る術 は無い。
カナ「でも、役目 は果 たした」
ひゅん。
糸 が巻 きつく。わずかに残る夕陽 を照 り返 し、ちらちらまたたく不可視 の糸。異形の姫の手を、足を、首をからめとる。
ルナ「大丈夫? カナ」
カナ「大丈夫だよ、ルナ」
ルナ「そう、よかった」
いかなる力か、か細 い腕、か細い糸からめられ、異形の姫は動けない。
ルナ「囮作戦 とは、しゃれたマネしてくれるねお姫様」
異形の姫「うぐぐ、はな、はなせぇえっ」
ルナ「だめだよ。だってあなた、もう死んじゃってるじゃない」
カナ「そうだよ、お姫様。この子を殺したら、本物の悪霊 になってしまうよ?」
異形の姫「イヤだいや、いやだぁあっ! 一人で死ぬのはさびしい……さびしいよぉ」
きりきりきゅっと糸が締 まる。
ルナ「死ぬときはみんな、ひとりぼっちだよ」
くいっとルナが手首をひとひねり。途端 に姫はばらんばらん。
まるで紙人形 みたいにばらんばらん。
あっさりすっぱりぺらんぺらん。
カナ「ねぇ、お姫様。この子が言ってたよ。『わたくし、あなたの美しい字がとても好きです』って」
異形の姫「この子……が?」
もはや物 の怪 でもなく、人でもなく、猫でもなく。はかない霞 となった姫がつぶやく。
異形の姫「小夜 ふけてねざめざりせば時鳥 人づてにこそ聞くべかりけれ」
すうっと夕暮 れに溶 け入 って、煙 も残さず消え失せる。
きょっきょっきょ。きょっきょっきょ。
夕闇 の向こう側 、どこかでさえずる時鳥 。
ルナ「あれ?」
カナ「あれれ?」
ルナ「消えちゃった」
カナ「まだ歌っていないのに」
後 に残 るはおだやかに、寝息 をたてる少女が一人。
//時間経過:夜から朝へ
//ここから再びお嬢様の視点での一人称。
次の朝、目をさますと二人の女の子は消えておりました。
月代の君「ああ、あの二人でしたら、役目を終えて帰っております」
月代の君は、新しく薬湯 をせんじてくださいました。
月代の君「もはや憂 いはありませぬ。これからはゆるりと養生 なさいませ」
「……はい」
この方 の声を聞いていると、不思議 と思えるのです。「それでよいのだ」、と。
お嬢様「あの、猫は。わたくしの子猫は?」
月代の君「ここにおりますよ」
にゃぁん、と愛らしい声で鳴く白い子猫。
ひしと抱 きしめます。ふわふわとあたたかく、よいにおいがしました。
お嬢様「ああ、よかった」
月代の君「大事 になさい」
お嬢様「はい」
//場面転換:平安時代のお屋敷から、現代の本屋へ
//お嬢様の一人称から、三人称のナレーションへ
しゅううっと本から蠢 く染 みが消えた。
その下から現れたのは、千代紙 の枠 に縁取 られ、春霞 を背 に薄紅 の花びらの散る美しい表紙。満開 の桜の下 で、平安装束 の少女が白い猫を抱 いている。
重ね色 の緑で記 されたタイトルは『更級日記 』
ルナ「これも、おとぎ話なんだ」
本屋「はい、子ども向けにわかりやすく書 き改 めた本です」
本屋 の主 はほほみ、二人の前にココアとクッキーを置いた。
本屋「おつかれさまでした」
ルナ「わかんない」
カナ「さっぱりわけがわかんない」
ルナは右に、カナは左に。ちょこんと首をかしげる。
湯気 の立つココアにも、焼 きたてのクッキーにも目もくれず。
//可愛いわねえ、と言う気持ち
月代の君「ふふっ」
月代 の君 が笑う。ただし陰陽師 の狩衣 ではなく、今風 のモダンな和装 を粋 に着こなしている。
月代の君「浄化 の力 はカナちゃんの魂 そのものにあるからね。歌はそれをひき出すやりかたの一つなの」
ルナ「そうなんだ」
カナ「そうなんだ」
月代の君「あの時、カナちゃんはお姫様 が一番 聞きたかった言葉 を伝えたの。だから浄化 されたのよ」
//まだちょっと納得できない
カナ「ずーっとあの子、言ってたと思うんだ。あんなに弱っていても、つぶやくくらいに」
月代の君「歪 みにとらわれているとね、まっすぐな言葉 は届かないの。ルナちゃんが物の怪 を切ったから、お姫様は解放されたのよ」
ルナ「そうなんだ」
カナ「そうなんだ」
ルナはうなずき、ココアをひとくち。
カナもうなずき、ココアをひとくち。
ルナ「おいしいね」
カナ「あまいね」
一方、心配性 のおねえさんは……
おじさん「おーい、姐 さん、大丈夫かー」
おねえさん「しんどい」
おじさん「それって物理的 に? 精神的 に?」
おねえさん「どっちも」
ぐったりと、読書スペースの長椅子 に突 っ伏 していました。
おねえさん「力抜 けたぁあ……」
おじさん「月代 さんが言ってたろ? たとえかりそめの姿 でも、大人 が『汚染 された本』に入るのはリスクが高いって」
おねえさん「うう……カナちゃんのためだもの……」
よれよれと右手をかかげ、ぐっと拳 を握 り、親指 を立てる。
おねえさん「悔 い無 し!」
ぱったり。完全 に沈黙 。
おじさん「やれやれ、かついで帰るか」
本屋「それがよろしいかと。当店 ではお茶は飲めますが、泊 まれる本屋 では無いので」
おじさん「だよね」
本屋「それにこの椅子 で眠ったら、筋肉痛 確定 です」
おじさん「あー腰がイくね、確実に」
その姿 を横目 で見ながら、カナはクッキーをかじる。ココアが甘いぶん、砂糖 はひかえめ。メープルの香 りほんのり、バターはたっぷり、歯ごたえサクサク。
銀色子猫「ぴぃうるる」
銀色子猫「うるるぴぃ」
のどを鳴 らして銀色子猫 、並 んで小皿 のミルクをなめる。
カリカリと音 を立 てて、猫用 のクッキーをかじる。
ルナ「ごちそうさま、おいしかった」
カナ「ごちそうさま。ねえ、本屋さん」
本屋「はい、何でしょう、カナさん」
カナ「この本、もらっていい?」
本屋「更級日記を、ですか?」
カナ「うん」
本屋「もちろんです」
//本屋、「更級日記」の本を紙袋に入れる。
本屋「どうぞ」
カナ「ありがとう」
//場面転換:本屋からルナカナの家へ
//時間経過:昼から夜へ
その夜。
カナ「……のどかわいた」
カナは見た。
//本読みながらマジ泣き。
おねえさん「ううっ、尊 い……」
リビングで涙を流しながら、本を読むおねえさんの姿を。
おねえさん「大納言 の姫 ぇ……尊 い。めっちゃ尊 いぃい」
//ドアのかげからこっそりのぞき見
カナ「やっぱりね」
銀色子猫「ぴぃ」
カナ「好きそうだなって、思ったんだ」
//気配を感じてルナもやってきました。
ルナ「わーマジ泣きしてる」
カナ「うん、マジ泣きしてる」
ルナ「そっとしとこう」
カナ「そうだね、そっとしとこう」
二人はキッチンで水を飲みました。月明 かりをたよりに、息 さえひそめて。
それから抜き足 、さし足 、忍び足 。そろりそろりとベッドに戻 ったのです。
めでたし、めでたし。
(おとぎ探偵ルナカナ~ゆめのねこ/了)
ルナ:主人公。白い装束の少女。切る力を持つ。
カナ:主人公。赤い装束の少女。浄化する力を持つ。
銀色子猫:二匹いる。ルナとカナが一匹ずつつれている。
お嬢様:語り手の少女。家族は両親と姉。平安時代の貴族の娘。
大納言の姫君:お嬢様があこがれている人。若くして病で亡くなる。※二人の接点は「手習いのお手本」のみ。
異形の姫:
月代の君:都で評判の陰陽師。ルナカナの衣裳を作った魔法使いのおネェさん。
本屋:不思議な本屋の店主。ルナとカナの依頼人
おねえさん:二十代後半、カナの下僕
おじさん:四十代後半、ルナの下僕
//舞台:平安時代の貴族のお屋敷
//季節:春(四月ごろ)
//ナレーション:お嬢様の語り
そして、
わたくしは
お
「これを
いつかお会いできたらいいのに。せめて
残された
//お嬢様は、大納言の姫君と会ったことがありません。声も想像です。
大納言の姫君(回想)「さよふけてねざめざりせば
大納言の姫君(回想)「
などと
今年もまた、
ああ、また
お嬢様「まあ、かわいい」
雪のように、花のように真っ白な美しい子猫。
その子は
お嬢様「もしかしてあなたは、
たずねると、赤い口をあけて「にゃあ」、と鳴きました。あまりに愛らしいので、飼うことにしました。
いつでもわたくしの
けれど
あれほどお
お
お父様は
まるで
//時間経過:だいたい二週間
そうして四月も
月代の君「ごめんくださいませ。お
黒い
正直もうしあげて、これまで来たお医者様も陰陽師の先生も
月代の君「これなる
ルナ「こんにちは」
カナ「こんにちは」
お
一人は白、一人は赤。
一人は小さな
二人の女の子は月代の君の
月代の君はわたくしの
月代の君「かなちゃん、
カナ「はい、どうぞ」
月代の君「るなちゃん、
ルナ「はい、どうぞ」
月代の君「これを
侍女「はい、かしこまりました」
月代の君「あたくしはこれから
侍女「かしこまりました」
//大事なことなので、おごそかに。
月代の君「この子たちは、あたくしの
その時だけ、月代の君の声は、
//時間経過(少し)
銀色子猫「ぴゃあん」
銀色子猫「ぴゃあ」
どこから
お嬢様「まあ、かわいい、あなたたちの猫?」
ルナ「そうだよ」
カナ「ぼくたちの猫だよ」
お嬢様「わたくしも猫を飼っているのよ」
ルナ「うん、知ってる」
カナ「白い子猫だよね」
お嬢様「ええ。はずかしがり屋さんだから、今はどこかに
うれしくて、しゃべりすぎてしまいました。
のどにうまく力が入らず、せきこんでしまいます。
ルナ「
カナ「はい、お
お嬢様「ありが……とう」
月代の君のお薬は、とても甘く、
ルナ「おやすみ、お嬢様」
カナ「おやすみ、お嬢様」
//時間経過、昼から夕暮れに。(平安時代の感覚では既に夜です)
//眠ってしまうので、お嬢様の視点はここまで。
//ここからは三人称。「カメラ視点」のナレーション。
ルナ「
カナ「
深い深い
西の空を
カナ「日が暮れるよ、ルナ」
ルナ「お
ルナは
ルナ「いいにおい」
カナ「きもちいい」
目をほそめてうっとりと二人は
ルナ「っ!」
すずやかな
ルナ「
カナ「わかった、気をつけて」
白い
残されたのは、赤い
銀色子猫「んびぃ」
カナ「うん。あぶないね」
銀色子猫「びゃあ」
カナ「とても、あぶない」
お嬢様「おひめ……さま」
かぼそい
お嬢様「
//場面転換:屋敷の鬼門
ふわり。
白い衣がひるがえり、か細い光が
ルナが
下女1「あれぇえ」
下女2「もののけがぁ」
しかして
//怪訝そうに
ルナ「おや?」
ルナ「
//場面転換:お嬢様の部屋
銀色子猫「んびゃーっ!」
銀色子猫が毛をさかだて、
ぐにゃり。
白い子猫の影がふくれあがり、
異形の姫「どこ……どこにいる」
白い目の真ん中、黒い
くたり、と白い子猫が
カナは銀色子猫を抱いて後ずさり。
異形の姫「そこかぁっ」
異形の姫は眠る少女に
異形の姫「くっ、
カナ「思い出して、お姫様。あなたは大納言のお姫様でしょう?」
異形の姫「おのれ、
カナ「
異形の姫「おのれ、おのれ、おのれぇえっっ」
異形の姫は、
じゅわわ、じゅわわと
異形の姫「おのれ、これしき!」
まがまがしい
ひらり。
カナは
カナ「来て、ぼくの
ふっと
うずまく
ユニコーンだ。
//カナの下僕ことおねえさんが、一時的にユニコーンの姿で本の中に召喚されました。
おねえさん(ユニコーン)『あたしのカナちゃんに、近づくなぁっ!』
いななき、
おねえさん(ユニコーン)『トドメぇっ』
カナ「あちゃー、
カナ「でも、
ひゅん。
ルナ「大丈夫? カナ」
カナ「大丈夫だよ、ルナ」
ルナ「そう、よかった」
いかなる力か、か
ルナ「
異形の姫「うぐぐ、はな、はなせぇえっ」
ルナ「だめだよ。だってあなた、もう死んじゃってるじゃない」
カナ「そうだよ、お姫様。この子を殺したら、本物の
異形の姫「イヤだいや、いやだぁあっ! 一人で死ぬのはさびしい……さびしいよぉ」
きりきりきゅっと糸が
ルナ「死ぬときはみんな、ひとりぼっちだよ」
くいっとルナが手首をひとひねり。
まるで
あっさりすっぱりぺらんぺらん。
カナ「ねぇ、お姫様。この子が言ってたよ。『わたくし、あなたの美しい字がとても好きです』って」
異形の姫「この子……が?」
もはや
異形の姫「
すうっと
きょっきょっきょ。きょっきょっきょ。
ルナ「あれ?」
カナ「あれれ?」
ルナ「消えちゃった」
カナ「まだ歌っていないのに」
//時間経過:夜から朝へ
//ここから再びお嬢様の視点での一人称。
次の朝、目をさますと二人の女の子は消えておりました。
月代の君「ああ、あの二人でしたら、役目を終えて帰っております」
月代の君は、新しく
月代の君「もはや
「……はい」
この
お嬢様「あの、猫は。わたくしの子猫は?」
月代の君「ここにおりますよ」
にゃぁん、と愛らしい声で鳴く白い子猫。
ひしと
お嬢様「ああ、よかった」
月代の君「
お嬢様「はい」
//場面転換:平安時代のお屋敷から、現代の本屋へ
//お嬢様の一人称から、三人称のナレーションへ
しゅううっと本から
その下から現れたのは、
ルナ「これも、おとぎ話なんだ」
本屋「はい、子ども向けにわかりやすく
本屋「おつかれさまでした」
ルナ「わかんない」
カナ「さっぱりわけがわかんない」
ルナは右に、カナは左に。ちょこんと首をかしげる。
//可愛いわねえ、と言う気持ち
月代の君「ふふっ」
月代の君「
ルナ「そうなんだ」
カナ「そうなんだ」
月代の君「あの時、カナちゃんはお
//まだちょっと納得できない
カナ「ずーっとあの子、言ってたと思うんだ。あんなに弱っていても、つぶやくくらいに」
月代の君「
ルナ「そうなんだ」
カナ「そうなんだ」
ルナはうなずき、ココアをひとくち。
カナもうなずき、ココアをひとくち。
ルナ「おいしいね」
カナ「あまいね」
一方、
おじさん「おーい、
おねえさん「しんどい」
おじさん「それって
おねえさん「どっちも」
ぐったりと、読書スペースの
おねえさん「
おじさん「
おねえさん「うう……カナちゃんのためだもの……」
よれよれと右手をかかげ、ぐっと
おねえさん「
ぱったり。
おじさん「やれやれ、かついで帰るか」
本屋「それがよろしいかと。
おじさん「だよね」
本屋「それにこの
おじさん「あー腰がイくね、確実に」
その
銀色子猫「ぴぃうるる」
銀色子猫「うるるぴぃ」
のどを
カリカリと
ルナ「ごちそうさま、おいしかった」
カナ「ごちそうさま。ねえ、本屋さん」
本屋「はい、何でしょう、カナさん」
カナ「この本、もらっていい?」
本屋「更級日記を、ですか?」
カナ「うん」
本屋「もちろんです」
//本屋、「更級日記」の本を紙袋に入れる。
本屋「どうぞ」
カナ「ありがとう」
//場面転換:本屋からルナカナの家へ
//時間経過:昼から夜へ
その夜。
カナ「……のどかわいた」
カナは見た。
//本読みながらマジ泣き。
おねえさん「ううっ、
リビングで涙を流しながら、本を読むおねえさんの姿を。
おねえさん「
//ドアのかげからこっそりのぞき見
カナ「やっぱりね」
銀色子猫「ぴぃ」
カナ「好きそうだなって、思ったんだ」
//気配を感じてルナもやってきました。
ルナ「わーマジ泣きしてる」
カナ「うん、マジ泣きしてる」
ルナ「そっとしとこう」
カナ「そうだね、そっとしとこう」
二人はキッチンで水を飲みました。
それから
めでたし、めでたし。
(おとぎ探偵ルナカナ~ゆめのねこ/了)