シナリオ版ゆめのねこ

文字数 10,514文字

//登場人物
ルナ:主人公。白い装束の少女。切る力を持つ。
カナ:主人公。赤い装束の少女。浄化する力を持つ。
銀色子猫:二匹いる。ルナとカナが一匹ずつつれている。
お嬢様:語り手の少女。家族は両親と姉。平安時代の貴族の娘。大納言(だいなごん)姫君(ひめぎみ)にあこがれている。※二人の接点は「手習いのお手本」のみ。
大納言の姫君:お嬢様があこがれている人。若くして病で亡くなる。※二人の接点は「手習いのお手本」のみ。
異形の姫:(ゆが)みにとりつかれた姫君
月代の君:都で評判の陰陽師。ルナカナの衣裳を作った魔法使いのおネェさん。
本屋:不思議な本屋の店主。ルナとカナの依頼人
おねえさん:二十代後半、カナの下僕
おじさん:四十代後半、ルナの下僕


//舞台:平安時代の貴族のお屋敷
//季節:春(四月ごろ)

//ナレーション:お嬢様の語り
 去年(きょねん)の春は(みやこ)(わる)(やまい)流行(はや)り、たくさんのひとが()くなりました。
 (やさ)しかった乳母(うば)も、三月(さんがつ)(はじ)めにあっけなく()くなってしまった。
 そして、大納言(だいなごん)姫君(ひめぎみ)(やまい)で亡くなられたと聞きました。
 わたくしは(かな)しくて(かな)しくてたまりません。

 お父様(とうさま)任地(にんち)から(みやこ)にやってきたばかりで、右も左もわからず心細(こころぼそ)かった(ころ)
「これを手習(てなら)いのお手本(てほん)となさい」と、たいそう美しい(しょ)をいただきました。それを()いたのが大納言(だいなごん)姫君(ひめぎみ)とうかがい、「このように美しい字を書くのは、どのように素敵(すてき)な姫君なのだろう」と、あこがれておりました。
 いつかお会いできたらいいのに。せめて(ふみ)をしたためて、「ありがとうございます。あなたの美しい字がとても好きです」とお伝えできたら。ずっと(むね)()めてきた(ねが)いは、二度とかなわないのです。
 残された(しょ)を見ると、

//お嬢様は、大納言の姫君と会ったことがありません。声も想像です。
大納言の姫君(回想)「さよふけてねざめざりせば時鳥(ほととぎす) 人づてにこそ聞くべかりけれ(()がふけて目を()まさなければ、ほととぎすの声も人づてに聞いてばかりであったろうなあ)」

大納言の姫君(回想)「鳥辺山(とべのやま)たにに(けむり)のもえ立たば はかなく見えしわれと知らなむ(鳥辺山の谷に、亡くなった人を焼く煙がもえ立つのを見ていると、我知(われし)らず悲しくなってしまう)」

 などと拾遺集(しゅういしゅう)の歌をお美しい字で(しる)されていて、また(なみだ)があふれてしまうのでした。

 今年もまた、(さくら)()きました。
 ああ、また姫君(ひめぎみ)が亡くなられた季節(きせつ)が来てしまったなあ、とさみしく思いながら夜()けに物語(ものがたり)など読んでいると。
 不意(ふい)に、一匹(いっぴき)子猫(こねこ)(あらわ)れたのです。

お嬢様「まあ、かわいい」

 雪のように、花のように真っ白な美しい子猫。
 その子は不思議(ふしぎ)な猫でした。わたくしの顔をじっと見て、まるで言葉(ことば)がわかるようなのです。

お嬢様「もしかしてあなたは、大納言(だいなごん)のお姫様(ひめさま)?」

 たずねると、赤い口をあけて「にゃあ」、と鳴きました。あまりに愛らしいので、飼うことにしました。
 いつでもわたくしの(あと)をついてまわり、可愛(かわい)くて可愛(かわい)くてたまりません。

 可愛(かわい)白猫(しろねこ)()らしはじめてまもなく。わたくしは(やまい)にかかり、(とこ)から()きられなくなりました。
 身体(からだ)のどこが苦しいと言う(わけ)でも無いのです。ただ力が抜けて食べ物ものどを通らず、水ばかり飲んですごしております。
 けれど(しあわ)せです。
 あれほどお(した)いしていた大納言(だいなごん)のお姫様(ひめさま)が、いつもわたくしによりそってくれているのですから。
 お父様(とうさま)とお母様(かあさま)はたいそう心配して、お医者様(いしゃさま)陰陽師(おんみょうじ)を何人も呼びました。けれどわたくしの(やまい)一向(いっこう)(なお)りません。
 お父様は(なげ)き、お母様とお姉様(ねえさま)は泣いておられます。けれど(すべ)ては水の中から見あげる月のようで。春の(よい)の桜のように、ぼんやりと(かす)んでいるのでした。
 まるで(ゆめ)の中をふわふわただよう心地(ここち)です。わたくしはこのまま、(けむり)のように消えてしまうのでしょうか……。

//時間経過:だいたい二週間

 そうして四月も(なか)ばをすぎる(ころ)(みやこ)でも名高(なだか)い「月代(つきしろ)(きみ)」と呼ばれる(かた)がやってきたのでした。

月代の君「ごめんくださいませ。お()しにより月代桜架(つきしろのおうか)参上(さんじょう)いたしました」

 黒い狩衣(かりぎぬ)蜘蛛(くも)の巣のような(あか)()()りをあしらい、色の白いおだやかな顔立(かおだ)ちのお方でした。
 正直もうしあげて、これまで来たお医者様も陰陽師の先生も(こわ)(かた)ばかりだったのですが、月代の君はちっとも怖くありません。

月代の君「これなる女童(めのわらわ)はあたくしの(とも)(もの)でございます」
ルナ「こんにちは」
カナ「こんにちは」

 お(とも)は小さな女の子が二人。わたくしより少し年下でしょうか。うり二つの顔立(かおだ)ちはまるで子猫のように愛らしく、おそろいの単衣(ひとえ)におそろいの唐衣(からぎぬ)羽織(はお)り、やはりおそろいの被衣(かつぎ)をかぶっておりました。何もかも同じ、ただちがうのは色だけ。
 一人は白、一人は赤。
 一人は小さな薬箱(くすりばこ)を下げ、もう一人は布でつつんだ(つぼ)(かか)えておりました。

 二人の女の子は月代の君の(あと)を音も無く歩き、ちょこんと部屋の(すみ)(すわ)ります。
 月代の君はわたくしの(みゃく)をとり、じっと目を見ました。ご祈祷(きとう)もせず、護摩(ごま)()きませんでした。

月代の君「かなちゃん、(はこ)を」
カナ「はい、どうぞ」
月代の君「るなちゃん、(つぼ)を」
ルナ「はい、どうぞ」

 薬箱(くすりばこ)から(ふくろ)に入れたお(くすり)を。(つぼ)からよい(かお)りのする小さな香炉(こうろ)を出して、侍女(じじょ)(わた)したのです。

月代の君「これを(せん)じて、お嬢様(じょうさま)にさしあげてください。日が()れたら、この(こう)()いてください」
侍女「はい、かしこまりました」

 (なん)とやわらかく、心地(ここち)よいお(こえ)でしょう。

月代の君「あたくしはこれから(いおり)(もど)り、仕度(したく)をしなければいけません。その間、この子たちがお嬢様に付きそいます」
侍女「かしこまりました」

//大事なことなので、おごそかに。
月代の君「この子たちは、あたくしの代理(だいり)です。この子たちの言うことはあたくしの言葉と思い、(したが)ってください。お嬢様を助けるためです。よろしいですね?」

 その時だけ、月代の君の声は、底知(そこし)れぬ(ふか)(あな)から聞こえてくるような……そんな気がいたしました。

//時間経過(少し)

銀色子猫「ぴゃあん」
銀色子猫「ぴゃあ」

 どこから(はい)ってきたのでしょう。ふわふわの銀色(ぎんいろ)子猫(こねこ)二匹(にひき)。それぞれ女の子のひざに乗っています。

お嬢様「まあ、かわいい、あなたたちの猫?」
ルナ「そうだよ」
カナ「ぼくたちの猫だよ」
お嬢様「わたくしも猫を飼っているのよ」
ルナ「うん、知ってる」
カナ「白い子猫だよね」
お嬢様「ええ。はずかしがり屋さんだから、今はどこかに(かく)れているけれど……きっと、そのうち出てくるわ」

 うれしくて、しゃべりすぎてしまいました。
 のどにうまく力が入らず、せきこんでしまいます。

ルナ「無理(むり)にしゃべらないで、お嬢様」
カナ「はい、お(くすり)
お嬢様「ありが……とう」

 月代の君のお薬は、とても甘く、火照(ほて)った身体(からだ)心地(ここち)よく。横になると、すうっとまぶたがおりてきます。

ルナ「おやすみ、お嬢様」
カナ「おやすみ、お嬢様」

//時間経過、昼から夕暮れに。(平安時代の感覚では既に夜です)
//眠ってしまうので、お嬢様の視点はここまで。
//ここからは三人称。「カメラ視点」のナレーション。

ルナ「(ねむ)ったね、カナ」
カナ「(ねむ)ったね、ルナ」

 深い深い(ねむ)りに落ちる少女を、ルナとカナはじっと見守(みまも)る。
 西の空を(あかね)()める夕陽(ゆうひ)と、足下(あしもと)からひしひしと(せま)(くろがね)色の(くら)がり。(ひかり)(かげ)のせめぎあう、たそがれ(どき)がやってくる。

カナ「日が暮れるよ、ルナ」
ルナ「お(こう)をたかなきゃね、カナ」

 ルナは()ばしをあやつり、火鉢(ひばち)(すみ)をひとかけら、器用(きよう)につまんで香炉(こうろ)に入れた。
 枕元(まくらもと)におかれた白い香炉(こうろ)(ふた)網目(あみめ)からうっすらゆらゆらたちのぼる(けむり)。少女の眠る御簾(みす)几帳(きちょう)内側(うちがわ)()たす。

ルナ「いいにおい」
カナ「きもちいい」

 目をほそめてうっとりと二人は空気(くうき)をかいだ。

ルナ「っ!」

 すずやかな(かお)りを(みだ)す、生臭(なまぐさ)(かぜ)
 (しろ)(ころも)のルナが、はっと()()こす。
 (とお)くから悲鳴(ひめい)()こえた。

ルナ「()ってくる。ここ、お(ねが)い」
カナ「わかった、気をつけて」

 白い(ころも)がふわりとなびき、ルナの姿(すがた)廊下(ろうか)彼方(かなた)
 残されたのは、赤い(ころも)のカナと銀色子猫(ぎんいろこねこ)が一匹、そして眠る少女。(あお)ざめた(ほほ)はやせこけて、()(した)にはくっきりと青黒(あおぐろ)いくまが()いている。つやを(うしな)った(うで)(くび)は、今にも()れそうにか(ぼそ)い。
 ()(まえ)にしおれかけた花一輪(いちりん)

銀色子猫「んびぃ」
カナ「うん。あぶないね」
銀色子猫「びゃあ」
カナ「とても、あぶない」

 ()()()せた(くちびる)(ふる)える。

お嬢様「おひめ……さま」

 かぼそい(こえ)で少女がつぶやく。(ゆめ)うつつの(なか)、猫の声を聞いて。

お嬢様「大納言(だいなごん)のお姫様(ひめさま)……わたくし……あなたの……」


//場面転換:屋敷の鬼門


 ふわり。

 白い衣がひるがえり、か細い光が(ちゅう)()う。
 ルナが()けつけたのは屋敷(やしき)北側(きたがわ)(ひがし)(すみ)。『丑寅(うしとら)』の方角(ほうがく)、いわゆる鬼門(きもん)
 (はや)くも(とも)された紙燭(しそく)に浮かぶ影が(ふく)れあがり、いびつな人に似た姿となって(おそ)いかかる。

下女1「あれぇえ」
下女2「もののけがぁ」

 ()(まど)下女(げじょ)たち。
 しかして(するど)(つめ)(おんな)たちに今にも()れんとした、その時だ。
 (かげ)(おに)、てんでんばらばら()(きざ)まれふて、ふわふわり。
 ()()れの(あくた)となって夕風(ゆうかぜ)()る。

//怪訝そうに
ルナ「おや?」
ルナ「手応(てごた)えが()い。いや、無さすぎる……まさか!」

//場面転換:お嬢様の部屋

 (ところ)()わって少女の部屋。ひょっこりと白い子猫が顏を出す。

銀色子猫「んびゃーっ!」

 銀色子猫が毛をさかだて、(うな)る。

 ぐにゃり。

 白い子猫の影がふくれあがり、実体化(じったいか)する。黒い髪、黒い耳、黒い装束(しょうそく)、白い目。何もかも子猫と正反対(せいはんたい)(なか)(ひと)(なか)ば猫。異形(いぎょう)(ひめ)姿(すがた)(あらわ)した。

異形の姫「どこ……どこにいる」

 白い目の真ん中、黒い(ひとみ)がばっくり()()ける。
 くたり、と白い子猫が(ゆか)(たお)れる。
 カナは銀色子猫を抱いて後ずさり。

異形の姫「そこかぁっ」

 異形の姫は眠る少女に(あゆ)()る。だが、香炉(こうろ)(けむり)に顏をしかめて()()まる。

異形の姫「くっ、忌々(いまいま)しい(けむり)!」
カナ「思い出して、お姫様。あなたは大納言のお姫様でしょう?」
異形の姫「おのれ、邪魔(じゃま)をするな。この子は、私のモノ……冥府(めいふ)につれて()ク! 私の、わた、わた、わた、わたしぃいいのぉおおおモノぉおおお」
カナ「(はな)しても、無理っぽいか」
異形の姫「おのれ、おのれ、おのれぇえっっ」

 異形の姫は、遮二無二(しゃにむに)結界(けっかい)内側(うちがわ)()()った。
 じゅわわ、じゅわわと(おと)()て、身体(からだ)から(あお)(ほのお)があがる。

異形の姫「おのれ、これしき!」

 ()けた場所(ばしょ)からぞろろ、ぞろろ。
 まがまがしい(くろ)い毛がのびる。結界(けっかい)()かれれば()かれるほど、姫の姿はゆがんで行く。

 ひらり。

 カナは(たもと)から、白い紙片(しへん)をとり出した。(かみ)で折られた小さな一角獣(いっかくじゅう)

カナ「来て、ぼくの一角獣(ユニコーン)

 ふっと(いき)()きかける。紙がむくむくとふくれあがり、白馬(はくば)が。いや、白馬(はくば)()た別の生き物が飛び出した。
 うずまく(ぎん)のたてがみ。(ひたい)にのびる螺旋(らせん)(つの)と二つに()れたひづめは真珠(しんじゅ)輝き(かがや)
 ユニコーンだ。乙女(おとめ)守護者(しゅごしゃ)、あらゆる毒を浄化(じょうか)する白銀(しろがね)幻獣(げんじゅう)

//カナの下僕ことおねえさんが、一時的にユニコーンの姿で本の中に召喚されました。
おねえさん(ユニコーン)『あたしのカナちゃんに、近づくなぁっ!』

 いななき、前脚(まえあし)でがつんと一撃(いちげき)後脚(あとあし)でさらに一撃。
 几帳(きちょう)御簾(みす)()()ばし、もろとも(にわ)()り飛ばす。
 ()べたに(はげ)しくたたきつけられ、異形(いぎょう)(ひめ)がひるむ。

おねえさん(ユニコーン)『トドメぇっ』
 
 (するど)(つの)(ねら)(さだ)めて()()るが、途中(とちゅう)でぺらり。
 (かみ)(もど)って(ゆか)()ちた。

カナ「あちゃー、時間切(じかんぎ)れ」
 
 起き()()がろうともがく異形の姫。もはやカナに()(まも)(すべ)は無い。

カナ「でも、役目(やくめ)()たした」

 ひゅん。

 (いと)()きつく。わずかに残る夕陽(ゆうひ)()(かえ)し、ちらちらまたたく不可視(ふかし)の糸。異形の姫の手を、足を、首をからめとる。

ルナ「大丈夫? カナ」
カナ「大丈夫だよ、ルナ」
ルナ「そう、よかった」

 いかなる力か、か(ぼそ)い腕、か細い糸からめられ、異形の姫は動けない。

ルナ「囮作戦(おとりさくせん)とは、しゃれたマネしてくれるねお姫様」
異形の姫「うぐぐ、はな、はなせぇえっ」
ルナ「だめだよ。だってあなた、もう死んじゃってるじゃない」
カナ「そうだよ、お姫様。この子を殺したら、本物の悪霊(あくりょう)になってしまうよ?」
異形の姫「イヤだいや、いやだぁあっ! 一人で死ぬのはさびしい……さびしいよぉ」

 きりきりきゅっと糸が()まる。

ルナ「死ぬときはみんな、ひとりぼっちだよ」

 くいっとルナが手首をひとひねり。途端(とたん)に姫はばらんばらん。
 まるで紙人形(かみにんぎょう)みたいにばらんばらん。
 あっさりすっぱりぺらんぺらん。

カナ「ねぇ、お姫様。この子が言ってたよ。『わたくし、あなたの美しい字がとても好きです』って」
異形の姫「この子……が?」

 もはや(もの)()でもなく、人でもなく、猫でもなく。はかない(かすみ)となった姫がつぶやく。

異形の姫「小夜(さよ)ふけてねざめざりせば時鳥(ほととぎす) 人づてにこそ聞くべかりけれ」

 すうっと夕暮(ゆうぐ)れに()()って、(けむり)も残さず消え失せる。

 きょっきょっきょ。きょっきょっきょ。

 夕闇(ゆうやみ)の向こう(がわ)、どこかでさえずる時鳥(ほととぎす)

ルナ「あれ?」
カナ「あれれ?」
ルナ「消えちゃった」
カナ「まだ歌っていないのに」
 
 (あと)(のこ)るはおだやかに、寝息(ねいき)をたてる少女が一人。


//時間経過:夜から朝へ
//ここから再びお嬢様の視点での一人称。
 
 次の朝、目をさますと二人の女の子は消えておりました。

月代の君「ああ、あの二人でしたら、役目を終えて帰っております」

 月代の君は、新しく薬湯(やくとう)をせんじてくださいました。

月代の君「もはや(うれ)いはありませぬ。これからはゆるりと養生(ようじょう)なさいませ」
「……はい」

 この(かた)の声を聞いていると、不思議(ふしぎ)と思えるのです。「それでよいのだ」、と。

お嬢様「あの、猫は。わたくしの子猫は?」
月代の君「ここにおりますよ」

 にゃぁん、と愛らしい声で鳴く白い子猫。
 ひしと()きしめます。ふわふわとあたたかく、よいにおいがしました。

お嬢様「ああ、よかった」
月代の君「大事(だいじ)になさい」
お嬢様「はい」


//場面転換:平安時代のお屋敷から、現代の本屋へ
//お嬢様の一人称から、三人称のナレーションへ

 しゅううっと本から(うごめ)()みが消えた。
 その下から現れたのは、千代紙(ちよがみ)(わく)縁取(ふちど)られ、春霞(はるがすみ)()薄紅(うすくれない)の花びらの散る美しい表紙。満開(まんかい)の桜の(した)で、平安装束(へいあんしょうぞく)の少女が白い猫を()いている。
 重ね色(かさねいろ)の緑で(しる)されたタイトルは『更級日記(さらしなにっき)

ルナ「これも、おとぎ話なんだ」
本屋「はい、子ども向けにわかりやすく()(あらた)めた本です」

 本屋(ほんや)(あるじ)はほほみ、二人の前にココアとクッキーを置いた。

本屋「おつかれさまでした」
ルナ「わかんない」
カナ「さっぱりわけがわかんない」

 ルナは右に、カナは左に。ちょこんと首をかしげる。
 湯気(ゆげ)の立つココアにも、()きたてのクッキーにも目もくれず。

//可愛いわねえ、と言う気持ち
月代の君「ふふっ」

 月代(つきしろ)(きみ)が笑う。ただし陰陽師(おんみょうじ)狩衣(かりぎぬ)ではなく、今風(いまふう)のモダンな和装(わそう)(いき)に着こなしている。

月代の君「浄化(じょうか)(ちから)はカナちゃんの(たましい)そのものにあるからね。歌はそれをひき出すやりかたの一つなの」
ルナ「そうなんだ」
カナ「そうなんだ」
月代の君「あの時、カナちゃんはお姫様(ひめさま)一番(いちばん)聞きたかった言葉(ことば)を伝えたの。だから浄化(じょうか)されたのよ」

//まだちょっと納得できない
カナ「ずーっとあの子、言ってたと思うんだ。あんなに弱っていても、つぶやくくらいに」

月代の君「(ゆが)みにとらわれているとね、まっすぐな言葉(ことば)は届かないの。ルナちゃんが物の怪(もののけ)を切ったから、お姫様は解放されたのよ」
ルナ「そうなんだ」
カナ「そうなんだ」

 ルナはうなずき、ココアをひとくち。
 カナもうなずき、ココアをひとくち。

ルナ「おいしいね」
カナ「あまいね」

 一方、心配性(しんぱいしょう)のおねえさんは……

おじさん「おーい、(あね)さん、大丈夫かー」
おねえさん「しんどい」
おじさん「それって物理的(ぶつりてき)に? 精神的(せいしんてき)に?」
おねえさん「どっちも」

 ぐったりと、読書スペースの長椅子(ながいす)()()していました。

おねえさん「力抜()けたぁあ……」
おじさん「月代(つきしろ)さんが言ってたろ? たとえかりそめの姿(すがた)でも、大人(おとな)が『汚染(おせん)された本』に入るのはリスクが高いって」
おねえさん「うう……カナちゃんのためだもの……」

 よれよれと右手をかかげ、ぐっと(こぶし)(にぎ)り、親指(おやゆび)を立てる。

おねえさん「()()し!」

 ぱったり。完全(かんぜん)沈黙(ちんもく)

おじさん「やれやれ、かついで帰るか」
本屋「それがよろしいかと。当店(とうてん)ではお茶は飲めますが、()まれる本屋(ほんや)では無いので」
おじさん「だよね」
本屋「それにこの椅子(いす)で眠ったら、筋肉痛(きんにくつう)確定(かくてい)です」
おじさん「あー腰がイくね、確実に」

 その姿(すがた)横目(よこめ)で見ながら、カナはクッキーをかじる。ココアが甘いぶん、砂糖(さとう)はひかえめ。メープルの(かお)りほんのり、バターはたっぷり、歯ごたえサクサク。

銀色子猫「ぴぃうるる」
銀色子猫「うるるぴぃ」

 のどを()らして銀色子猫(ぎんいろこねこ)(なら)んで小皿(こざら)のミルクをなめる。
 カリカリと(おと)()てて、猫用(ねこよう)のクッキーをかじる。

ルナ「ごちそうさま、おいしかった」
カナ「ごちそうさま。ねえ、本屋さん」
本屋「はい、何でしょう、カナさん」
カナ「この本、もらっていい?」
本屋「更級日記を、ですか?」
カナ「うん」
本屋「もちろんです」

//本屋、「更級日記」の本を紙袋に入れる。

本屋「どうぞ」
カナ「ありがとう」

//場面転換:本屋からルナカナの家へ
//時間経過:昼から夜へ

 その夜。

カナ「……のどかわいた」

 カナは見た。

//本読みながらマジ泣き。
おねえさん「ううっ、(とうと)い……」

 リビングで涙を流しながら、本を読むおねえさんの姿を。

おねえさん「大納言(だいなごん)(ひめ)ぇ……(とうと)い。めっちゃ(とうと)いぃい」

//ドアのかげからこっそりのぞき見
カナ「やっぱりね」
銀色子猫「ぴぃ」
カナ「好きそうだなって、思ったんだ」

//気配を感じてルナもやってきました。
ルナ「わーマジ泣きしてる」
カナ「うん、マジ泣きしてる」
ルナ「そっとしとこう」
カナ「そうだね、そっとしとこう」

 二人はキッチンで水を飲みました。月明(つきあ)かりをたよりに、(いき)さえひそめて。
 それから抜き足(ぬきあし)さし足(さしあし)忍び足(しのびあし)。そろりそろりとベッドに(もど)ったのです。
 めでたし、めでたし。

(おとぎ探偵ルナカナ~ゆめのねこ/了)
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