雪の女王その5

文字数 3,831文字

OK、最初からもう一度。
ぼくはカナ。平凡な16歳のJKだったけど、家族を全て亡くして生きる気力を無くしていた。
ある日『両親の友人』を名乗る銀髪赤目のあやしげな男と出会って人生が一変。
「あなたの才能を活かすために」とか何とか言いくるめられて契約。
非実在系美少女モデルとして華々(はなばな)しくデビューしちゃった。しかも人気出ちゃうし。
それなりに仕事をこなしていたら、ある朝突然、鏡に吸いこまれて飛び出した先にはもう一人のぼくがいた!
もう一つの世界のぼくなんだって。しかも、向こうの『姉さん』は中年の男の人!
「別世界の同一存在が集まる時は、必ず意味があるのよ」
「すべきことを果たせば元通りになるわ」
おネェちゃんの言葉を信じて、もう一人のぼく……ルナとぼくと愛猫のヌーは、おとぎ探偵となって歪みに憑かれた本を浄化している。
ゆきしろべにばら、更級日記、青ひげ、人魚姫、赤ずきん、不思議の国のアリス、パンをふんだ娘。
これまで7冊のおとぎ話を浄化して、ついに雪の女王に囚われていたロビンを救出。
無事に現実世界に戻ってきたと思ったら!
雪の女王が、本の外まで追いかけてきた。
それだけじゃない、歪んだおとぎ話が、現実世界にあふれ出しちゃった!
おまけに現実世界の人間は、強制的におとぎ話の役割に。
姉さんは本物の王子様に、おじさんは本物の狼に。
このままじゃ、おとぎ話に現実が飲み込まれちゃう。

絶対に負けられない!

     ※

 七巡市の上空、さかさまの氷のお城。
 凍った湖の真ん中の氷の玉座で女王がつぶやく。

「融合が進まない……」

 青く染まった爪が、めきりとひじ掛けにめりこむ。

「朱蜘蛛の魔女か。小賢(こざか)しい」

 紫色の唇の、口角がにいっとつり上がる。

「だが、いつまでもちこたえられるかな?」

     ※

 その頃、七巡市の商店街の一角。不思議な本屋では。

「おネェちゃん、お願いがあるんだ」

 赤と白、二人の魔法少女と和装の魔法使いがコタツに入っていた。

「なぁに?」

 やわらかにほほ笑む魔法使いのおネェさん。赤い毛糸を指にからめて、くるりくるり。手元も見ずで正確に、マフラーを編んでいる。しかしその力は既に尽きかけ、コタツの中の足は色を失い透きとおっていた。

「あっち側と道をつなげて」
「一箇所だけ、結界に穴を開けてほしいんだ」
「そうしたら、向こうの攻撃は、そこに集中する」
 ぐっとルナとカナは拳をにぎる。
「的が集まるから、打つのは簡単だ」
「返り討ちにして、一気に攻め込む!」
「……わかったわ」

 踊る、踊る、毛糸が踊る。魔法使いの指先で。
 赤い毛糸であやとりするり、二段ばしごのできあがり。

「さ、できた。お行きなさい」
「ありがとう!」

 窓の外、はるか上空のお城に向かい、透明な道がつながっていた。さらさらと雪がまといつき、白くか細い輪郭(りんかく)が浮かぶ。

     ※

「わあ、あったかーい」
「んぴぃ」

 ルナは颯爽(さっそう)と狼にまたがった。黒いもふもふの毛並に埋もれて、銀色子猫もごきげん。

「こうなったのも、悪いことばかりじゃないかもね」
「そうだね。みんな一緒に戦える」
 
 うなずくカナに、王子様が馬上から手をさしのべた。
「さあ、こちらへ、マイ・プリンセス」
 そう、馬上から。いつの間にか姉さん王子は、白馬にまたがっていた。鞍も手綱もはみもあぶみもきちんとつけた、白い馬。
「どっから来たの!」
「王子には白馬がつきものだ」
 王子様の手をとって、ひらりとカナは白馬の背に。しかも後ろではない。前だ。

(こっ、これはっ!)

 前に乗せたプリンセスを背後から王子が支えて守る。由緒正しい姫ポジション。

「大丈夫かい、マイ・プリンセス。窮屈じゃないかい?」
「だ、だ、だ、だいじょうぶです」
「んっぴゃ!」

(これはおとぎ話の影響、これはおとぎ話の影響、これはおとぎ話の影響ーっ)

 ぷるぷるっと頭を振って、顏を上げ、きりっと顏を引きしめる。」

「行くよ、ルナ!」
「おっけい、カナ!」

 狼が走る。白馬が走る。道にふりつもる粉雪を舞いあげて。町を守る結界に、一箇所だけ開いた門を目指して駆け上がる。おとぎ世界と現実世界、二つの世界の境目には、今まさに攻め込まんとするヴィラン軍団が集結していた。

「やっぱり集まって来たね」
「ここから先は通さないよ!」
「こっちから逆に、攻め入ってやる!」
「行くよ、姉さん!」
「仰せのままに、マイプリンセス!」

 二人の魔法少女が、狼と白馬に乗って駆け上がる。蜘蛛の糸で編まれた透明の道を。
 悪い小人、小悪魔、悪い継母、意地悪な兄弟、悪い盗賊、悪い魔法使い。その他もろもろのヴィランが群れになって押し寄せる。

「がう!」

 狼が牙をむく。噛みついて、振り回し、投げ飛ばす。

「来るがいい下郎ども!」

 王子の剣がばっさばっさと切り捨てる。

「わっすごい」
「僕たち何もしてないよね」

 蹴散(けち)らされる雑魚たち。

「んびゃあ!」
「びゃああ!」

 耳をふせる銀色子猫。

「っ、来る!」

 押し寄せる腐臭(ふしゅう)瘴気(しょうき)。ゾンビだ。何故かおとぎ話にゾンビ。青黒い肌に腐り落ちた目玉、黄ばんだ乱ぐい歯、鋭い爪。

「子ども?」
「全部、子どもだ」
「子どものゾンビ?」

「うー、あー、うー」
「あっ、あのゾンビ、お菓子食べてる」
「お菓子の家かっ」
「ヘンゼルとグレーテルだっ」

 歪みにとり憑かれた「ヘンゼルとグレーテル」の世界では、お菓子の家におびき寄せられた子どもたちが、逆にゾンビ化して魔女を食い殺していたのだ!

「あのお菓子、絶対ヤバい!」
「緑色の何かが出てるーっ!」
「ぐるるる」
「だめ、おじさんあれに噛みついちゃだめ、絶対にだめーっ!」

 バイオハザード不可避! 迫る、子どもゾンビ軍団とのエンカウント。
 その時だ!

「あっ」
「ああっ」

 緑の蔦が! トゲの生えた緑の蔦が、子どもゾンビをからめとる。そのまま、ぎりぎりしめ上げる。
 薔薇だ。赤い薔薇と白い薔薇。かぐわしい香気が腐臭を清めて追い払う。

「これは……」
「ゆきしろちゃん!」
「べにばらちゃん!」

 うり二つの少女が、赤と白、薔薇の花を手にほほ笑んでいる。

「ありがとう!」

 ふっと空が暗くなる。

「わわわっ、なんか、でっかいの来たーっ」
「サメだーっ、大きなサメーっ」
「サメ映画!?
「ちがう、あれは……ピノキオのサメだーっ!」

 ピノキオの終盤で、おじいさんを飲み込んだ巨大なサメ。クジラよりも、高速バスよりも大きなサメ。スペースシャトルぐらいはありそうなサメ。

「何で、サメが空を飛んでるの!」
「最近のサメは、空ぐらい飛んじゃうよ」
「早い。でかいのに、早い」
「あっ」

 どどう、どうっ!
 横合いから大量の水が飛んで来て、サメを飲み込む。不思議なことに水流は、巨大なサメを閉じ込めたまま、ぐるぐるぐるぐる渦を巻く。次第に渦の直径は狭くなり、ついにサメの動きが止まった。

「しょっぱい、これ海の水だ」
「ルナ、あれを見て」
「あ……人魚姫!」

 これまで浄化してきた物語の主人公たちが、集まっている。助けてくれる。

「よし、今のうち!」
「どんなに巨大でも、おとぎ話の悪役なら」
「ぼくらは負けない」
「だって僕らは」
「おとぎ探偵だから!」
 
 すっくと立ち上がったルナとカナ。
 魔法のステッキをふりかざす。

「マジカル!」
「ミラクル!」

 魔法の言葉をとなえると、ステッキにはめこまれた星形のクリスタルが輝く。赤と白、二つの光が交差する。

フェアリーナイツ!

 ぽぅんっ!
 ピンクの光に包まれて、何と、ルナの(はさみ)が巨大なチェーンソーに変形!

「行け、おじさん! サメにはチェーンソーだっ」
「がう!」

 白いスカートをなびかせて、伝説の戦士ルナを乗せた狼が飛ぶ。ターゲットは、水球に閉じ込められた巨大サメ!

「えいっ」

 ざっくり。サメは真っ二つ。すかさずステッキをマイクに歌う、魔法少女カナ。

「サメさん、海へおかえり……」

 光の花びらが舞う。
 わずか1フレーズでサメは光に還った。

「浄化完了!」
「お見事、マイ・プリンセス!」
「よし、このまま一気に攻め込むぞ!」

 雲霞(うんか)のごとく押し寄せる、ヴィランどもを蹴散らして、伝説の戦士ルナカナは走る。飛ぶ。
 境目をくぐった直後、ぐるっと天と地がひっくり返った。

「入ったね、ルナ」
「そうだね、カナ」

 ここからは、おとぎの国。雪の女王の妄執にとり憑かれ、歪んで狂ったおとぎの国。
 ついに、雪の女王の氷の城に飛びこんだ。冷たく寒いからっぽの広間。凍った湖の真ん中の、玉座に座る雪の女王。

「ついにここまで来たか、生意気な小娘どもめ」
「覚悟しろ、雪の女王」

 鼻先でせせら笑うと、雪の女王はぱちりと指を鳴らした。

「待っていたよ、おとぎ探偵」

 びゅうっと粉雪うずまいて、現れたのは……

「お前たちはっ」

※次回は5/12の11:00に更新します。
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