ゆきしろべにばら

文字数 6,320文字

 どんより重たい鈍色(なまりいろ)の空。ぶあつい雲の向こうからおひさまが弱々しく照らす。
 石畳(いしだたみ)の道。広場を抜け教会の前を通り森に向かう道。

 こつ、こつ、こつ。
 (くつ)を鳴らし、並んで歩く少女と少女。

「静かだね、カナ」
「静かだね、ルナ」
「だれもいない」
「うん、だれもいない」

 その二人、完ぺきなシンメトリーにしてアシンメトリー。
 モノトーンの風景の中、浮かび上がるまぶしい白、あざやかな赤。
 愛らしいはずなのに、見ているだけで胸がざわつく。

 うねり一つ無いまっすぐな黒髪に、陶器(とうき)のような白い肌。
 ぱっちり二重(ふたえ)の目、ふさふさのまぶた、きゅっと結んだ(くちびる)はまるで桜貝(さくらがい)
 顔のつくりはうりふたつ。すんなりした手足も背丈(せたけ)も体つきもまたしかり。

 おそろいのドレスにおそろいのコルセット、おそろいのブローチ、おそろいのフード付きケープ。
 (かか)えたバスケットからちょこんと、これまたおそろいの銀色子猫が顏を出す。
 何もかもおそろいの少女、だがちがいはあった。(ゆえ)に見分けるのは容易(ようい)
 まずはケープの色。一人は白、もう一人は赤。
 そして(ひとみ)の色だ。
 一人は黒、もう一人はこげ茶とゆらめく緑の左右色ちがい。

「教会だね、カナ」
「お墓だね、ルナ」

 穴を掘る男が手を止める。
 かびくさい土に立てかけた、大きなシャベルによりかかる。

「やあ、おじょうさんたち。見かけない顏だね」

 二人は顏を見合わせて、互いの胸元(むなもと)に手をのばす。
 白い指先が触れる。襟元(えりもと)の丸いブローチに。一箇所(いっかしょ)だけ欠けた、それ以外は完ぺきな半球(はんきゅう)
 刹那(せつな)、光が走った。
 白と赤、フードつきケープの表面にちらちらと。
 夕焼けが()()えたような、(あわ)い赤い光の(あみ)
 つかの()浮かんですぐ消える、はかない夢のよう。

「どこに行くんだい?」
 最初に白いフードの黒い瞳が口をひらいた。
「僕たち、おじさんの家に行くんだ」
 赤いフードに色ちがいの瞳の少女が続く。
「ねえさんが待っているから」
「そうだね、心配しているね」
「うん、きっと心配してる」
「わかるよ、近ごろいろいろ物騒(ぶっそう)だからね」

 男が掘っているのは、墓穴(はかあな)だった。
 そい寝のように並べられた、同じ大きさの穴二つ。

「今から行くと森の中で日が暮れてしまうよ?」
「いいんだ、急いでいるからね」
「僕たち、急いでいるからね」
「そうかい。気をつけておゆき。この町では、子どもが消えているんだ。今まで何人も、何人も」
「知ってる」
「消える時はいつも二人なんでしょ?」
「ああ。兄弟、姉妹、従妹(いとこ)従弟(いとこ)。血のつながる子どもが二人一緒(いっしょ)にいなくなり、森で見つかる」
「それも、その子たちのお墓?」
「……ああ、そうだよ」
「小さいね」
「お人形のベッドみたいだね」
「これだけしか、見つからなかったんだ」

 そして、墓掘(はかほ)り人は見送った。森に向かう二人の少女と二匹の子猫を。
「はて、あれはどこの家の子だったんだろう」
 確かに知ってる子と話していた。そのはずだった。
 もう、思い出せない。名前も顏も。
「あれは、だれだったんだろう?」

 白いずきんと赤いずきん。
 少女たちは歩く。ベルトとバックルのついたおそろいの可愛(かわい)革靴(かわぐつ)で、灰色の石畳(いしだたみ)を踏んで。
 やがて石畳の道は砂利(じゃり)となり土となり、街を抜け、森へと入る。
 石がごろごろ、雑草まで生えた細い道。
 少女たちは歩く。まるでみがかれた宮殿(きゅうでん)の床を踏むように、かろやかな足どりで。
 それでも森は広い。あまりに広い。
 とことこと歩いて歩いて少女たち、森の中で日が暮れる。

「夜がくるよ、カナ」
「夜がくるね、ルナ」

 オレンジ色にかすむ空。足下にしのびよる藍色(あいいろ)(やみ)
 行く手にぽつりと(あかり)がともる。
 森の中の一軒家(いっけんや)。石づくりの壁、こけむした屋根。
 戸口の前に二本のバラ。一つは白く、一つは赤い。
 小さな石のアーチの真ん中で、しっかりからみあう。

「手をにぎってるね」
「うん、にぎってるね」

 バラのアーチをくぐり、玄関(げんかん)の石段を上がる。
 ずっしりぶあつい(とびら)には、わっかをくわえたクマの頭がついている。
 白いずきんのルナが手をのばし、わっかを(にぎ)って、扉をたたく。

 ゴン、ゴン、ゴーン……。
 夕暮(ゆうぐ)れに(ひび)く、重たい音。
 扉がきしみ、開く、
「どなた?」
 女が一人顏を出す。白い顏、白い髪のぞっとするほど美しい女。
「僕は、ルナ」
「ぼくは、カナ」
「まあ、かわいらしい」
 女の口角(こうかく)がきゅうっと上がった。
「こんな時間にどうしたの、おじょうちゃんたち」
「道に迷ったの」
「まあかわいそうに。さあお入りなさい」

 女は扉を開き、少女たちを(まね)き入れる。
 家の中には明かりがともり、(あたた)かい。
「ひとりで暮らしているの?」
「いいえ。妹といっしょよ。いらっしゃい」

 女は少女たちを食卓(しょくたく)(まね)いた。
 あたたかいシチューとふかふかのパン、あまいケーキでもてなした。
 少女のつれてる子猫にも、おいしいごはんを用意した。
 おさかなのスープにひたしたパンとミルク。
 子猫はごきげん、のどを鳴らし、一滴(いってき)のこらずなめとった。

「つかれたでしょう? ぐっすりおやすみなさい」
 案内された部屋には、ベッドが二つ並んでいる.
 すべすべの敷布(しきふ)、ふかふかの羽根布団(はねぶとん)
 まるでお姫様が眠るために準備されたような、かわいいベッド。
「お飲みなさい。あたたまるわ」
 カップに入ったあたたかいミルク。
 テーブルに置くと、女は静かに部屋を出て、扉をしめた。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
 ミルクからたちのぼる湯気(ゆげ)ふたすじ。
 あまくてあたたかいミルクに顏をよせ、子猫はひくひくと鼻をうごめかせる。
「んびぃ」
 耳を()せた。
「んびゃあ」
 白い(きば)を見せた。
「そう」
「やっぱりね」

     ※

 真夜中(まよなか)を少しすぎたころ。
 木々(きぎ)を鳴らす風さえも息をひそめる静けさ。

 きぃ、きっ、きっ。

 廊下(ろうか)がきしみ、扉が開く。ろうそくを(とも)した燭台(しょくだい)を手に、白い女がすべりこむ。
 ベッドのかたわらに立ち、少女たちの寝息(ねいき)をうかがう。
「ぐっすりねむっている」
「そうだね」
「っ!」
 ふりむけば、ほほえみ立つのは白いフードの少女。
 同時にベッドに眠る二人がぱちりと目を開ける。
 金色の瞳。
「ぴゃあ」
「ぴゃああ」
 おきあがるのは二匹の子猫。

「お前、ミルクを飲まなかったね?」
「うん。だって食事はあなたも一緒に食べたけど、ミルクは僕たちの分しかなかったじゃない」
「バカな子。眠ったまま楽に死なせてあげたのに」
「大きなお世話」
「もう一人はどこ?」
 白いフードの少女は(あと)ずさる。女が(あと)を追う。
「ねえ、あなたたちは本当にそっくりね。金色の髪、青い瞳、バラ色のほほ、同じ顏、同じ姿の双子(ふたご)の姉妹。いつでもどこでも一緒」
 じりじりと廊下を歩き、居間(いま)に向かう。
 ついさっき、あったかいご飯を食べた部屋へ。

 めらめらと燃える暖炉(だんろ)()かりが()らす。
 骨だ。
 女の持つ燭台(しょくだい)は、ぴかぴかにみがかれた骨だ。
 ほっそりきゃしゃな手の骨が、ロウソクをつかんでいるのだ。

「いつでもいつでも二人で一人。そんなのっておかしい。絶対おかしいわ! 私とあの子は、ちがうのに!」
 くわっと女が目を開く。血走(ちばし)った白目、黒くうがたれた瞳孔(どうこう)
「私たち、二人で一緒でなきゃ意味がなかった。価値(かち)がなかった」
 口角(こうかく)から(あわ)を飛ばして顏をゆがめる。
「だからいつも一緒にいたの。いつも、いつも、いつも。クマを家に入れた時も、小人のヒゲを切った時も。小人を(おの)でなぐり殺して王子様(おうじさま)(のろ)いをといた時も、二人一緒だった。それなのに! ああ、それなのに!」

 がしゃり。

 女はロウソクを暖炉に投げ込んだ。骨がくだけて(ほのお)につつまれる。
「王子様が(えら)んだのはあの子! 明るい声でよく笑う、可愛い(べに)バラ。私の妹!」
 かわりににぎるは(ふる)い斧。
 くもった()、ひびわれた()。なまなましく血のこびりついた斧。
「切り(きざ)んでやった。こまぎれにして、骨から(にく)をひきはがして、残らず食ってやった!」
 くわっと女が口を開ける。色の(うす)い唇の内側(うちがわ)は、まがまがしく赤い。
「さあ、かわいい子、お前もほんとはそうなんでしょう? もう一人がねたましいでしょう? あの子の居場所(いばしょ)を教えなさい。そしたらお前は逃がしてあげる」
「おあいにくさま」
 少女は笑う。桜貝(さくらがい)の唇を三日月(みかづき)につり上げて、白い歯を見せて。
 フードの中に手を入れて、ざらっと抜き出すのは大きな裁ち鋏(たちばさみ)。美しいつる草状(くさじょう)模様(もよう)(きざ)まれた、ぴかぴかの(はさみ)
 斧に立ち向かうには、あまりに小さく(たよ)りない。
「あらあら、そんな(はさみ)でどうするの?」
 女は()()らせて笑う。けたたましい声。耳障(みみざわ)りな金切(かなき)り声。
「お裁縫(さいほう)でもはじめるつもり?」
「僕たちは姉妹(しまい)じゃないよ」
 唇をすぼめて、ふっと胸元(むなもと)のブローチに息をふきかける。
 白いケープに光が走る。
 女の顔から()みが消える。
「お前はだれ? 何者(なにもの)?」
「僕は僕だよ。ああ、このドレスね、特別製(とくべつせい)なんだ」
 少女は()()(はら)ってぱちりと片目(かため)をつぶる。
魔法使(まほうつか)いのおネェさんが作ってくれた。見たいものを見せる魔法(まほう)を今、()いた」

 しゃりん、と()んだ(おと)を立てて(はさみ)が分かれる。左右(さゆう)に分かれて二本の短い(やいば)に変わる。
「僕たちは別の『(せかい)』の同じ存在。同じだから食いあわない」
 影の中から音もなく、赤いずきんの少女があらわれる。
「同じだからうらやまない」
「お前とはちがう」
 ぐりんっと女の目がひっくりかえる。
「同じだろうがちがってようが、かまうものか!」
 斧をふり上げ打ちかかる。
「二人とも(きざ)んでやる。食ってやるぅうう!」
(おそ)(おそ)い」
 二人の少女はさっと左右にわかれた。
 ふわりと白いケープが(ちゅう)()う。
「さあ、絵本(えほん)はおしまい、ベッドにお()き、雪白(ゆきしろ)ちゃん」
 銀の光が走る。
 すっぱりと女の顔に線が走る。
 (ひたい)から(はな)(あご)(くび)(むね)(はら)、つまさきまで一気(いっき)に。
「あ……」

 かぱっと女は真っ二(まっぷた)つ。
 右と左に真っ二(まっぷた)つ。
 中からこぼれるもう一人。首だけの美しい女がもう一人。
「ほんとだ、一緒にいたんだね」
「ずっと一緒にいたんだね」
 飛び散(とびち)血潮(ちしお)が白いずきんを赤く()める。

「歌って、カナ」
「わかったよ、ルナ」

 赤いフードの少女は胸の前で手を組み、歌い出す。
 最初は小川(おがわ)のせせらぎよりも小さな声で。
 次第(しだい)に大きく、はっきりと。
 ひばりのさえずりよりも(たか)らかに歌いあげる(いの)りの歌。どこかで聞いたような。そしてどこでも聞いたことのないメロディ。
 歌声は夜の空気を(ふる)わせ、(かがや)きとなり部屋を()たす。
 声と旋律(せんりつ)がよりあわさり、(まゆ)となり……
 真っ二つの女と首だけの女。
 うり二つの美しい姉妹をつつみこむ。

 床の上で真っ二つの女がつぶやく。
「わたし、妹が大好きだったのよ。だから、だから王子様なんかにとられたくなかったの……」

白い薔薇(ばら)()った。
赤い薔薇(ばら)をのみこんで。
白い薔薇(ばら)と赤い薔薇(ばら)はどちらも消えてしまった。

「ぴゃあ」
「ぴゃああ」

そして0から(ふたた)び始まる。

     ※

 ぽんっと二人は本から飛び出した。ふわふわの銀色子猫(ぎんいろこねこ)を腕に()いて。
「お帰りカナちゃんっ、ああ無事でよかった心配したーっ」
 心配しているおねえさん。
(つか)れた。(くつ)ぬがせて」
「はい」
(あし)もんで」
「はい!」

「お帰りルナ」
 待っていたおじさん。
「見て見て、おじさん。きれいに()いたでしょ?」
「ああ、美しい。にあうよ、赤いフード」

「お二人ともおつかれさまです」
 白いシャツに黒いベストに黒いズボン。物静(ものしず)かな店主(てんしゅ)がうやうやしく身をかがめる。
 飴色(あめいろ)の光に満たされた店の中、壁を()める天井(てんじょう)まで(とど)本棚(ほんだな)。中には本がぎっしり。
 手袋をはめた手には、一冊の本。表紙には黒い()みが(うごめ)き、タイトルはわからない。
 その(うごめ)()みが、しゅわっと消えた。
 赤い表紙と金で箔押(はくお)しされたタイトルが現れる。
『ゆきしろべにばら』

「ありがとう、無事に本の汚染(おせん)除去(じょきょ)されました。(ほう)っておいたら、店中(みせじゅう)の本に広がっていました」
「何それ、(こわ)っ」
「この店の本って、全ての本につながってるんでしょ?」
「はい。あやうく世界中の『ゆきしろべにばら』が、妹を食い殺す姉の話に書き()えられるところでした」
「何それ、趣味(しゅみ)わるーい」
「うつくしくなーい」
 店主は身をかがめてカウンターの裏から、大きなバスケットを持ち上げる。
「これはほんのお礼です。みなさんでめしあがってください」
「わあ、おいしそう」
 おみやげは、大きな大きないちごのパイと、赤いぶどう(しゅ)

 そして、少女たちはおうちに帰りました。
 めでたし、めでたし。

(おとぎ探偵ルナカナ〜ゆきしろべにばら/了)
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