ちいさな人魚のおひめさま

文字数 7,452文字

 きらきらまばゆいシャンデリア。
 ぽんぽん上がる、花火が上がる。大理石(だいりせき)(はしら)(ささ)えられた、ガラスの円天井(まるてんじょう)の向こう(がわ)(ひら)いて()える、つかの()の花。
 まるで(ゆめ)のよう。色とりどりでふわっときれいな砂糖菓子(さとうがし)。水をかけたらすべておしまい、はかないはかない砂糖菓子。

 こぽこぽ(なが)れる水の(おと)大広間(おおひろま)のまんなかに、すっくと立った(まる)噴水(ふんすい)
 青銅(せいどう)(さかな)(くち)からあふれる水。大理石のカエルが(なら)ぶ、大理石の水盤(すいばん)に落ちる。
 色とりどりの小石(こいし)(えが)かれたモザイクの(ゆか)。気の(とお)くなるほどの時間と手間をかけて一つ一つ組みあげた。
 気の(とお)くなるほど高価(こうか)なモザイクの上、夜会服(やかいふく)男女(だんじょ)(うで)を組み、くるくる回る。

 今夜はお城の舞踏会(ぶとうかい)。めでたいめでたい舞踏会。
 今夜は王子様の結婚式。(となり)(くに)の王女様とめでたく(むす)ばれる結婚式(けっこんしき)
 (まえ)奥様(おくさま)()くしてはや一年、()()けてやっと(むか)えた(いわ)いの()
 国中(くにじゅう)貴族(きぞく)とお金持(かねも)ち、外国(がいこく)のお客様(きゃくさま)(まね)かれる。

 ぱーぱらぱぱぱー。

 たからかにラッパが()(ひび)き、(あら)たな客人(きゃくじん)(おとず)れを()げる。
 両開(りょうびら)きの(とびら)(ひら)く。
 しずしずと(すす)み出るのは(きぬ)黒髪(くろかみ)、白い陶器(とうき)(はだ)のうり(ふた)つの少女。一人は黒い(ひとみ)、もう一人はこげ茶とまたたく(みどり)の色ちがい。
 おそろいのドレスも色ちがい。一人は赤地(あかじ)に白いレースを(かさ)ね、もう一人は白地(しろじ)に赤いレースを重ねた()った作りの夜会服(やかいふく)背中(せなか)でふんわり(むす)ばれたオーガンジーのリボンは、()けてゆらめきまるで妖精(ようせい)羽根(はね)のよう。ひじまで(おお)うレースの長手袋(ながてぶくろ)、スカートのすそからちらりとのぞく、小さな赤い(くつ)もおそろい。
 つきそいの男性がうやうやしく一礼(いちれい)、やわらかな声音(こわね)で告げる。
「こちらはミケルセン侯爵(こうしゃく)のお嬢様(じょうさま)です。本日(ほんじつ)社交界(しゃこうかい)へのデビューとなります。(もう)(おく)れました、あたくしはお二人(ふたり)家庭教師(かていきょうし)をつとめております」
「まあ、(なん)て愛らしい」
「まるで妖精のようなお嬢様たち」

 双子(ふたご)のお嬢様と家庭教師。()()ってしずしず歩く。
 居並(いなら)貴人(きじん)合間(あいま)をすりぬけて、()()ううわさ(ばなし)をつかまえる。

六回(ろっかい)も結婚してるんだ、王子様」
「一年に一回、今年で六人めなんだって」
「これまでの奥様(おくさま)は、みんな海で()くなってるそうよ。六人とも、すごいお金持(かねも)ちなんですってね」
「さすがおネェちゃん、情報(じょうほう)(はや)い」
「って言うかほんと、(なが)れるように(ひと)(こころ)にもぐりこむよね」
「うん、こんなにたくさん人がいるのに、だれもぼくたちのこと、(うたが)わない」
「それが、魔法のドレスの効果(こうか)よ。今、ルナちゃんとカナちゃんは、あたしが言った通りの姿……この国の貴族(きぞく)のお姫様(ひめさま)に見えてるのよ」
「ミケルセンって、こないだ見た映画の俳優(はいゆう)さんだよね?」
「いいのいいの、あの人たち、あたしたちが見えてる(あいだ)しか(おぼ)えてないし」

 とことこ歩くルナとカナ。そして魔法使(まほうつか)いのおネェさん。
 今度(こんど)料理(りょうり)(なら)部屋(へや)にやってきた。白いリネンのテーブルクロス、(ぎん)のお(さら)(きん)のさかずき。
 子ブタの丸焼(まるや)き、白鳥(はくちょう)のロースト、エビのスープ、すりつぶしたお(さかな)()って(つく)ったきれいなパテ。大きな大きなサーモンまるごと一匹、レモンの輪切(わぎ)りで(かざ)った姿焼(すがたや)き。
 ぴょこっと顏出(かおだ)銀色子猫(ぎんいろこねこ)

「ぴゃあ」
「ぴゃああ」
「そうね、お魚料理(さかなりょうり)豊富(ほうふ)ですものね、はい()()がれ」

 金色(きんいろ)(ひとみ)がきらっきら。(あか)いお(くち)をかぱっと()ける。

「ぴゃあるるる」
「んぴぃう、ぴぃう」
「いいの? 猫」
「いいのよ。猫はねずみ取りの名人(めいじん)として大事(だいじ)にされてるの」
「あー、黒死病(こくしびょう)
「そう、黒死病(こくしびょう)

 三人と二匹が通り過ぎた(あと)、銀の皿から特大(とくだい)のサーモンが一匹、(ほね)も残さず消えていた。

 ちょろちょろり、ちょろちょろろ。ここちよい水の(おと)
 しめった草木(くさき)と、土と、花と果実(かじつ)。ひと(いき)()えばねっとりと、とろける甘みが肺腑(はいふ)()たす。
 広々(ひろびろ)とした円形(えんけい)の広間には何と。
 (ゆか)水路(すいろ)(めぐ)らされ、中央には小さな橋。
 南国(なんごく)の花が()えられ、シュロや椰子(やし)の木が(しげ)り、鳥や魚を(はな)()いにしている。

「あ、孔雀(くじゃく)
「あ、金魚(きんぎょ)
「ぴぃやああ……」
「……ストップ、ストーップ!」
「んぴぃいいい」

 すんでのところでルナとカナ、銀色子猫をつかまえて、ふたつきバスケットにin。
 もぞもぞ(うご)くバスケット。だけどふたは(ひら)かない。

「あぶなかった」
「あぶなかった」
()かったわ、まさか獲物(えもの)までいるなんて」
「すっごいお金かかってるよね」
「本で読んだよりすごいことになってるよね」

 ここは強くて大きな国にはさまれた、小さくて弱い国。
 まわりの顔色をうかがいながら、せっせと立ち回って生きのびた貧乏(びんぼう)な国だった。
 そこに生まれた王子様。
 顏がいいのが取り柄(とりえ)の王子様。
 お金持ちの国の王女様を次から次へとひっかけてはご結婚、持参金(じさんきん)をがっぽりゲット。

「しかも次女(じじょ)とか、側室(そくしつ)の娘とか、微妙(びみょう)〜な立場(たちば)の王女様を(ねら)()ちしてるそうよ」
厄介払(やっかいばら)い?」
(おん)()?」
「そう言うこと。六人も続けば、かなりもうかってるでしょうね」
「それで贅沢(ぜいたく)しほうだいなんだ」

 きらり。
 目の前には、りんごの木。枝も葉も、すずなりの()も、すべて黄金(おうごん)精巧(せいこう)につくられた芸術品。
 葉の上にきらめく(つゆ)真珠(しんじゅ)
 赤いドレスのカナは首をかしげる。
「これだけ(かせ)いだんだから、もうやらないかも」
「それはないよ、カナ」
 きっぱりと言い切る、白いドレスのルナ。
「お金はおまけ。ほんとの目的は、別にあるから」
「そう。ルナが言うなら、そうなんだね」

 奥へ奥へ。ルナカナは進む、王宮(おうきゅう)の奥へと。
 だれも()めない。あやしまない。
 何故(なぜ)って二人は貴族のお嬢様だから。
 ルビーのバラ、サファイアのアイリス、真珠(しんじゅ)百合(ゆり)
 宝石の花の咲き(みだ)れる大広間で、新郎新婦(しんろうしんぷ)が踊っていた。
 白い軍服(ぐんぷく)を着た王子様、白孔雀(しろくじゃく)羽根(はね)のようなドレスをひるがえす王女様。

「あれが王子様」
「デレデレだね」
「すごい(ねつ)っぽい顏だね」
「テンション上がってるね」

 (ぜい)()くした舞踏会(ぶとうかい)は、夜通(よどお)し続くかと思われました。しかし、踊りに踊ってすでに三日目。くたびれた招待客(しょうたいきゃく)はひとり減り、二人(ふたり)減り……やがてすべての広間はからっぽになりました。

 壁際(かべぎわ)(かざ)られた大きな大きな時計。大人(おとな)背丈(せたけ)よりも大きな()子時計(こどけい)
 黄金(おうごん)の人形が向きあいキスをして、ディーンドーン、ディーンドーン。重々(おもおも)しく(ひび)(かね)
()が、真夜中(まよなか)()げる。

 ぎい、ぎぃいい。

 (とびら)(ひら)く。
 新婚夫婦の寝室(しんしつ)から、王子があらわれる。(きぬ)のシーツでくるんだ大きな荷物をかかえて。
 静かに静かに階段を()りる。
 大広間からバルコニーへ、そしてさらに大理石(だいりせき)外階段(そとかいだん)へ。

 ひた、ひた、ひたり。

 足音をしのばせ、ルナが降りる。カナも降りる。
 魔法のドレスに守られて、二人の姿は王子には見えない。

 長い長い大理石の階段。月の光にほの(しろ)()かぶ。
 ()()(さき)は海。

 ちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぷ。

 一番おしまいの(だん)は、(しお)からい(なみ)にひたっている。

 静まりかえった(よる)(うみ)。王子は呼びかける。

「出ておいで、可愛(かわい)(ひろ)()

 こぽこぽり。

 海が泡立(あわだ)ち、何かが()かび上がる。

「さあ、おあがり」

 王子はひざをつき、かかえた荷物(にもつ)海面(かいめん)に降ろす。

 ふわりとシーツが広がる。まるで睡蓮(すいれん)(はな)
 中からあらわれるのは、花嫁(はなよめ)
 手足(てあし)はぐにゃりと力なく(なが)れ、(はだ)蒼白(そうはく)()はうつろに見開(みひら)かれ、歯を食いしばり、(くちびる)はあおざめた紫色(むらさきいろ)
 すでに花嫁(はなよめ)息絶(いきた)えていた。

()かった、まさか、寝室(しんしつ)ですませていたなんて」
「あれが、目的?」
「そうだよ、カナ。ごらん、あの顏」

 王子は笑っていた。月の光をあびて。
 (ほお)火照(ほて)り、()(うる)み、肌はしっとり(あせ)ばんで。
 広間で踊った時より何倍(なんばい)も、(あつ)くとろけた恍惚(こうこつ)(きわ)み。

 ばしゃり。
 水面(みなも)に浮かぶシーツが(ゆが)む。
 水かきのある青緑(あおみどり)の手が()せる花嫁をつかみ、水に引きずりこむ。

 ガリガリ、ゴキ、ベキ、ばき。

 骨を()む音。肉を引き()き、すする音。(うみ)(みず)()()()まる。
 ぷかぷかゆれる(あか)(あわ)

 ざばぁ。

 赤い泡をかきわけて、白い生き物が顏を出す。
 大理石の階段に手をかけて、水からあがる。
 全身から海水をしたたらせた(はだか)美女(びじょ)。その顏は……

「花嫁?」
「ちがうよ、カナ。目をごらん」
「ほんとだ、ルナ。目が()(くろ)だ」
「真っ黒だね」
「サメみたいに」
「サメみたいに」

 白い(うで)をまきつけ、美女は王子に()きついた。
 王子は(いと)おしげに()れた(かみ)をなでる。

「待っていたよ可愛(かわい)(ひろ)()。これでまた一年(いちねん)一緒(いっしょ)にすごせるね」

 美女は笑う。(くちびる)合間(あいま)からぞろりとのぞく(とが)った歯。
 べっとりと血の(すじ)(にく)欠片(かけら)がこびりついている。

「食べちゃったんだ」
「食べちゃったんだ」
「そして()けた」

 人間(にんげん)()ければ、(あわ)にならない。

「一年しかもたないんだね」
「だから一年に一人なんだ」

 王子と人魚は()わす。(ふか)くて(あま)口付(くちづ)けを。
 花嫁の()(あじ)のする口付けを。

「さあ、(うた)っておくれ。聞かせておくれ。(きみ)の歌を」

「いけない、あれを」
「うん、あれを」

 ルナは白いずきんをかぶる。
 カナは赤いずきんをかぶる。
 人魚の(うた)(あや)しの(うた)
 聞く者すべてを(くる)わせる。

 人魚姫は歌う。その歌は地上(ちじょう)のどの国の言葉でもない。どんな生き物のさえずりともちがう。
 ただ(のど)から(はっ)する美しい音。
 王子は夢見(ゆめみ)るように目を閉じて、人魚の(むね)に顏をうずめる。

 (うば)われたはずの声に()いしれ、(あわ)()しているはずの(からだ)をかき(いだ)く。

 (ゆが)みがとり()くのは一冊(いっさつ)につき一人(ひとり)
 花嫁を殺して人魚姫に食わせ、人の姿を()たせる王子。
 花嫁を食ってその姿を(うば)い、()(つづ)ける人魚姫。

 (ゆが)んでいるのは、()たしてどっち?

「……決まってる」
「決まってる」

 ルナとカナはちゃんと見抜(みぬ)いていた。知っていた。

「じゃあ、さっさとすませよう」

 銀の(はさみ)(ひらめ)いて、ちょきん、と王子は()(ぷた)つ。

「あの人の役に立てるのなら。いっしょにいられるのなら」

 人魚は涙を流せない。
 (いと)おしげに王子の首を()き、足の先からじわじわと、泡に()わって()けてゆく。

「そのためになら私は、すべてを犠牲(ぎせい)にする。それでよかったのに」

 王子様。
 (つよ)い国にはさまれて、小さく弱い国に生まれたかしこい王子様。
 甘い言葉、優しい笑顔に()られ(つら)られてもてあそばれて利用され。
 それでも人魚姫は……

「しあわせだったのに」

 ()も残さず人魚は()けた。
 血色(ちいろ)の泡に(つつ)まれて、王子の首がぷかぷか浮かぶ。

「しってたよ、人魚姫」

 カナは歌う。(ゆが)みを浄化(じょうか)する(たましい)(うた)を。

(ゆが)みを()しても、きっと人魚姫は変わらない)
(だって(もと)からこうだったんだもの)

 物憂(ものう)い少女の歌に(つつ)まれて、血色(ちいろ)の泡が光に()ける。

「なんだかな」
「うん、なんだかね」

 死んだ少女に(こい)した白雪姫(しらゆきひめ)の王子様。
 (あし)しか見てないシンデレラの王子様。
 ラプンツェルの王子は(かみ)の毛しか見えない相手にご執心(しゅうしん)
 眠り姫の王子は百歳(ひゃくさい)年上(としうえ)の美女に会うために、いばらを(くぐ)る。

「おとぎ話の王子って変態(へんたい)ばっかりだ……」
「ぼくたちに王子様は必要ないよ、ルナ」
 カナにはお姉さんがいるから。
「そうだね、カナ。僕たちに王子様は必要ない」
 ルナにはおじさんがいるから。

「ぴゃあん」
「ぴゃあ」

 再生(さいせい)の光の中、銀色子猫(ぎんいろ)がかけてくる。
 とくいげに尻尾(しっぽ)をぴんと立て、口に何か黒いものをくわえて。

「わっ、(とり)とってきた?」
(さかな)?」
「んぴぃいるるる」

 ちょこんとルナの足下(あしもと)にすわって見あげる。
 ぷっくり(はな)をふくらませて。

「これはっ!」

     ※

 ぽん!

 銀色子猫を腕に()き、本から飛び出すルナとカナ。

「おかえりカナちゃん!」
「おかえり、ルナ」
「ただいま」
「ただいま」

 あわただしく挨拶(あいさつ)をすませて、本屋にかけよる。

「おつかれさまです……どうしました?」
「これ見て!」
「これ!」

 (ほほ)紅潮(こうちょう)させ、(めずら)しく興奮(こうふん)
 にぎった黒い物体を()(まわ)し、バーンっとテーブルに乗せる。

「これは……」

 猫の歯形(はがた)()とよだれにまみれているけれど、それは、上等(じょうとう)のシルクハットでした。
 帽子(ぼうし)の裏に、銀糸(ぎんし)()()り。
 小さな小さな、されこうべ。
 一目(ひとめ)見るなり、本屋が顏をしかめます。

「なるほど。汚染(おせん)元凶(げんきょう)は、あいつでしたか」


(おとぎ探偵ルナカナ〜ちいさな人魚のおひめさま/了)
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