雪の女王その2

文字数 1,866文字

 びよぉおおおお。
 風が吹き抜ける。さらさらの粉雪が舞い上がる。
 凍りついたコペンハーゲン。物語の出発点であり、終着点でもある都市。
 凍った家。凍った薔薇(ばら)。そして凍った主人公。愛しいカイを探しに旅立つ前に、あわれゲルダは氷漬け。

「これじゃ、いつまでたっても物語は終わらない」
「主役がフリーズしてちゃあね」

 雪の女王の力は、スピッツベルゲンの氷の城からあふれだしラップランドを凍らせフィンランドも凍らせ、南のコペンハーゲンにまで広がっていた。
 木も草も花も凍りつき、人間は氷の柱に閉じ込められている。生きて動くものは何一つない。
 台所の火さえも凍ってる。

 凍りつくゲルダにカナが手を伸ばす。

「気をつけて、カナ」
「大丈夫だよ、ルナ。おネェちゃんの手袋が守ってくれる」

 ふかふかあったか手袋は、魔女が編んだ魔法のお守り。
 氷の表面に手を触れると、ぽうっと蜘蛛の巣模様が浮かびあがる。

「っ」

 びゃっと逆立つカナの髪。銀色子猫は毛玉状態。

『私を見て』
『凍ったものは私のもの』
『私だけのもの』
『離さない』

 氷から伝わる、底なしの独占欲と承認欲求。食い入るように見つめる青い瞳。

『全てを凍らせれば、全て私のものになる』

「カナ、カナ!」
 ルナはカナの肩を抱いて引き離す。瞬間、見えた冷たい瞳。
「うわ」
「ぞくっとした」
「うん、ぞくっとした」
「これやばいよ」
「うん、やばいよ」
「変態とかストーカーとかそんなチャチなもんじゃあ断じてない、もっとヤバいものの片鱗(へんりん)を見た」
「どこでそんなセリフ覚えたの、カナ」
「姉さんが読んでたマンガ」
「ああ」
「おじさんから借りたって」
「全巻そろえてるからね」

 びょおおおお。冷たい風が吹き抜ける。いや、これはただの風じゃない。

「ひゃあっ」
「ぴゃあっ」

 ひしっと抱き合うルナとカナ、しがみつく銀色子猫。
 凍てつく波動。何者かの邪悪な意志が、動く物を凍らせようと押し寄せた。
 しかし。
 ぽうっと輝く蜘蛛の巣が、二人と二匹を包み込む。凍てつく波ははばまれ、通り過ぎる。

「危なかった」
「危なかった……うわっ」

 氷づけのゲルダの胸を、さらに別の氷柱(つらら)(つらぬ)いている。何たる執念。底知れぬ雪の女王の妄執(もうしゅう)に、二人の少女は細かく身震(みぶる)い。

「止めなきゃ」
「雪の女王のお城に行かなきゃ」
「どこだっけ」
「スピッツベルゲン」
「遠いなあ」
「大丈夫」

 カナはバスケットから小さな本を出す。少女の手のひらにすっぽり収まるほどの、小さな美しい本のミニチュア。白い表紙、中味も白紙。
 ルナとカナが手をかざすと、ぽうっと本は宙に浮かぶ。
 青い表紙に、銀文字が浮かぶ。

『雪の女王』

「さあ、ページをめくろう」
「えーっと、確か『七番目のお話』の章だ」

 カナがさっと手を横に振る。
 ぱらぱらとページをめくれる。
 途端(とたん)にまわりの景色が変化する。
 ページをめくるのと同じ速さで、びゅんびゅん回る。
 ルナとカナは動かない。
 動いているのは周りの世界(すべて)

「ここだ! 雪の女王のお城」

 ぴたり。
 
 ページが止まる。世界も止まる。
 そこはルナとカナの目指す場所。フィンランドの向こう、ラップランドのさらに北、スピッツベルゲンの氷の城。
 城の真ん中に広がる、玉座(ぎょくざ)の間と呼ぶにはあまりに広大であまりにの巨大な空間には、凍りついた湖があった。
 湖の真ん中には、裂け目から噴出した水がそのまま変じた氷の玉座。

「本来の物語なら、女王はここにカイを置き去りにしたんだよね」
「さらってきたはずなのに置いてきぼりにして、自分はさっさと南の島に行っちゃうんだ」
「そうそう、火山のてっぺんに雪を降らせるためにね」
「あの行動、謎すぎる」
一貫性(いっかんせい)がなさすぎる」
「何をしたかったのか、さっぱりわからない」
「だけど歪んだ雪の女王は……」
「やりたいことがはっきりしてる」

『全てを凍らせ、私の物に』

 その時、玉座で何かが動いた。

「んぴぃ」

 ぴーんと銀色子猫が耳を立てる。

「ぴゃあ!」

 ヒゲを立てて一声、鳴いた。

「いた!」
「あそこだ!」

 そこには、金色の髪の毛に藍色(あいいろ)の瞳の少年が……

「二人ぃ?」

※次回は5/9の11:00に更新します
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