雪の女王その6
文字数 2,867文字
ついに始まった、雪の女王とルナカナの最終決戦。
「待っていたよ、おとぎ探偵」
氷のお城の凍てつく玉座で、雪の女王は不敵に笑って指を鳴らした。
「お前たちはっ!」
うずまく粉雪とともに現れたのは……
「ほーっほっほっほ、天国から帰って来たわよ、おとぎ探偵! 今度こそあなたたちを泥人形にしてさしあげますわ!」
パンをふんだ娘、インゲル!
「僕たちは、歪んだままの方が幸せなんだよ。こっちが! これが! ありのままの自分なんだ! 僕だって、あんな、あんな大国のえばりくさった女よりは、純粋に僕を求めた人魚姫と一緒にいたかったんだ! 金さえ! 金さえあれば!」
人魚姫の変態王子!
「もうイヤだ、もう二度とあんなクソみたいな女王にこき使われるのはっごめんなんだぁあああ! うがーっ時間なんか知るかーっ! って言うか! 俺は! ちゃんと間に合ってる! 勝手に締め切りを変えたのはクソ女王だーっ!」
真面目 すぎておかしくなった白ウサギ!
そして、銀の縫 い箔 の入った黒い服を着た男。青ひげ男爵。静かにたたずみ、ぎらりと剣を引き抜いた。細い剣。両刃の剣。騎士の剣。
「どうして……」
「雪の女王が、再び力を与えてくれたのだ」
「それって」
にたりと女王が笑う。それは、かつての冷たい笑みとはちがっていた。生々しい女の顔だった。
歪みは、伝染するのだ。
※
「うがああああごぉおおお!」
白うさぎが巨大化する。めきめきぺきぱきと妙に軽い音を立て、腕が伸び、首が伸び、牙が伸び、だらりと下あごがたれ下がる。
ひとごろしき怪物、ジャバウォック!
「ぐぅるるるる」
低い声でうなり、狼が進み出る。
「どんなに巨大化しても、変貌 しても所詮 はウサギだ。狼の敵ではない! ……って言ってる、多分」
「わかるの、ルナっ?」
「おじさんだからね!」
「がうっ」
姿が変わっても、通じ合う二人。
べきばきがっしゃああん!
襲う地響き。天井から尖った氷柱 が降り注ぐ。
「危ないプリンセス!」
剣一閃、雪花と変じて舞い散る氷柱。
青い軍服なびかせて、姉さん王子がにらみ付けるのは凍てつく湖。その表面を割り砕き、唐突に出現した巨大な帆船!
「どこから出した、その船は」
「どこからでも自由自在さ。これは、僕のアイデンティティだからね!」
「マイ・プリンセスに害なす者は許さない。それ以前に貴様など、王子の風上にも置けぬ」
「だあっ、かっこつけてんじゃねぇよ、この似非 王子がぁっ」
「本物か偽物か、なんてどうでもいい。私は、私のプリンセスを守ると誓ったのだ。この、剣にかけて!」
「姉さん……」
(やだ、かっこいい)
姉さん王子の気迫に圧 されて、人魚姫の王子がひるむ。
「行くぞ!」
ひらりと身を翻 し、甲板に飛び移る。
「望むところだっ」
剣を抜いて切りかかる、人魚姫の王子。王子VS王子、ガチの一騎打ちの幕が切って落とされる。
その背後ではうなりを上げて、ジャバウォックと狼がぶつかった。怪獣大決戦だ!
そしてルナカナの目の前には……
「ふふふふふ、ほーっほっほっほ!」
地獄のパンで練り上げられた巨大な動く鎧……インゲルロボ2号!
「だから! 何でロボなんだよ!」
「何でもロボにするな!」
「そっちは魔法少女じゃないの、人のこと言えないでしょ!」
「伝説の戦士」
「同じだ同じぃい!」
「そっちこそ、何度来ても同じだ」
「一度戦った相手だ、対処法はわかってる!」
ルナカナの背の翼が光る。
空中に浮かび、自由自在に飛び回る。
「固くなったパンは」
「ミルクで浸す!」
きらめくステッキ、ふりそそぐミルク。しかし。
「ああっ」
「凍った!?」
「ほーっほっほ、パワーアップしたのよ!」
「そっかー、凍ったんだ……」
ルナはくるりとステッキを回してベルトポーチに収める。代わって取り出したのは、銀の鋏 。
「ならば、削る!」
「削られてたまるかあっ、氷、増量!」
「かき氷にしてやる!」
回転する鋏、増量する凍ったパン。削る量と増える量、果たしてどちらが上回るか!
「えいっ」
カナが魔法のステッキをひとふり。空中に浮かんだ壷 から、湯気を立てて金色の液体がふりそそぐ。
「あつっ、あつ、あっつぅうい、何なのこれぇっ」
「溶けたバター」
インゲルロボの外装 が、どろりとくずれる。
「そんなバカなっ、雪の女王の氷は、人の火では溶けないはず!」
「このバター、虎が溶けてできたアレなんだ」
「ああっ、そんな反則技ーっ!」
「反則技はどっちだ!」
すかさず斬り付けるルナ。ぞりぞりと削れるインゲルロボ。
「おのれ、おのれ、装甲増量ーっ」
「往生際 が悪いっ! カナ、バター追加!」
「おっけい、ルナ!」
ちょっとでも気を抜けば、一気にバランスが崩れる。一ミリ秒も気の抜けない、物量と物量のぶつかり合い。
インゲルの相手で手いっぱいのルナカナの背後に音も無く、雪の女王が忍び寄る。
「この指先に……全てを」
全身全霊の魔力を、右手の人さし指一本に集める。恐るべき集中力。
青い情念 の光が、細く細く、まぶしく強く。
すさまじく騒々しい戦闘に紛れてひっそりと、女王の指がルナカナの背を狙う。
「一撃で葬ってくれる!」
一点集中した全ての魔力が、今にも放たれようとしている。二つの世界を融合させるほどの、巨大な魔力が!
すう、と息吸う雪の女王。
危うしルナカナ。
ざしゅっ!
背後から貫く刃。
にぎっているのは……
「お前……なぜ」
「これ以上罪を重ねてはならぬ」
青ひげ男爵。
「本来の姿に戻るのだ」
歪みに憑かれたが故 に、善 き心を持った男。自らの罪をつぐなうために、あえて悪人に戻る選択をした男。
「お、の、れ……おのれおのれのれおのれーっ!」
一点に集中していた魔力が、ほどけてばらけて放出される。女王の目から、口から。
「あああ……」
雪の女王に魔力を付与 されていたインゲル、王子、白うさぎが力を失って倒れる。
「後は……託 したぞ、お嬢さん」
「男爵……っ」
青ひげ男爵は消えた。光の粒子となって。
「お……おおお……おぉーっ!」
雪の女王は絶叫する。
「勝った?」
「いや、これ、何かやばいよ」
「うん、やばい予感しかしない」
ぱしーん!
雪の女王が散った。
おとぎ世界を無理矢理現実世界に結びつけようとした、宇宙規模の強大な力を束ねていた情念が。人格が。意志が失われた。
もはや統制不能、制御不可能!
「暴走だーっ!」
※次回は5/13の11:00に更新します
「待っていたよ、おとぎ探偵」
氷のお城の凍てつく玉座で、雪の女王は不敵に笑って指を鳴らした。
「お前たちはっ!」
うずまく粉雪とともに現れたのは……
「ほーっほっほっほ、天国から帰って来たわよ、おとぎ探偵! 今度こそあなたたちを泥人形にしてさしあげますわ!」
パンをふんだ娘、インゲル!
「僕たちは、歪んだままの方が幸せなんだよ。こっちが! これが! ありのままの自分なんだ! 僕だって、あんな、あんな大国のえばりくさった女よりは、純粋に僕を求めた人魚姫と一緒にいたかったんだ! 金さえ! 金さえあれば!」
人魚姫の変態王子!
「もうイヤだ、もう二度とあんなクソみたいな女王にこき使われるのはっごめんなんだぁあああ! うがーっ時間なんか知るかーっ! って言うか! 俺は! ちゃんと間に合ってる! 勝手に締め切りを変えたのはクソ女王だーっ!」
そして、銀の
「どうして……」
「雪の女王が、再び力を与えてくれたのだ」
「それって」
にたりと女王が笑う。それは、かつての冷たい笑みとはちがっていた。生々しい女の顔だった。
歪みは、伝染するのだ。
※
「うがああああごぉおおお!」
白うさぎが巨大化する。めきめきぺきぱきと妙に軽い音を立て、腕が伸び、首が伸び、牙が伸び、だらりと下あごがたれ下がる。
ひとごろしき怪物、ジャバウォック!
「ぐぅるるるる」
低い声でうなり、狼が進み出る。
「どんなに巨大化しても、
「わかるの、ルナっ?」
「おじさんだからね!」
「がうっ」
姿が変わっても、通じ合う二人。
べきばきがっしゃああん!
襲う地響き。天井から尖った
「危ないプリンセス!」
剣一閃、雪花と変じて舞い散る氷柱。
青い軍服なびかせて、姉さん王子がにらみ付けるのは凍てつく湖。その表面を割り砕き、唐突に出現した巨大な帆船!
「どこから出した、その船は」
「どこからでも自由自在さ。これは、僕のアイデンティティだからね!」
「マイ・プリンセスに害なす者は許さない。それ以前に貴様など、王子の風上にも置けぬ」
「だあっ、かっこつけてんじゃねぇよ、この
「本物か偽物か、なんてどうでもいい。私は、私のプリンセスを守ると誓ったのだ。この、剣にかけて!」
「姉さん……」
(やだ、かっこいい)
姉さん王子の気迫に
「行くぞ!」
ひらりと身を
「望むところだっ」
剣を抜いて切りかかる、人魚姫の王子。王子VS王子、ガチの一騎打ちの幕が切って落とされる。
その背後ではうなりを上げて、ジャバウォックと狼がぶつかった。怪獣大決戦だ!
そしてルナカナの目の前には……
「ふふふふふ、ほーっほっほっほ!」
地獄のパンで練り上げられた巨大な動く鎧……インゲルロボ2号!
「だから! 何でロボなんだよ!」
「何でもロボにするな!」
「そっちは魔法少女じゃないの、人のこと言えないでしょ!」
「伝説の戦士」
「同じだ同じぃい!」
「そっちこそ、何度来ても同じだ」
「一度戦った相手だ、対処法はわかってる!」
ルナカナの背の翼が光る。
空中に浮かび、自由自在に飛び回る。
「固くなったパンは」
「ミルクで浸す!」
きらめくステッキ、ふりそそぐミルク。しかし。
「ああっ」
「凍った!?」
「ほーっほっほ、パワーアップしたのよ!」
「そっかー、凍ったんだ……」
ルナはくるりとステッキを回してベルトポーチに収める。代わって取り出したのは、銀の
「ならば、削る!」
「削られてたまるかあっ、氷、増量!」
「かき氷にしてやる!」
回転する鋏、増量する凍ったパン。削る量と増える量、果たしてどちらが上回るか!
「えいっ」
カナが魔法のステッキをひとふり。空中に浮かんだ
「あつっ、あつ、あっつぅうい、何なのこれぇっ」
「溶けたバター」
インゲルロボの
「そんなバカなっ、雪の女王の氷は、人の火では溶けないはず!」
「このバター、虎が溶けてできたアレなんだ」
「ああっ、そんな反則技ーっ!」
「反則技はどっちだ!」
すかさず斬り付けるルナ。ぞりぞりと削れるインゲルロボ。
「おのれ、おのれ、装甲増量ーっ」
「
「おっけい、ルナ!」
ちょっとでも気を抜けば、一気にバランスが崩れる。一ミリ秒も気の抜けない、物量と物量のぶつかり合い。
インゲルの相手で手いっぱいのルナカナの背後に音も無く、雪の女王が忍び寄る。
「この指先に……全てを」
全身全霊の魔力を、右手の人さし指一本に集める。恐るべき集中力。
青い
すさまじく騒々しい戦闘に紛れてひっそりと、女王の指がルナカナの背を狙う。
「一撃で葬ってくれる!」
一点集中した全ての魔力が、今にも放たれようとしている。二つの世界を融合させるほどの、巨大な魔力が!
すう、と息吸う雪の女王。
危うしルナカナ。
ざしゅっ!
背後から貫く刃。
にぎっているのは……
「お前……なぜ」
「これ以上罪を重ねてはならぬ」
青ひげ男爵。
「本来の姿に戻るのだ」
歪みに憑かれたが
「お、の、れ……おのれおのれのれおのれーっ!」
一点に集中していた魔力が、ほどけてばらけて放出される。女王の目から、口から。
「あああ……」
雪の女王に魔力を
「後は……
「男爵……っ」
青ひげ男爵は消えた。光の粒子となって。
「お……おおお……おぉーっ!」
雪の女王は絶叫する。
「勝った?」
「いや、これ、何かやばいよ」
「うん、やばい予感しかしない」
ぱしーん!
雪の女王が散った。
おとぎ世界を無理矢理現実世界に結びつけようとした、宇宙規模の強大な力を束ねていた情念が。人格が。意志が失われた。
もはや統制不能、制御不可能!
「暴走だーっ!」
※次回は5/13の11:00に更新します