ネット心中殺人事件②

文字数 2,869文字

「なるべく人のいないルートで来てもらったのですが、誰にも見つからなかったですか?」
 確認することのできない質問に、参加者たちは軽く頷いて答える。
「ケータイは解約してきましたか?」
 また軽く頷いていくが、ココナが小さく手を上げた。
「親に言い出せなくて……」
「持ってきたのですか?」
「家に置いてきた」
「なら問題ないです。途中で気が変わって、助けを呼んだりしないようにということですので」
 Tシャツが透けてブラジャーが見え、ココナから椥辻が視線を外すと、カーディガンの女性が自分を見ていることに気づいた。目が合いそうになると彼女は顔を背けた。
 KKがボストンバッグに手を入れる。次は七輪が出てきた。不思議そうにゆーたが見つめる。
「今からバーベキューっすか?」
「これで死ぬのですよ」
「どうやってっすか?」
「一酸化炭素が出るのです」
「二酸化炭素?」
「一酸化です」
「……楽に死ねるんっすか?」
「はい、楽です」
 最後の質問にはKKは笑みを見せて答えた。一方のゆーたは理解していない表情をしている。
「まだ来てない人がいるんじゃないか?」
 今の5人が揃ってすぐに建物に入らなかったことを根拠に椥辻が言った。
「あと1人いるのですが、もう予定の時刻ですので……」
「途中で来られたら面倒だと思うけど」
「……そうですね。分かりました、少し待つことにしましょう」
 正座していたKKは姿勢を整え、膝の上で手を重ねた。
「死のうと思った理由は?」
 続けて椥辻が言った。視線が誰にも向いていなかったので、答える者はいなかった。
「ボクから。ボクの父親は有名な居酒屋チェーンで、店長として働いてた。ある日、仕事中に倒れ、救急車で運ばれて、そのまま亡くなった。半年間、休みは一度もなかったって後から聞いた」
「訴えなかったんっすか?」
 ゆーたが尋ねた。
「もちろん訴えた。勝った。圧倒的に勝った。労災も損害賠償も手に入れた。でも、担当の弁護士がデータを改ざんしているウワサが流れ、一転してこっちが悪者扱いになった。誹謗中傷の嵐だ。ウェブで不特定多数の人と接する仕事をしていた母親は自殺した。それがボクの死のうと思った理由だ」
「……」
 一同が黙っていると、ゆーたが口を開いた。
「俺は性同一性障害ってやつで、昔からどこへ行っても馴染めなかったんっす。我慢して大学まで来たんっすけど、就職活動が始まって、面接官に変な反応されると、もう耐えられなくて……こんなのが一生続くなら、もういいかなって思ったんっす」
 カーディガンの女性が顔を向ける。
「私の職場にも同じような人いるよ。LGBTって言うの? 普通に仕事してるわよ」
「……そうっすか」
 突然KKが立ち上がった。
「みなさん、ここへ何をしに来たか分かっているのですか。説教が聞きたいなら寺か神社か教会にでも行けばいいのです」
「……」
「明日はわたくしの誕生日。二十歳(はたち)になります。大人になる前に生まれ変わるのです。次の人生はきっと素晴らしく満足させてくれることです」
「人は生まれ変われるのか?」
 椥辻が聞いた。
「なら、あなたは生まれ変われないと言い切れますか?」
「言い切れないけど、前の人生の記憶がある人を見たことがない」
「前の記憶なんて必要ですか?」
「生まれ変われる証明ができてない」
「そんなもの必要ありません。生まれ変わると考えるから、生まれ変わるのです」
 完全に否定できないからといって正しいと決めつける……ムダな議論だと椥辻は感じた。
「ちなみに、ここは栗木さんの故郷?」
「そうです。わたくしはここで生まれ育ちました」
「この建物は?」
「公民館です。この辺りは水はけが悪く、一度大雨で洪水が起こって、家を建てなくなりました。それから使われなくなったのです」
「なるほど」
 そうつぶやいて椥辻は七輪に目を向けた。
「練炭自殺は楽に死ねない。一酸化炭素中毒は火事なんかで大量に吸うからすぐに死ぬけど、この部屋の大きさで、その小さな七輪じゃ相当苦しむか、死ねずに脳に後遺症が残って終わる」
「あなた、わたくしたちの邪魔をしたいのですか?」
「事実を言ったまでだ」
「……トイレ行きたいんだけど」
 ココナが会話に割って入った。
「部屋を出て、右に行って部屋を一つ越えれば、奥に女子トイレがあります」
「一人じゃ怖いから、ついてきてもらっていい?」
「分かりました」
 KKがドアを開け、部屋を出る。後に続いてココナも出て、ドアを閉めた。すると、またカーディガンの女性が椥辻を見ていて、今度は目が合った。
「ボクの顔に何か付いてます?」
「そうじゃなくて、ちょっといい?」
 そう言って彼女は腰を上げた。椥辻がゆーたの方を向く。
「一人になるけど、いいか?」
「なるべく早く戻ってもらいたいっす」
「分かった。あんまり長くならないようにする」
 彼女の後について部屋を出る。左右を確認すると、部屋から漏れたランプの光で、両隣に一つずつ部屋があるのは分かったが、その先までは見えなかった。
 ドアを開けて建物を出た彼女の後を追う。前触れもなく足を止め、彼女が振り返った。
「椥辻京悟くんだよね?」
 いきなりの質問だった。
「そうだけど」
「私のこと覚えてる?」
 顔を見ようとするが暗くて分からない。
「いや、ちょっと……」
 そう答えて椥辻が首を傾げると、彼女は口を尖らせた。
「小学校の時、同じクラスだった高宮理穂(たかみやりほ)
「何年生の時?」
「1年生と2年生の時」
「低学年はさすがに覚えてないです」
「椥辻くん、女の子に人気あったのよ」
「……」
 うれしくなかった。記憶がないところでモテても仕方がなかった。
「高宮さんはなんで死のうと思ってるんですか?」
「……仕事で発注ミスしたの。一億円近い損害が出た。上司に死ぬほど怒られて、それから会社に行ってない」
 言い終えるとリホは身を震わせた。
「他の会社に行けばいいじゃないですか」
「無理。業界はつながってるから、失態はバレてる」
「親が悲しみますよ」
「何が分かるの。親は私のことなんて、どうでもいいって思ってる。実家に帰っても(ののし)られるだけ」
「いるだけいいじゃないですか」
「……」
「言ってること、想像でしょう。実際にはどうなるか分からない。クビになったわけじゃなく、転職だってできるかもしれないし、親だって何も言わないかもしれない」
「椥辻くん、本当に何しに来たの?」
「実はボク、死ぬために来たんじゃないですよ」
「えっ?」
「自殺をやめさせるために来たんですよ」
「じゃあ、さっきの話はウソ?」
「あれは本当です。なので両親はいません。あの時は本当に死のうと思いました」
 リホは椥辻から視線を外した。
「……なんか、訳分かんなくなってきた。椥辻くんはこのまま帰った方がいいと思う。巻き込まれて死ぬかもしれないよ」
「死ぬのが怖かったら、ここへは来てないです」
「やっぱり訳分かんない」
「そろそろ戻りましょう。ゆーたが一人ですので」
 ドアを開け、建物の中に戻る。部屋に入る前に左右を確認するが、誰もいない。そして、部屋のドアに手を掛けた時だった。
「きゃー!!!」
 中から悲鳴が聞こえた。
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