社員旅行殺人事件②

文字数 2,175文字

 カフェのテーブル席に、竹田社長と松ヶ崎が向かい合って座る。
「話って何でしょう?」
「言いにくいことですが……」
「言いにくかったら言わなくていいんじゃないですか」
 竹田社長が苛立ちを抑えて話を続ける。
「この会社を辞めてほしいと思っています」
 松ヶ崎は視線を落とし、しばらく黙った。
「……理由は何でしょうか?」
「仕事をしていないからです。小さな会社ですので、ご理解いただきたい」
「小野くんが私の後をつけた話でしょうか?」
「それもあります」
「私も悪かったと思っております。反省しております」
「申し訳ないですが、謝れば済むという話ではありませんので」
「……クビってことですかね?」
「そうなります」
「どういうルールでそうなるんですかね?」
「仕事をしていない人間に給料を払う会社なんてないと思いますが」
「雇用契約書、交わしておりませんよね? 労働条件通知書も見せていただいておりませんが」
「そうですが、常識として……」
「退職を強要するようでしたら、労基所に訴えます」
「……」
「契約取ってくればいいんでしょ? ちゃんとやりますって。今も勤務時間内ですよね? 営業に行ってきます」
 松ヶ崎は立ち上がり、何も言わない竹田社長に背を向けて、カフェを出ていった。

「将軍、殺人ってマジで言ってんのか?」
 小野が苛立ち気味で聞くと、松ヶ崎の横に屈んでいた将軍塚が立ち上がった。
「頭には何かで殴られたと思われる跡が二ヶ所あります。仮に落ちた時に石か何かで打ったとしたなら、跡が付くのは一ヶ所だけです」
「……」
「それに意識のある状態で、二階の高さから落ちて死ぬ可能性は低いでしょう」
「ここで誰かに殴られたとか考えられへん?」
 竹田社長が尋ねると、将軍塚は視線を松ヶ崎の足に向けた。
「松ヶ崎さんは靴を履いてません。首の骨が折れてますので、頭から落ちたのでしょう」
「そやな……部屋の電気も点いてるし」
「電気を点けたのはボクです。元々は点いていませんでした。消すと暗くて見えないと思いましたので」
「あっ、石田さん」
 小野の声に二人が振り向くと、パジャマ姿の石田がいた。
「外から話し声がうるさいと思ったら……えっ、それ、松ヶ崎さん?」
「ああ……」
 竹田社長が苦しそうに答えた。
「まさか、本当に?」
 そう言いながら視線が小野に向く。
「俺じゃねえって!」
 不穏な空気が漂い、しばらく沈黙が続いた。
「……社長、藤森さんにも伝えてきます」
「分かった、頼む」
 立ち尽くす三人に背を向け、将軍塚はこの場を離れた。

 ドアをノックすると、すぐに返事が聞こえた。中からドアが開き、藤森が姿を見せる。その表情からは昼間と変わらない活力が見えた。
「こんな夜にどうしたの?」
「驚かないで聞いてください」
「内容によるけど……」
「外で、松ヶ崎さんが倒れて、死んでました」
「ええっ!」
 藤森が両手で口元を押さえる。
「それで、その話になるんですけど……」
「中でもいいよ」
 促されて部屋の中に入り、将軍塚はドアを閉めた。
「外から声がしてたけど、みんな集まってたの?」
「はい、藤森さん以外は来てました」
「そう……」
 ベッドに藤森が腰を置く。他に座る場所がなかったので、将軍塚もベッドの隅にそっと腰掛けた。
「松ヶ崎さんは、なんで死んだの?」
「ボクの推理になるんですが、何かで殴られた後、窓から落とされて死んだと思います」
「誰がそんなこと?」
「社長は玄関の鍵を掛けてましたし、外から入ってきたとは考えにくいですね」
「……私たちの中に犯人がいるって言うの?」
「警察は呼んでないみたいですし、今自首したら罪も軽くなるんじゃないですか?」
 藤森が将軍塚に鋭い視線を向ける。
「私がやったって言いたいの?」
「そうとは言ってませんけど、一番怪しいのは……」
「誰?」
「ボクです」
「えっ?」
「第一発見者はボクです。警察に疑われるのはボクです」
「ちょっと何言ってんのか……」
「けど、ボクが犯人じゃないのは、ボクが一番よく知ってます」
「……こうは考えられない?」
 将軍塚が耳を傾ける。
「この小屋のどこかに、私たちが来る前に犯人が隠れてて、松ヶ崎さんを殺して逃げてったとか」
「ないとは言い切れないです」
 藤森の説を二重否定で肯定した。
「一階も含めて、もう一度調べに行ってきます。もしかしたら……」
「もしかしたら何?」
「犯人の使った凶器が見つかるかもしれないので」
 藤森の目が泳ぎ、顔を背ける。将軍塚はベッドから腰を上げ、部屋を出ていった。

 スイッチを探して、電気を点ける。浴室のドアを開け、浴槽の中をのぞき込むが、人がいた痕跡はない。
 電気を消して、風呂を出る。隣にある男女兼用のトイレに入り、用を足して水を流した。
 ソファーのまわりを何度も歩き、時々体を伸ばしてストレッチを行う。
 将軍塚は一階に来る前に自分の部屋に寄っていた。その時に着けた腕時計に目を向けると、一階に下りてきてから五分が過ぎていた。
 玄関には鍵が掛かっておらず、竹田社長、小野、石田の三人の靴もない。将軍塚はもう一度、風呂から見て回った。

「はーい」
 ドアをノックする音が聞こえ、すぐに返事をした。中からドアを開けると、将軍塚の姿があった。藤森の表情が険しくなる。
「どうだった? 何か見つかった?」
「……」
 視線を下に向けると、将軍塚の手に血の付いたハンマーがあることに気づいた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み