無人島殺人事件④

文字数 3,656文字

 犯人について? 蒸し返す気か。まあ、気持ちの整理にもなる。オレは双岡の後についてテントに入り、腰を下ろした。この小賢(こざか)しい奴を論破してやる。
「……」
 狭い。顔が近い。オレは気を取り直し、先に切り出した。
「えーっと、まずだな、溺れて死んだ人間の体は、水に浮かないんだ。肺に水が溜まるからだ。肺に空気があるから人間の体は浮く。つまり、誰かに殺されてから海に落とされたってことだ」
「それはボクも分かってるんですよ。顔から海に落ちて気絶して、そのまま浮くこともありますが、可能性は低いでしょう」
「じゃあ、何が聞きたいんだ?」
「その直前の話ですよ。沼家さんが桐川さんを連れ出すとこを、見たって言ってましたよね?」
「ああ、そうだが」
「具体的にどうやってですか?」
「具体的にって……」
「桐川さんが沼家さんの後についていって、崖まで行ったってことですか?」
「そういうことだろ」
「桐川さんのテントに靴があったんですよ」
「それがどうした?」
「靴を履かずに崖まで行ったんですか?」
「!」
 しまった。言われてみればそうだ。ヤバい。これじゃ論破どころじゃねえ。
「……連れ出すとこを、見たって言ったのは、あの、ウソだ。鎌を掛けた」
「そうだと思いましたよ。ボクが沼家さんと桐川さんが親しい仲か尋ねて、違うと分かった直後でしたからね。沼家さんの動揺する姿が怪しいと感じたんですね」
「だって、そうだろ。関係ない他人が死んで、なんで泣いてるんだって話だ」
「その後ですが、確か『今のが証拠だ』って叫んでましたよね。何が証拠だったんですか?」
「何って、お前も見ただろ。逃げたことが証拠だ」
「逃げるの定義って何ですか?」
「定義? 話してる最中に、答えずに、走ってどっかに行こうとしたことだ」
「トイレに行きたかったのかもしれませんよ」
「トイレは大丈夫だって言ってただろ」
「例えばの話です。ボクが言いたかったのは、逃げたっていうのは金田さんの思い込みじゃないですか?」
「……」
 なかなか痛い所を突いてきやがる。証拠にはならないか。もし沼家じゃないとなると犯人は……魚住か? ゴムボートで本土に行くって言っていた。あれこそ逃げたんじゃないか……いや、もしかしたら海から回り込んで、死体を回収しに行ったとか……船が壊れたっていうのも自作自演で、オレたちを無人島に閉じ込めるため……いや、そもそも無人島という言葉がトリックで、実は最初から誰かいたとか……あー、可能性だけ挙げてもキリがないってことか。
「……沼家じゃないなら、誰が犯人なんだ?」
「一番怪しいのは……」
「誰だ?」
「金田さん、あなたですよ」
「えっ?」
「殺人事件が起きた時、警察が一番疑うのは誰だと思いますか?」
「……身内か、親友とか?」
「違います。第一発見者です。マンションの管理人なんかは、連絡の取れない住人の確認に、一人で行かないようにしてるんですよ」
「……」
「なぜ、こんな夜中に崖に行ったんですか?」
「トイレだよ。トイレをしに……」
「崖でしようとしたんですか。普通に考えて危ないですよ」
「あっ、いや、崖に行ったのは、夜の海が見たくなったからだ」
「本当ですか?」
「本当だ。そう思ったんだから仕方ないだろ。だったら双岡、お前が犯人じゃないって証明できんのか?」
「できません。ずっと一人で寝てましたので」
「だろ。お互い様だ」
「自分がやってないと証明するのは難しいです。ただ、沼家さんも同じ気持ちだったんじゃないですか?」
「……」
 オレは無実の人を捕まえてしまったのか?
「……沼家が犯人じゃなかった場合、オレはどうかなるのか?」
「逮捕・監禁罪で3ヶ月以上7年以下の懲役になります」
「そ、そんな罪があんのか……金ならいくらでも払う、何とかならねえのか?」
「罰金刑はありませんけど」
「……」
 終わった。大事な飲み会には無断で行かず、就職先となる親父の会社では肩身が狭く、追い打ちを掛けるように犯罪行為。オレの人生は詰んだ。
「あの……」
「何だ?」
「そろそろボクの推理を聞きます?」
「あるんだったら、さっさと聞かせろ!」
 散々オレの推理を否定しやがって。ちょっとでもおかしいとこがあったらボロクソに言ってやるからな。
「犯人は……」
「誰だ?」
「まず、沼家さんです」
 オレは肩から崩れ落ちそうになった。
「それじゃ、オレと同じだろ!」
「聞いてください。根拠が違うんです。沼家さんがテントから出てきた時、すでに泣いてましたよね?」
「ああ、そうだが。それがどうした?」
「なぜ、ハンカチで拭かなかったんでしょうか。ここに来てる女性たちは、無人島を買おうとしてるだけあって富裕層なのか、振る舞いは比較的上品だったので、不思議に感じました」
「……」
「それと、沼家さんの様子はボクも怪しいと感じてました。警察が調べてるわけでもなく、殺人かどうかもはっきりしてないのに動揺しすぎです。これは誰が見ても分かるような、決定的な何かを残してしまったんじゃないですか」
「それが、ハンカチだってのか? えっ、そんな物あったか。それに死体のそばにあったってだけじゃ、証拠にならないだろ。どっかで落として、風に飛ばされて、たまたまその辺に行ったって言えるわけだし」
「口の中とか」
「……」
「うつ伏せで浮いてましたので、見えませんでしたが」
 こいつの推理は想像にすぎない。否定しようと思えばできる。ただ、合っていれば結果的にオレの推理も正しかったことになる。しゃくだが乗っかることにした。
「分かった。岩場を回っていけば熟女、いや、桐川の死体の所に行けるかもしれない。それで白黒はっきりさせよう」
「いや、やめときましょう」
 オレはまた肩から崩れ落ちそうになった。
「なんでだよ!」
「岩場は危ないんで、こういうことは警察に任せましょう」
「心配性の気の小せえ奴か! じゃあ、最初から警察に任せとけば良かっただろ」
「それはこっちのセリフですよ。よくも出しゃばったマネして、危険な目に巻き込んでくれましたね」
「……」
 感情的になって、墓穴を掘ったことに気づいた。
「分かった。オレはもう何もしない。魚住が帰ってくるのを信じて待つ」
「今さら何言ってんですか。もう遅いですよ」
「やってしまったことは仕方ないだろ」
「犯人が同じことを言った時、それで許せますか?」
「そんな説教、聞きたくねえ。親父みたいなこと言うなって」
「とりあえず聞いてください。ボクの推理、まだ続きがあるんですよ。『犯人は、まず、沼家さん』って言ったでしょ」
「……共犯者がいるってか?」
 オレにその発想はなかった。犯人は一人だと思い込んでいた。
「靴が残ってましたので、犯人は桐川さんをテントで殺害してから、崖まで運んだのでしょう。小柄な沼家さんに、一人でそれができたとは考えにくいです」
 確かに桐川は長身で肉付きもいい。ただ、ありえないとは言いきれない。沼家が実は、ウエイトリフティングの選手とかかもしれない。
「声を出せないように、桐川さんの口の中にハンカチを詰めたとしたなら、犯人は優位な状態だったと考えられます。犯人が二人なら、その説明がつきます。その状態から殺害に及ぶということは、それなりの覚悟を持ってたはずですし、考える余裕もあったはずです。沼家さんのように、あんなに動揺するとは思えませんし、自分のハンカチを取り忘れるなんてないでしょう」
「じゃあ、殺害したのは……五十嵐さん?」
 オレは消去法で考えて言った。
「おそらく、そうでしょう」
 双岡が肯定する。五十嵐さんは沼家とグランピングの話をしていたし、確か「私たち何度か会ったことはあります」と答えていた気がする。女性たちは皆知り合いか、それ以上の関係に違いない。
「……動機は?」
「分かりません。そもそも推理の時、ボクは動機は考えないようにしてます」
「なんでだ?」
「警察の場合、犯人を限定するのに有効かもしれませんが、こういう場合すでに限定されてます。こだわりすぎると証拠にならないのに混同して推理の邪魔になりますし、それに最終的には本人にしか分からないことですので」
「……」
 ここまで聞いたが、双岡の推理はやはり想像の域を出ていない。沼家のハンカチという仮説の上に論理を積み上げているだけだ。汚れてしまって使えなかっただけかもしれないのに。可能性だけ挙げてもキリがないってことなんだよ。
「まあ、でも、証拠がない以上、何もできやしない。魚住が帰ってくるまで、もうひと眠りしようか」
「だから今さら何を悠長なこと言ってんですか。共犯者が五十嵐さんなら鎌を掛けたことで、犯行を見られたと思ってるんですよ。寝たりしたら簡単に殺されますよ」
「……」
 オレはテントに犯人が入ってくる姿を想像してゾッとなった。軽率だった。早とちりだった。とんだ勇み足だった。そして、自分の行いをひどく後悔した。
「以上が、ボクの何の証拠もない、想像でしかない推理です。罠を仕掛けてますので、そろそろ金田さんのテントに移りましょうか」
 罠だと? 双岡武蔵……こいつ、一体何者だ?
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