ネット心中殺人事件⑤

文字数 3,377文字

 ドアが開き、陰キャ男が入ってくると「ゆーた!」と声を上げて駆け寄った。
「トイレから戻ってきたら、血を流して死んでたの」
 私は自分がやってないことをアピールしようとした。
「栗木さんは?」
「栗木?」
「主催者です。一緒にトイレに行きましたよね?」
「……先に戻ったはずなんだけど」
「そうですか……」
「じゃあ、主催者がやったってこと?」
「ボクに練炭自殺を否定されて、このやり方に変えたんですかね」
「でも、他にいないし……まさか自殺?」
「いや、一ヶ所、背中に傷がありました。自分でやったとは考えにくいです」
 そんなとこ確認したんだ。私は自分に疑いが掛かる前に、他に目を向けさせようとした。
「来てない人がいるんじゃなかった?」
「可能性だけ言い続けても仕方ないです。周辺の住人が後をつけてきて、やったのかもしれませんし」
 陰キャ男は窓とボストンバッグを調べたが、何も得られなかった様子。証拠なんて出ないわよ。
 カーディガンの女が警察を呼ぼうと提案したが、二人は連絡する手段がなかった。まあ、警察に連絡しようとしたら、その時は刺し殺すまでだけど。とにかく暗い中を動いてくれればチャンスは増える。
「隣の部屋とかに隠れてるんじゃない?」
 私が言った。
「犯人が?」
「そうよ」
 聞き返すなって。この話の流れで他に誰がいるのよ。
「見に行く?」
「いや、危険です。動かない方がいいです」
「じゃあ、このまま何もせず、じっとしとくの?」
「栗木さんが犯人だと決まったわけじゃないです。待ってたら戻ってくるかもしれません」
 また絶対に来ない人を待つとか言う。陰キャ男が私をイラつかせる。二人が座ったのを見て、私も腰を下ろして屈んだ。
「七輪の話って本当なの?」
 カーディガンの女が陰キャ男と親しげに話し出す。これじゃ、やり辛い。横目で見ていると、急に意味不明な話をし出した女に、陰キャ男がポケットの缶コーヒーを渡した。
「二人はどういう関係?」
「小学校の同級生……らしいです」
「らしいって?」
「ボクは覚えてなかったんですけど、たまたまここで会って……」
 陰キャ男はもういい。私は女の方を向いた。
「さっき何の話してたの?」
「仕事のこと。あなたは高校生?」
「そうだけど」
「まだそういう経験ないよね。社会に出ると大変なの」
「……」
「ココナさんは、なんで死にたいと思ってるの?」
「えっ、イジメに遭って、それで……」
 私は視線を落とした。死ぬ理由は学校でいじめられていることにしようと考えてたけど、具体的には出てこない。
「寒くない? 良かったら私のカーディガン……」
「大丈夫」
 質問がうっとうしくなり、冷たい口調で女を突き放した。このままじゃ、手を出せない。二人を引き離すことができれば……いや、そもそも死ぬために集まったんだから、私がやってあげればいいだけのこと。
「……もう私たち3人で死なない?」
「どうやって?」
「どうやってって、練炭は無理なのよね。主催者が戻ってきたところで、他の方法を考えるんだから……」
「死ぬのを考え直す気はないですか?」
 陰キャ男が変なことを言い出す。私はイラ立つのを抑えながら「今さら」とつぶやいた。するとカーディガンの女が動いた。
「トイレ行きたいんだけど……」
 チャンス到来。私はすぐにハンドバッグを持って立ち上がった。
「私がついていくわ」
「椥辻くんはどうする?」
「ボクはここに残ります」
 二人のムカつくやり取りが始まる。陰キャ男は椥辻と言うらしいけど、なかなかいい読みしてる。最後の一人にふさわしいかも。戻ってきたら殺してあげる。体が高揚してきた。
 部屋を出て、女子トイレに向かう。主催者の時と同じようにやればいい。楽勝パターン。私は懐中電灯を出して点けた。
「そんな便利な物あるんだ……」
「ここよ」
 私は光をドアに向け、入るよう促した。女は手前の個室を見て、奥に進む。
「えっ!」
「……どうしたの?」
「だ、誰かいる」
「誰?」
「照らしてみて」
 そう言って女が背を向けたので、懐中電灯を床に置き、バッグからナイフを取り出した。これでおしまい……思った直後、右手を掴まれ、背中を押され、ナイフを落とした。倒れた私の背中に誰かが乗ってくる。
「やっぱり、ココナさんが犯人でしたか」
 椥辻の声だった。必死で体をよじるけど抜け出せない。女がナイフに気づいた。
「い、痛い! 助けて!」
「女の子に乱暴は……」
 女が言うと少し力が緩んだ。それでも逃げることはできない。私は女に視線を向けた。
「私じゃない。ナイフはこいつが持ってたのよ」
「デタラメです」
「本当よ!」
「高宮さん、彼女のバッグの中を調べてください」
 女が私のバッグに向かう。押し込んでいたセーラー服を取り出した。
「そこに付いてるのは、来てない一人の血。ココナさん、アナタが殺したんですね。おそらく二人とも一本早い電車で来て……」
「私の血よ。ケガしたの」
 この状況を打破しようと私はウソをつき続けた。
「警察が調べれば分かりますよ」
「私の血だってね! 離して! 証拠もないのにこんなことしていいと思ってんの?」
「この状況でまだそんなこと言いますか」
 私はまた女に視線を向けた。
「お願い、助けて。私はやってない。きっと来てない奴が犯人なのよ」
 女は目を逸らし、主催者の方を向いて悲しそうな表情をした。
「先に戻った彼女が、なんでここにいるの?」
「……」
「『一人じゃ怖いから』って言っときながら、なんで先に戻らせるんですか。悲鳴のタイミングもおかしかったです。声を出すなら部屋に入ってすぐのはずなのに、直前に人の出入りはありませんでした」
「……」
 私が犯人だって疑ってたのね。女がトイレに行きたいと言い出さなきゃ、こんなことには……まさか、缶コーヒーを女に飲ませたのは、私をここへ誘導するため?
「目的は何なんですか? ゆーたは生きようとしてたはずです。アナタが可能性を奪ったんですよ」
 ゆーた……ノッポのことね。死にたくないって最初から知ってたら、私はどうしただろ。殺さなかったかな。
「スマホがある」
 女が言った。バッグに入れていたのが見つかった。
「パスワードは?」
 椥辻が私の体を押さえつけながら耳元で聞いてくる。
「……言うわけないじゃない」
「指紋を試してください」
 女がスマホを私の右手に持ってきた。
「入れた」
「じゃあ、あとは警察に任せましょう」
「……ゲームオーバーかな」
 全身の力が抜け、私は思わず笑みをこぼしてしまった。

「あっ、高宮さん」
 デスクにいる同僚の女性がリホの姿を見て言うと、周辺に座る社員の視線が一斉に向いた。
「……おはようございます」
「心配したのよ。電話つながらないから、自殺でもしたんじゃないかって」
「ケータイはすぐに契約し直します」
「発注ミスのことだったら大丈夫よ。引き取ってもらえる所、みんなで探したから」
「そうなんですか」
「だから損害は数十万くらいに収まったわ。それと、課長が言いすぎたって(へこ)んでた」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
 涙が出そうになり、リホは顔を背けた。
「……すみません、ちょっと電話してきます」
「あと五分くらいで朝礼始まるわよ」
「それまでには戻ります」
 リホはオフィスを出ると、勢いよく階段を駆け下り、一階の共用ロビーにある公衆電話に向かった。メモを取り出し、そこに書かれた番号を押す。
「……はい」
「高宮ですけど、椥辻くんですか?」
「何の用ですか?」
「大丈夫だった……」
「何が大丈夫だったんです?」
「今会社に来てるんだけど、発注ミスは何とかなってた」
「……良かったですね」
「元気ない感じだけど、何かあったの?」
「昨日の夜から報告書を書いてて、憂鬱(ゆううつ)なんですよ。なんせ任務中の死者、最多記録を更新しましたからね。上司に『あなたがいながら三人も死ぬなんてね』って嫌味を言われるんですよ」
「……言われないかもしれないじゃない」
「言われましたから、言われるんです」
「そんな陰キャっぽいネガティブなこと言ってたら彼女できないよ」
「余計なお世話です。別にいなかったら、いなかったでいいで何も困りませんし」
「……私がなってあげようか」
「何に?」
「だから椥辻くんの彼女に」
 プツッという音がして、電話が切れた。
「わっー、なんで切んのよ」
 頬を膨らませながらリホは、再び駆け足でオフィスに戻った。
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