無人島殺人事件③

文字数 3,132文字

 オレは夜空を見上げた。流れ星が通る。海に浮かんでいる女性は本当に熟女か? 自分を落ち着かせ、崖を離れる。
 三つ並んだテントのうち二つからは、(かす)かに寝息や物音がした。一つだけ人の気配がない。オレは「すいません」と小声で呼んでみたが、返事はない。
 入口のシートを上げ、ライトで照らしながら顔を入れる。隅にハンドバッグとテントを縛っていたロープが置かれていて、さらにスマホが裏向きで床の上にあった。他には何もないと離れようとした時、自分の真下に靴があるのに気づいた。灯台下暗しってやつだ。
 海に浮かんでいる女性は、熟女に違いない。オレは魚住に伝えることにした。早足で広場を横切り、斜面を下りる。双岡のいるテントを尻目に、波が押し寄せるビーチを進んだ。大した距離じゃないはずなのに遠く感じる。
「魚住さん!」
 岩場に差しかかった所で名前を呼んだ。船に近づこうと慎重に足を進める。だが、怖くなってしまい、もう一度「魚住さん!」と声を上げた。すると船から光がこっちに向かって伸びてきた。
「金田さんですか?」
「はい!」
 しばらく待つと、目の前に懐中電灯を持った魚住が現れた。
「どうされました?」
「海に人が浮いてました」
「海に、人ですか?」
「確認してほしいんで、来てください」
「分かりました」
 ターンして魚住とビーチを行く。またテントを通りすぎようとした時、今度は中から双岡が出てきた。
「何かあったんですか?」
「双岡さんも来ていただけますか?」
「はい、分かりました」
 双岡は事情も聞かず、魚住の言葉に応じた。オレが先頭になり、男三人が一列になって斜面を登る。広場を駆け抜け、崖まで戻ってきた。
「あの辺です」
 オレが指した方に、魚住が懐中電灯を向ける。オレたちは海に落ちないよう気をつけながら、上半身だけ前に出した。
「……桐川(きりかわ)様?」
 ようやく熟女の名前が分かる。双岡が海に背を向けたかと思うと、今来た茂みに姿を消した。魚住はそれに気づいていないようで、なぜか空を見上げている。
「……私のせいでこんなことに」
 急に視線がこっちを向き、オレの体が一瞬ビクッとなった。
「じっとしてられません! ゴムボートで本土に戻ります!」
 勢いよく魚住が走り出し、止める間もなく茂みに消えていった。
「何なんだよ、これ……」
 一人取り残され、オレは嘆いた。だいたい何をしにここへ来て、海に落ちるんだ。原因を考え始めた時、ふとドラマで見た知識を思い出した。溺れて死んだ人間の体は水に浮かない……つまり、誰かに殺されてから海に落とされたんだ。

 オレが広場に戻ると、ちょうど桐川のテントから離れる瞬間の双岡がいた。
「先に戻ってテントん中、調べてたのか?」
「はい、気になりまして……さっき誰か走ってったようですけど、魚住さんですか?」
「だと思う」
 魚住はゴムボートで日本海か。水死体が一つ増えなければいいが。月明かりの下、目が慣れてきている。近くでゴソゴソ音がしたかと思うと、五十嵐さんがテントから出てきた。
「何かあったんですか?」
「桐川さんが……」
 双岡が答え始める。
「桐川さんがどうしたんですか?」
「どうやら亡くなったみたいです」
「亡くなった? どうして?」
「原因は分からないです」
「ご遺体はどこにあるんですか?」
「海の上です」
「……沼家さんにも伝えます」
 五十嵐さんが沼家のテントに足を向ける。しばらくして、沼家が手で顔を押さえながらテントから出てきた。
「彼女、突然のことに驚いたみたいで……それで、ご遺体はどうしたんですか?」
「そのままです」
「海のどこにあるんですか?」
「そこの崖の下です」
 双岡が指を差した。
「魚住さんには伝えたんですか?」
 その質問には返答せず、双岡は視線をこっちに向けた。
「……ゴムボートで本土に戻ると」
「それで走ってったんですか。止めなかったんですか?」
「急に走り出したから、そんな時間なかったんだよ!」
 オレが悪いって言うのか。双岡の質問にイラつく。
「ところで、沼家さんは……桐川さんとは親しい仲だったんですか?」
「私たち何度か会ったことはありますけど、親しいとまではいかないです」
 五十嵐さんが答え、オレは沼家を見た。うつむきながら体が小刻みに震え、目の下を手の甲でぬぐっている。親しくないのに、なんで泣いているんだ? どう考えても怪しい。これが殺人事件なら沼家が犯人じゃないのか?
「……オレ、見たんですよ。沼家が桐川を連れ出すとこを」
 双岡と五十嵐さんがこっちを見る。その表情ははっきりとは分からない。オレは沼家の方を向いた。
「桐川を殺したのは、あなたじゃないんですか?」
 突然、沼家が走り出した。とっさにオレは足を引っかけて転ばせ、右腕を掴んで背中に回した。
「今のが証拠だ! こいつが犯人です」
 オレの目に光が当たる。双岡がスマホのライトを点け、五十嵐さんが駆け寄ってくる。
「何してるんですか! 相手は女性ですよ」
「……女性でも殺人犯です。放っといたら、こっちも危ないです」
「……」
 何も言わなかったので、オレは納得してくれたと思った。
「テントのロープ、持ってきてください」
「縛るつもりですか?」
「はい」
「乱暴しないでくださいね」
「大丈夫です」
 地面にうつ伏せになっている沼家から抵抗する様子は見られなかった。五十嵐さんが自分のテントからロープを持ってくる。オレは左腕も掴み、沼家の両手首を重ねた。そこに五十嵐さんがロープを回したので、そのまま縛る作業を任せた。
「立って」
 オレが言うと沼家がひざを曲げ、二人で両脇を持ち上げた。五十嵐さんが沼家の服に付いている土を手で払う。沼家がこっちを見た。その表情は悲しさと悔しさが入り混じっているようだった。
「沼家さんをどうするんですか?」
「桐川さんのテントに」
 五十嵐さんに聞かれ、オレはとっさに判断した。
「トイレはどうするんですか?」
 続けて聞いてきたのは双岡だった。ずっと黙ってライトを照らしていただけの奴が、急にそんなこと気にしやがって。
「……大丈夫です。水分を取ってませんので」
 沼家が弱々しい声で言った。桐川のテントに連れていくと、沼家は自分から腰を下ろした。ひとまずホッとする。入口のシートから手を離し、テントに背を向けると、入れ替わるようにして双岡が寄ってきた。
「念のため足も縛っておきます」
 ライトが点きっ放しのスマホを手に中に入っていく。逃げられるかもしれないから、必要ないとは言えないが……トイレを気にしていたのに足を縛るのか?
 テントの中の光が消える。入口のシートを上げ、双岡が出てきた。
「ライトは?」
「バッテリーがなくなりました」
 マヌケな奴だ。あとは朝になって魚住が戻ってくることを信じるしかないのか。安心したのも束の間、急に不安に襲われる。オレが自分のテントに向かって足を踏み出した時だった。
「金田さん、ボクのテントに来てもらっていいですか?」
「なんでだ? 月明かりで見えるだろ」
「テントに壊れた部分があるんで、ちょっと手伝ってほしいんですよ」
 めんどくせえな。だが、この状況で何かあった時はお互い様だ。無下(むげ)に断るのも、はばかられた。
「……分かったよ」
 五十嵐さんがこっちを見ている。
「もう、いいんですよね?」
「はい、もう大丈夫です」
 オレが答えると、五十嵐さんは自分のテントに戻った。
 その後、オレは双岡と一緒に斜面を下り、またビーチに出てきた。
「壊れた部分って?」
 双岡のテントが見えると、オレは不機嫌なのが伝わるような口調で言った。
「すみません、壊れた部分なんてないです。ウソです」
「てめえ、バカにしてんのか!」
「金田さんと話がしたかったんで」
「話って、何のだよ?」
「もちろん犯人についてですよ」
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