無人島殺人事件②

文字数 3,914文字

 オレたちが乗ったのは小さな船だった。オレの住む八畳のワンルームに入りそうなくらいで、所々黒ずんでいたり、錆びていたりして、お世辞にもキレイとは言えなかった。
 女性たちは腰を下ろしながら、ぐったりしている。か弱いなと見ていたオレもすぐ同じ状態になった。湾を抜け出た後、なかなかの波に見舞われ、船は上下に揺れ続けている。酒じゃなく船で酔うとは不本意だ。こんな中でもジャケットの奴は平然と海を眺め、屋根もない操舵席に座る魚住は、気を配る様子もなく船を進めやがる。
 どれくらい経っただろ。顔を上げると、視界に入っていた島が大きくなっていた。盛り上がった上半分は緑に覆われている。スマホを取り出し、時刻を確認した。2時を回っている。舞鶴の港から約一時間。3時まで見学するとして、4時には港に戻れる。夜の飲み会には間に合いそうだ。
 そのまま島をスマホで撮る。写真を親父に見せることになっていた。行った証拠を見せろということなのか。不愉快だ。スマホは圏外になっている。もう徳永たちからメッセージが来ないと思うと逆にホッとした。目の前に島が迫る。人工物は見当たらない……どうやって降りるんだ?
「きゃっ!」
 岩場に近づいた船が衝撃を受けて傾き、沼家が悲鳴を上げた。ガガガと底の方から音が聞こえ、船が止まる。魚住が操舵席を離れた。
「到着いたしました」
 しばらく聞いていなかった声に安堵感を覚える。女性たちはハンドバッグからハンカチを取り出し、服に着いた海水を拭いていた。オレも濡れていることに気づいたが、すぐに乾くと思って頭だけ軽く手で払った。
 魚住が足を伸ばし、船から岩の上に降りる。続く女性たちに気を配るが、船は揺れたりせず、危なげなく上陸していった。その後にオレが続き、最後にジャケットが降りる。
「……さっきの音、大丈夫ですか?」
 軽々と足を着くなり、魚住に尋ねていた。心配性の気の小せえ奴だ。魚住は笑みを見せ、岩場を進み始める。オレたちは一列になって後に続いた。
 岩がなくなったかと思うと、そこには白いビーチが広がっていた。降り注ぐ太陽との組み合わせに、もう終わってしまった夏を思い出す。オレは懐かしむように三人の女子のビキニ姿を想像した。大学生活に足りなかったピースを妄想で埋めようとした。
 いつの間にかジャケットが前にいる。変なことを考えたせいで普通に歩けない。顔を上げると、先頭の魚住が海に背を向け、立ち止まっていた。海の反対側は木が()い茂った丘になっている。
「上に行きます」
 オレが追いつくと、魚住は突き出た岩に足を掛け、斜面を登っていった。見る限り他はほぼ垂直で上がれそうにない。女性たちとジャケットが続く。もし魚住が足を滑らしたりして、転げ落ちようものなら全滅だ。オレは心配しながら最後尾で慎重に足を進めた。
 無事に斜面を登りきると、所々草の生えたフットサルコート一面くらいの平坦な場所に出てきた。360度木に囲まれ、森の中の広場といった感じだ。
「グランピングいいかも」
「そうね」
 五十嵐さんが沼家に向かって言った。グランピングって何だ? 楽しげな響きだ。女子が好きなことなら頭に入れておく必要がある。スマホで調べようとしたが、圏外だったことを思い出した。
「ヘビとかいたり、せえへんやろな」
「大丈夫だと思うのですが……」
「知らんの? もしかして、ここに来たん初めて?」
「はい、初めてです」
「そうなんかいな。しっかりしてや」
 熟女の大阪弁が魚住に飛ぶ。オレは広場を横切り、一人奥に足を進めてみた。木が生えていない部分が道のように見える。茂みを抜け、視界が開けると、そこは断崖絶壁だった。下を見ると島に向かって波が打ちつけている。足を踏み外せば終わり……想像してゾッとなり、すぐに引き返した。
「何かありました?」
 広場に戻ると、魚住が尋ねてきた。
「崖になってました」
「では、行かない方がいいですね」
 しばらくそれぞれ見回った後、オレたちは登ってきた斜面から丘を下りた。

 再びビーチに出る。海と山、両方を味わいながら独占できるのは悪くない。本土から船で一時間かかり、さらにスマホが使えないのは心細いが、持っているだけで自慢できそうだ。もし買ったら親父はバカンスで来るのか……いや、なんか節税とか転売とか言っていた気がする。
 オレたちは岩場に停めていた船に戻ってきた。また波に揺られるかと思うと()えたが、飲み会が待っていると思うと耐えられそうになった。エンジン音が聞こえてくる。だが、船は一向に動き出さない。視線が操舵席に座る魚住に集まると、熟女が動いた。
「どうしたん?」
「船が……動きません」
「そんなん見たら分かるやろ。岩に乗り上げたんとちゃうか?」
「……」
「ちょっと、ホンマしっかりしてや!」
 魚住は操舵席を離れ、船から岩場に降りた。船体の下をのぞき、両手で船底を押すが、びくともしない。しばらく角度を変えながら目を向けて、船の上に戻ってきた。
「どうやったん?」
「……ゴムボートがありますので」
 船の後部に積まれていた物の中から一つ、魚住が持ち上げた。
「こんなんに6人も乗れる?」
「私が本土に戻って、船を出してもらいます」
 魚住が広げるが、子供用に見える。ヤバい。正気じゃない。するとジャケットが魚住に近寄った。
「魚住さん、やめときましょう。船でも一時間ほどかかってます。それに波も荒いです」
「しかし、他に手段が……」
「無線機はないんですか?」
 魚住の目が操舵席に向く。
「これがそうなのかもしれませんが、使い方が……」
「とりあえず泊まることも考えましょうか」
「へっ、泊まるって悪い冗談やろ。何もあらへんで」
 熟女が不満そうに口を挟んだ。
「テントがありますので」
「なんで、そんなもんあるんや。こうなること分かってたんとちゃうか?」
「いえいえ、とんでもございません。この無人島をゆっくり体験していただくことになった際のサービスでございます」
 ずっと座って見ていた五十嵐さんと沼家が腰を上げた。
「そのテントで休んでもいいですか?」
「はい、ぜひ」
 五十嵐さんに快く返事すると、魚住は畳んでロープで縛られたテントを一つずつ手渡した。二人は船を降り、ビーチに向かって岩場を歩いていく。
「ほな、私もそうするわ。何かあったら呼んでや」
 テントを受け取って熟女も去り、男三人が残る。操舵席をいじる魚住とジャケットの元に、オレは足を向けた。
「……6時半から飲み会があるんだが」
 ジャケットがオレの方を向く。
「飲み会くらい、いつでも行けるでしょう」
「簡単に言うなよ!」
 イラッと来た。オレにとっては人気アーティストのライブコンサートと同等の価値なんだ。いや、それ以上かもしれない。
「わざわざプレッシャーになること言いに来たんですか。冷静にならないと良い手段も思い浮かびませんよ」
「……生意気な」
 オレが歯を食い縛りながらつぶやくと、魚住が「私一人でやります」と言った。
「お前もプレッシャーなんだってよ」
「そういうわけではございません。お客様ですので、お休みになってください」
「……」
 オレとジャケットもテントを渡され、船を降りた。岩場を抜け、ビーチに足を踏み入れる。隣にジャケットが来た。
「……何見てんだ?」
「失礼ですけど、金田洋子さんの弟ですか?」
「姉さんのこと知ってんのか?」
「はい、以前ホテルのモニターに参加した時に会いました」
 地下ホテルのモニターか? 確か殺人事件が起きて、鋭い推理と体を張って助けてくれた男がいたって……辻井(つじい)って言ってたかな。
「ホテルって、地下のか?」
「そうです」
「名前は?」
「ホテルのですか?」
「違う。お前の名前だ」
双岡武蔵(ならびがおかむさし)です」
 姉さんを助けた男じゃない。いつも明るい姉さんが、こんな奴に好意を寄せるわけないか。
「じゃあ、ボクはこの辺で。魚住さんの様子も気になりますので」
 そう言って双岡はビーチの隅で足を止めた。オレは丘の斜面を上がり、森の広場に行った。奥の方に小さなテントが三つできている。オレもそばに行こうとしたが、あんまり近くに寄ると怪しまれそうで、だからと言って、あんまり遠くにいると心細いので、斜面との中間くらいでオレの足は止まった。
 縛っているロープを外す。広げていくと勝手にテントの形になった。靴を脱いで、中で寝転がる。一人でちょうどいい大きさだ。体から力が抜けていく。今日中に帰れるんだろか……とてつもなく不安になった。

 結局、魚住から良い知らせはなく、夜になった。徳永たちに連絡をすることもできず、オレは自分の未来に絶望した。

 目が開く。体の感覚がおかしい。寒い。何も食べてないせいで、体にエネルギーがない。このまま寝てたら死ぬんじゃないか。
 尿意がある。オレはポケットにスマホがあることを確かめ、入口に被さっているシートを上げた。辺りが薄っすらと光に包まれている。空を見上げると月が出ていた。靴を履いて、テントを離れる。こういう時、男は楽だ。その辺の茂みで済ませることができる。
 いざ茂みに囲まれた広場に立つと、逆に悩んでしまった。どこで済ませるのがいいか……ふと夜の海が見たくなる。ここも非日常的な幻想の世界だ。オレは奥に足を進め、崖に行くことにした。三つ並んだテントを通りすぎ、木が生えていない茂みに入る。
 スマホを取り出すと、時刻は『3:12』だった。意外と朝は近い。ライトを点けて足を運ぶ。波の音が大きくなってきた。茂みを抜け、崖に出たその時、視界に人の姿がよぎった。恐る恐るスマホのライトを向ける。すると海の上で人がうつ伏せの状態でユラユラと動いていた。服装に見覚えが……まさか熟女か?
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