ネット心中殺人事件①

文字数 2,133文字

 暗闇を抜け、最終電車が到着する。プラットホームに降りたのは4人。その中に椥辻もいた。一番後ろの車両に乗っていた椥辻は、3人の後を追うことになった。
 無人の改札口を抜ける。くたびれた待合室に掲げられた円いアナログ時計に目を向けると、22時を回っていた。駅舎を出ると元気のない街灯が、建ち並ぶ店らしきものを照らしているが、どれも開いていない。
 椥辻が行こうとしている道は、真っ暗で先が見えなかった。側にあった自動販売機で缶コーヒーを買う。いざという時には投げつけて武器になる。靴下に入れて振り回せば立派なものだ。
 出てきた商品を取るために屈むと、横からスッと影が見えた。視界にパンプスとスラックスが入り、見上げるとチェックのシャツを着た背の高い男性がいた。
「心中の参加者ですか?」
 長身の男性が尋ねてきた。
「そうだけど」
「俺もっす。ゆーたって言います」
「ゆうた?」
「ニックネームでは『う』を伸ばす棒にしてるんっすけど、どっちでもいいっす」
「じゃあ、ボクはきょーご」
「きょーごさんっすね。よろしくっす」
 椥辻が缶コーヒーをポケットに入れ、足を進めると、ゆーたも隣に並んだ。
「大学生っすか?」
「いや、もう卒業してる。ゆーたは大学生?」
「そうっす。4回生っす」
 会話をしながら暗闇の中を歩く。建ち並ぶ民家には明かりが点いていない。街灯は点いているものもあったが、ぼんやりしていたり、点滅していたりと、まともなのはなかった。
「どっちだろ」
 分かれ道を見て、ゆーたが言い、ポケットから折り畳まれた紙を取り出した。
「こっちだ」
 椥辻が指を差すが、ゆーたは紙を広げていた。プリントアウトされた地図が載っていて、そこには太い線で道順も入っている。
「……そっちで大丈夫っす。合ってます」
 確認して地図をポケットに戻した。
「覚えてるんっすね」
「これくらいは頭に入れる」
 離れた道に明かりの点いた民家が並んでいる。道順が最短ルートではない理由に椥辻は気づいた。
「けっこう遠いっすね」
「ああ」
 何メートル歩いたのか、何分歩いたのか分からない。スマホは解約してくるのがルールだった。
「あの……聞いていいっすか?」
「どうした?」
「俺、気持ち悪いっすか?」
 視線を向けて姿を確かめるが、暗くてよく分からず、自動販売機の前で会った時のことを思い出した。
「違和感はある」
「性同一性障害ってやつで、心は女なんっすよ」
「もしかして、それが死ぬ理由?」
「……はい」
「中途半端だから、お互い気持ち悪く感じるんじゃないか? 下半身だけ女性の格好だし」
「……」
「テレビでもオネエ系っているだろ」
「テレビ見ないんっすよ」
「そっか……」
 坂道に差し掛かる。曲がりくねっていたが、分かれ道はなく一本道で、いつの間にか林の中を進んでいた。
「変なこと聞いていいっすか?」
「さっきの質問も変だったけど」
「死のうって思ってます?」
「……」
「そうは見えないんっすけど」
「その質問、そのままゆーたに返すよ」
「……そういうもんかもしれないっすね」
 一点の光が浮かんでいるのが見えた。道を進むにつれて近づき、ホタルなどではなくペンライトだと気づく。
 木のない開けた場所に女性が二人、寄り添うように立っていた。彼女たちの後ろには一階建ての建物がある。椥辻たちが到着すると、一人が一歩前に出た。
「こんばんは。わたくしが主催者です」
 デザインのない白いワンピースに、銀色に染めた髪。老婆が死装束(しにしょうぞく)を纏っているように見えた。
「てことはKKさん?」
 ゆーたが尋ねた。
「ニックネームに使っているのは、わたくしのイニシャルで栗木恵(くりきけい)と申します」
 椥辻たちも名前を言って挨拶を交わす。もう一人の女性はカーディガンを羽織り、目を合わさず黙っていた。
「こんばんは」
 集まっていた4人が一斉に声のした方を向く。上はTシャツ、下は制服のスカートを履いた背の低い女子がいた。腕に掛けた小さなハンドバッグが膨らんでいる。椥辻たちと同じようにKKと挨拶を交わし、彼女はココナと名乗った。
 コオロギの鳴き声が聞こえる。挨拶が済むと誰もしゃべらなくなった。都会では当たり前の話し声や車の音は、この辺りにはない。突然パチッという音がした。
「さっきから蚊が」
 首元を掻きながらカーディガンの女性が言うと、KKが地面に置いていたボストンバッグを手にした。
「中に入りましょう」
 KKが建物のドアを開け、参加者たちも後に続く。明かりはKKの持つペンライトだけで、すぐにまたドアを開けて部屋に入ったので、建物の構造を把握することはできなかった。
 床にボストンバッグを置く。ファスナーを開き、中からアンティーク調のランプを取り出した。スイッチを入れ、ようやく暗闇から解放される。
 部屋は縦横が約十メートルの正方形で、物は何もない。左右は壁で、奥に窓が四枚並んでいる。次はブルーシートが出てきて、参加者たちも手伝いながら床に広げた。
 靴を履いたまま5人が腰を下ろす。みんなでランプを囲む感じは、星空の下であればキャンプだ。緊張が解けた部分と解けていない部分で複雑な空気になる。
「では予定の時刻、午後11時になりましたので始めたいと思います」
 腕時計を見て、ゆっくりとした口調でKKが告げた。
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