社員旅行殺人事件③

文字数 3,209文字

「どうしたの、それ?」
「ボクのリュックの中に入ってました」
「じゃ、じゃあ、将軍が?」
「リュックの中にこれを入れてたんですよ」
 将軍塚はポケットからスマホを取り出し、藤森の目の前で動画を再生し始めた。
 真っ暗だった画面が、ファスナーを開く音と共に縦に割れ、部屋の天井が映し出される。
 そこに出てきたのは藤森の顔だった。そして、自ら犯行に使用した凶器をリュックに入れる様子が撮られていた。
「話してくれますか?」
「……入って」
 促されて部屋の中に入る。
「いつから私を疑ってたの?」
「消去法です。小野さんは花粉症でしたので、犯行の時に気づかれてしまう危険性が高いです。あの人がそんなリスクを冒すように思えません。石田さんは小屋に着いた時に『ここで寝てもらえば』と言ってました。夏場ですし、本当に車に置いていくかもしれませんでしたので、そうなると計画が実行できなくなってしまいます」
「社長は?」
「社長はボクに、この社員旅行に来てほしいって、けっこう強く言ってきました。計画的な犯行をする所に、よく知らない人を誘わないでしょう。今から思うと、松ヶ崎さんに酒を勧めたのは犯行をやりやすくするためですね」
「何人か犯人がいるって思わなかったの?」
「シーツが取れそうになってました。松ヶ崎さんの体を持ち上げる時に、一緒に掴んでしまったとかじゃないですか」
「……」
「二人ならもっとスムーズに行くでしょう。事故に見せたいなら、なるべく現場は荒らさないようにって考えるはずです。ハンマーで頭を殴る時、一回目にうまく当たらなかったのも、誰か照らしてくれなかったからじゃないですか」
 将軍塚の推理は当たっていた。

 そっと静かにドアを開ける。不協和音な寝息が聞こえてきた。
 両手には薄い布の手袋をしている。ポケットから百円均一で買ったライトを取り出し、ベッドで横になっている松ヶ崎の体を照らした。
 左手にライトを持ちながら近づく。枕元まで忍び寄ると、右手に持っていたハンマーで後頭部を殴りつけた。
「うー」
 口から声が漏れ、体をよじる。思ったよりダメージは小さい。
 焦った藤森はベッドの上にライトを置き、左手で顔を押さえつけ、もう一度後頭部を強く殴った。うなっていた声が止まった。
 窓を大きく開け、ライトをポケットに戻す。動かなくなった体を起こし、後ろから両手を回して抱え込んだ。この時、藤森は自分の腕でシーツを挟んでしまっていた。
 シーツは松ヶ崎の頭がベッドから出たところで離れた。脇腹をレールの上に載せ、尻を押しながら足を持ち上げる。頭から落ち、即死となった。
 犯行を終え、心臓の鼓動がバクバクと全身に響く。呼吸もひどく乱れ、汗が頬を伝った。藤森はベッドの状態を確認することなく、すぐに部屋を出て、自分の部屋に戻った。
 そして、数分後に廊下を早足で行く将軍塚の足音が聞こえた。

「……それで、私があなたのリュックに入れるって分かったの?」
 藤森の視線は将軍塚の手にある凶器のハンマーに向いていた。
「女性ですので、凶器は石や鉄の塊なんかじゃなく、扱いやすい物かと。となると無造作に捨てたりしたら目立ちますので、まだどこかに持ってると思いました。事故に見せかけることができなかった以上、他の誰かを犯人に仕立てる……ボクがそうするようにさせたのもあるんですけど、できるだけ早く解決したかったので」
「なんで?」
「他の三人が協力する危険性がありました。倒れてる松ヶ崎さんを見た時も事故説に流れ、誰も救急車も警察も呼ぼうとしませんでしたし」
「あなたが呼べばいいんじゃないの?」
「運悪く第一発見者になってしまったんで、いろいろ調べられるとめんどくさいんで……」
「あなた、一体何者?」
 ドアをノックする音が聞こえた。二人が振り向くと、入ってきたのは竹田社長だった。
「将軍塚くんもいたんや。藤森さんに話あるんやけど」
「先に将軍の話の続きを……それとも社長の前じゃマズい?」
「かまいませんよ。その方が手間が省けますので」
「何の話?」
「ボクの本当の名前は、椥辻京悟です」
 突然の告白に竹田社長の目が丸くなった。
「ボクは不正を調査するために、ここでバイトを始めました。この会社の取引先の社員がキックバックをもらっているという情報がありまして、その額がけっこう高かったので、営業に過度なノルマやプレッシャーがないかも含めて、調査することになったんです」
「何か、分かったん?」
「社内のデータを勝手に調べさせてもらって申し訳ないのですが、契約している金額の一部が、松ヶ崎さんに入っていると思われます。その疑いのある取引先が2社で、さらに交通費の架空請求、つまりカラ出張が今のところ3件あります。それで得た金を、営業成績を上げるため、キックバックに使用していたんでしょう」
「そうやったんや……」
「社長、経費のチェックは適正に行っていたのですか?」
「……言い訳にならへんけど、忙しいのもあって、社員を信じた方がスムーズに行くからって考えてた。甘かったと思う」
「じゃ、じゃあ、あいつを辞めさせることができたってこと?」
 藤森が口元を震わせながら聞いた。
「それだけやったら詐欺で犯罪になるし、完全にクビにしてるわ」
「だったら、私がこんなことする必要なかったじゃない!」
 一瞬感情が爆発した後、藤森の目からドッと涙が溢れ出した。
「小野くんと石田さんは絶対やってない言うから、来たんやけど……」
「みんなのためだったの。松ヶ崎さんが来てから給料も下がって、あの人の悪口ばっかりになって、雰囲気が悪くなって……この旅行だって、本当はもっと楽しかったはずなのに」
「給料が下がったのは僕が悪いと思う。けど、雰囲気が悪くなったとか、楽しくないとかで人を殺すんは、おかしいと違うか?」
 藤森は睨むように竹田社長に目を向けた。
「社長が甘かったんでしょ! ちゃんとできてないことを棚に上げて、おかしいって言わないでくださいよ!」
「……」
 竹田社長が椥辻の方を向く。
「なかったことにできひんか?」
「本気で言ってるんですか?」
「警察にはまだ言うてへんし、事故ってゆうことに……」
「普通に警察が調べても、結果は変わらないでしょう。今さらめんどくさいだけですよ」
「どうしても無理か?」
「無理です」
「……ほな仕方ないな。みんなが妙な気を起こさへんよう君を呼んだつもりやったけど、こうなってしまった以上、君を呼んだんは間違いやった」
「……」
 竹田社長の判断はいつも裏目に出ていた。松ヶ崎を採用した時もそうだった。やる気のなさそうに見える人は、いざとなると力を発揮すると考えていたが、松ヶ崎は本当にやる気がなかったのだ。
 椥辻は竹田社長の不穏な様子に気を取られ、その隙に手にあったハンマーを藤森に奪い返される。
「まさか罪を重ねる気ですか。やめた方がいいですよ」
「今さら同じよ……」
 すると外からパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
「警察を呼んでたんか?」
「はい。凶器と動画を確認した後、すぐに通報しました」
「なんや……」
 肩の力が抜け、藤森がうつむく。
「……私はどうしたら良かったの?」
「藤森さんが松ヶ崎さんの不正を暴いて、この会社を辞めるようにさせれば良かったんです」
「そんなこと無理よ。私、頭が悪いから。頭が良かったら、もっといい会社に就職できてたわけだし……」
「違うと思います」
「何が違うの?」
「頭が良いからできるんじゃないです。問題を解決するために考えるから頭が良くなるんです。『どうしたら良かったの』なんてセリフ、実行する前に言ってほしかったです」
「……」
「悔しいじゃないですか。もう少し我慢してれば、ボクが解決してたんですよ。こんなことで、取り返しのつかないことを……」
 話が終わり、部屋を出た竹田社長は玄関に足を向けた。
 殺人事件の容疑者として藤森は逮捕され、今回の任務は不本意な形で完了することになった。
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