無人島殺人事件①
文字数 3,707文字
オレは今、木屋町 の肉バルで、三人の女子を前に酒を飲んでいる。全員カワイイ。この中だったら誰と付き合ってもいい。そんなレベルだ。
ここにいる六人は同じ学科の同じ学年で、女子の方はいつも一緒にいる三人組だ。他の女子とは明らかに違う雰囲気で、高嶺の花として男子からは敬遠されていた。それが四回生の今になって、たまたまゼミで同じグループになり、しゃべったところ奇跡的に意気投合し、この飲み会につながった。
男子の方も入学してすぐに仲良くなった三人で、何をする時もだいたい一緒だった。遊びに行く時もこの三人に一人か二人増えるか、あるいはこの三人が丸ごと他のグループに吸収された。ただ、女っ気はなかった。この三人で合コンをしたこともあったが、盛り上がった試しがない。この三対三の飲み会を、オレたちは神の慈悲 だと捉えていた。
「徳永 くんは卒論って進んでるの?」
「あんまりかな。追い込まれないと、できないタイプでさ。坂元 さんは?」
「パソコンのキーボードが打てないの」
「人差し指で押すタイプ?」
「そうそう。徳永くんは違うの?」
「俺は二回生の夏休みに、朝から晩までひたすらタイピングソフトやってたから」
「タイピングソフトってあるんだ」
「慣れてくるとエンターキーを押す音が変わってきて、小指に人差し指のような力がみなぎってくるんだ」
あんまりキショイ話はするなよと思いながら、その会話に加わろうとした時、よく聞くデフォルトの着信音が聞こえてきた。一同の視線が集まった方を見ると、テーブルの上に置いていたオレのスマホが光っていた。
「……親父か」
表示を見てつぶやく。嫌な予感しかない。オレはスマホを手に取り、テーブルを離れた。
「はい」
「悠馬 か。今いいか?」
「ちょ、ちょっと待って」
他の客の話し声や、店内に流れる音楽がうるさい。ビールを運ぶ店員にぶつかりそうになりながら、入口に足を向ける。
「何?」
「お前、来週の日曜日は空いてるか?」
「来週の日曜は……」
考えながらドアを開ける。外に出ると聴覚が死んだように静かになり、昼間に比べると十度ほど低い冷たい空気が体にまとわりついた。
「特に予定はないが……」
「日本海にある無人島の見学に行くことになってたんだが、急用が入ったんで代わりに行ってくれ」
「えっ、オレが?」
「そうだ。お前だ」
「姉さんは? 姉さん、旅行好きだから、行きたがるんじゃ……」
「洋子 は今ウズベキスタンに行ってる」
サマルカンドか。そんなこと言ってたな。
「無人島なんか見に行ってどうすんだ。買うつもり?」
「固定資産税が安くて、相続税も安くなって、節税になる。売りに出されることも少ないから資産価値もあって、転売して儲けることもできる。建物はないから減価償却もない」
「……」
ヤバい。親父が何を言っているのか理解できない。
「悠馬、本気で俺の後を継ぐ気があるなら、資産の知識くらい頭に入れておけ。それに、もっと広い視野で物事に目を向けろ。そんなことだから面接も通らないんだぞ」
「……それって、誰か誘ってもいいのか?」
「いや、一人で行ってくれ。案内してくれる不動産会社にも、他の参加者にも迷惑になるからな」
「……」
「行くということでいいな?」
「……分かったよ」
オレは渋々了承した。
「それとな」
「まだあるのか」
「まだある。人間関係のマナーだ。年上の人には敬意を払いなさい。人を見た目で判断するのはやめなさい。悪いと思ったら、すぐ謝りなさい。お前は自分の非を認めたがらないところがある」
「分かってるから、もういいって」
「もういいことはない! だいたいお前が面接に通らないから、俺の会社に入れてやったんだがな、社長の息子だから入社できたって見られるようになる。その時に仕事ができないどころか、人間性まで疑われるようなことになれば、俺の恥だからな」
も、もうやてめてくれ、聞きたくねえ……オレは嵐が通りすぎるのを待った。
ようやく電話が切れ、店の中に戻る。サーロインステーキを運ぶ店員をよけ、盛り上がる三人の女子の姿が視界に入った。楽園に見えた。嫌な気分がすっ飛ぶ。
「何の話してたんだ?」
座ると同時にオレは徳永に尋ねた。
「この六人でせっかく京都にいるんだし、寺巡りに行こうかって言ってたんだけど」
次につながる素晴らしい計画じゃないか。ただ……嫌な予感がした。
「まさか来週の日曜じゃないだろな」
「そうだけど。空いてないのか?」
「うわー、マジかよ……」
オレは早くも神に見離された。
「行きたくねえ!」
当日になり、10時のアラームで目を覚ましたオレはベッドの上で叫んだ。八畳のワンルームにはオレしかいない。これは大きな独り言だ。
今さら嘆いたところで状況が変わるわけでもない。それに夕方には帰れるということなので、夜の飲み会から合流することになった。それでもう良しとしよう。オレは腹をくくった。
牛丼屋で朝食兼昼食を取った後、京都駅から特急に乗る。駅前だけ見ると大都会と言っても過言じゃなかったが、亀岡 辺りまで来ると、景色はすっかり田舎に変わっていた。
舞鶴 に行くのは初めてだった。ここには海上自衛隊がある。明治時代は日本海にある唯一の海軍で、1904年の日露戦争ではここから出た戦艦がロシア帝国のバルチック艦隊と戦った。近年では舞鶴飛行場が建設され、ミサイル艇二隻とイージス艦二隻も配備されている。親父に「もっと広い視野で物事に目を向けろ」と言われたのを思い出し、ネットで調べた知識だ。
西舞鶴駅に到着する。集合場所はとれとれセンターの前で、集合時刻は昼の1時だったが、待たされるのは嫌なので、ギリギリに着くようにスマホをいじって時間をつぶしてから行った。駐車場の隅に数名の男女が集まっている。その中のスーツ姿のデカい男がダンポールの切れ端を持っていて、よく見ると『無人島見学』と書かれていた。
「こんにちは」
オレが足を向けると、まだ距離はあったが、そのデカい男が声を掛けてきた。近くまで来ると「無人島見学でしょうか?」と聞かれたので「はい」と答えた。
男が上着の内側に手を入れ、革製の財布のような物を出してきた。そこからカードのような物を一枚取り出し、両手で差し出される。オレは片手で掴んで受け取り、自分の顔の前に運んだ。
左上に『○×不動産』、その下に大きめのフォントで『魚住曙 』とある。ようやく分かったことは、これが名刺だということと、この男の体がデカい理由だ。
「お名前を頂戴 してよろしかったですか?」
「金田 です」
「息子様でいらっしゃいますよね?」
「そうですが、何か」
「代わりに参加されると聞いておりましたので、念のため確認しただけでございます」
「……」
社会人との会話に慣れない。話が終わった感じはなかったが、オレは魚住から離れ、そばにいた三人の女性の方に動いた。皆高そうなブランドのハンドバッグを手にし、丈の長いパンツを履いている。無人島に行くのにスカートはないということか。
背の高さから中小大の順に並んでいて、一番高い女性は170センチのオレと同じくらいある。ムチッとした熟女だったので、オレは逆側の比較的若い中くらいの女性の横についた。
「どちらから来たんですか?」
いきなり質問が来た。
「京都駅から電車で……」
「私は滋賀から。五十嵐智佳 って言います。金田さん、下の名前は?」
「悠馬」
「悠馬さん。将来はお父様の後を継ぐんですか?」
「ま、まあ、そのつもりだが……」
「そう。がんばってください」
「……」
親父のことを知っているのか? そもそもどういう人がどうやって集められたのか全く知らない。五十嵐さんはストレートヘアに顔のパーツが整ったキレイ系の上級だ。何歳なんだろか……いや、女性に歳を聞いてはいけない。オレは危うく疑問を口にしそうになっていた。
ちょっとドキドキしている自分に気づき、五十嵐さんから視線を逸らす。隣にいる犬顔の小柄な女性と目が合った。少し頭を下げて「沼家薫 と言います」と自己紹介してきたが、残念ながら好きなタイプではなかったので、オレも少し頭を下げて、すぐに目を逸らした。
ポケットからスマホを取り出すと、徳永からメッセージが来ていた。文章はなく、写真だけだった。見ると五重の塔へ伸びる石畳の道に、あの三人の女子がみたらし団子を持って並んでいる。そのグラビアのようなクオリティは、もはや現実にはありえない幻想の世界に感じた。オレは徳永たちがうらやましく、妬 ましく、そして悔しくなった。
「それでは、そろいましたので、出発したいと思います」
魚住が進む先に向かって手を伸ばし、歩き始める。ついていくのはオレと三人の女性以外にもう一人いた。硬そうなダサいジャケットを着た若い男で、着いた時から視界に入っていたが、存在感の薄い奴だ。高校生くらいに見える。オレと同じように、代わりに参加したという立場かもしれないが、一緒にされたくはない。
結局、この6人が無人島見学の参加者だ。男女が三対三で構成が全く同じ……これがあのメンバーならどれだけ良かっただろ。目の前に広がる日本海を眺めると、自分がちっぽけな存在に感じた。
ここにいる六人は同じ学科の同じ学年で、女子の方はいつも一緒にいる三人組だ。他の女子とは明らかに違う雰囲気で、高嶺の花として男子からは敬遠されていた。それが四回生の今になって、たまたまゼミで同じグループになり、しゃべったところ奇跡的に意気投合し、この飲み会につながった。
男子の方も入学してすぐに仲良くなった三人で、何をする時もだいたい一緒だった。遊びに行く時もこの三人に一人か二人増えるか、あるいはこの三人が丸ごと他のグループに吸収された。ただ、女っ気はなかった。この三人で合コンをしたこともあったが、盛り上がった試しがない。この三対三の飲み会を、オレたちは神の
「
「あんまりかな。追い込まれないと、できないタイプでさ。
「パソコンのキーボードが打てないの」
「人差し指で押すタイプ?」
「そうそう。徳永くんは違うの?」
「俺は二回生の夏休みに、朝から晩までひたすらタイピングソフトやってたから」
「タイピングソフトってあるんだ」
「慣れてくるとエンターキーを押す音が変わってきて、小指に人差し指のような力がみなぎってくるんだ」
あんまりキショイ話はするなよと思いながら、その会話に加わろうとした時、よく聞くデフォルトの着信音が聞こえてきた。一同の視線が集まった方を見ると、テーブルの上に置いていたオレのスマホが光っていた。
「……親父か」
表示を見てつぶやく。嫌な予感しかない。オレはスマホを手に取り、テーブルを離れた。
「はい」
「
「ちょ、ちょっと待って」
他の客の話し声や、店内に流れる音楽がうるさい。ビールを運ぶ店員にぶつかりそうになりながら、入口に足を向ける。
「何?」
「お前、来週の日曜日は空いてるか?」
「来週の日曜は……」
考えながらドアを開ける。外に出ると聴覚が死んだように静かになり、昼間に比べると十度ほど低い冷たい空気が体にまとわりついた。
「特に予定はないが……」
「日本海にある無人島の見学に行くことになってたんだが、急用が入ったんで代わりに行ってくれ」
「えっ、オレが?」
「そうだ。お前だ」
「姉さんは? 姉さん、旅行好きだから、行きたがるんじゃ……」
「
サマルカンドか。そんなこと言ってたな。
「無人島なんか見に行ってどうすんだ。買うつもり?」
「固定資産税が安くて、相続税も安くなって、節税になる。売りに出されることも少ないから資産価値もあって、転売して儲けることもできる。建物はないから減価償却もない」
「……」
ヤバい。親父が何を言っているのか理解できない。
「悠馬、本気で俺の後を継ぐ気があるなら、資産の知識くらい頭に入れておけ。それに、もっと広い視野で物事に目を向けろ。そんなことだから面接も通らないんだぞ」
「……それって、誰か誘ってもいいのか?」
「いや、一人で行ってくれ。案内してくれる不動産会社にも、他の参加者にも迷惑になるからな」
「……」
「行くということでいいな?」
「……分かったよ」
オレは渋々了承した。
「それとな」
「まだあるのか」
「まだある。人間関係のマナーだ。年上の人には敬意を払いなさい。人を見た目で判断するのはやめなさい。悪いと思ったら、すぐ謝りなさい。お前は自分の非を認めたがらないところがある」
「分かってるから、もういいって」
「もういいことはない! だいたいお前が面接に通らないから、俺の会社に入れてやったんだがな、社長の息子だから入社できたって見られるようになる。その時に仕事ができないどころか、人間性まで疑われるようなことになれば、俺の恥だからな」
も、もうやてめてくれ、聞きたくねえ……オレは嵐が通りすぎるのを待った。
ようやく電話が切れ、店の中に戻る。サーロインステーキを運ぶ店員をよけ、盛り上がる三人の女子の姿が視界に入った。楽園に見えた。嫌な気分がすっ飛ぶ。
「何の話してたんだ?」
座ると同時にオレは徳永に尋ねた。
「この六人でせっかく京都にいるんだし、寺巡りに行こうかって言ってたんだけど」
次につながる素晴らしい計画じゃないか。ただ……嫌な予感がした。
「まさか来週の日曜じゃないだろな」
「そうだけど。空いてないのか?」
「うわー、マジかよ……」
オレは早くも神に見離された。
「行きたくねえ!」
当日になり、10時のアラームで目を覚ましたオレはベッドの上で叫んだ。八畳のワンルームにはオレしかいない。これは大きな独り言だ。
今さら嘆いたところで状況が変わるわけでもない。それに夕方には帰れるということなので、夜の飲み会から合流することになった。それでもう良しとしよう。オレは腹をくくった。
牛丼屋で朝食兼昼食を取った後、京都駅から特急に乗る。駅前だけ見ると大都会と言っても過言じゃなかったが、
西舞鶴駅に到着する。集合場所はとれとれセンターの前で、集合時刻は昼の1時だったが、待たされるのは嫌なので、ギリギリに着くようにスマホをいじって時間をつぶしてから行った。駐車場の隅に数名の男女が集まっている。その中のスーツ姿のデカい男がダンポールの切れ端を持っていて、よく見ると『無人島見学』と書かれていた。
「こんにちは」
オレが足を向けると、まだ距離はあったが、そのデカい男が声を掛けてきた。近くまで来ると「無人島見学でしょうか?」と聞かれたので「はい」と答えた。
男が上着の内側に手を入れ、革製の財布のような物を出してきた。そこからカードのような物を一枚取り出し、両手で差し出される。オレは片手で掴んで受け取り、自分の顔の前に運んだ。
左上に『○×不動産』、その下に大きめのフォントで『
「お名前を
「
「息子様でいらっしゃいますよね?」
「そうですが、何か」
「代わりに参加されると聞いておりましたので、念のため確認しただけでございます」
「……」
社会人との会話に慣れない。話が終わった感じはなかったが、オレは魚住から離れ、そばにいた三人の女性の方に動いた。皆高そうなブランドのハンドバッグを手にし、丈の長いパンツを履いている。無人島に行くのにスカートはないということか。
背の高さから中小大の順に並んでいて、一番高い女性は170センチのオレと同じくらいある。ムチッとした熟女だったので、オレは逆側の比較的若い中くらいの女性の横についた。
「どちらから来たんですか?」
いきなり質問が来た。
「京都駅から電車で……」
「私は滋賀から。
「悠馬」
「悠馬さん。将来はお父様の後を継ぐんですか?」
「ま、まあ、そのつもりだが……」
「そう。がんばってください」
「……」
親父のことを知っているのか? そもそもどういう人がどうやって集められたのか全く知らない。五十嵐さんはストレートヘアに顔のパーツが整ったキレイ系の上級だ。何歳なんだろか……いや、女性に歳を聞いてはいけない。オレは危うく疑問を口にしそうになっていた。
ちょっとドキドキしている自分に気づき、五十嵐さんから視線を逸らす。隣にいる犬顔の小柄な女性と目が合った。少し頭を下げて「
ポケットからスマホを取り出すと、徳永からメッセージが来ていた。文章はなく、写真だけだった。見ると五重の塔へ伸びる石畳の道に、あの三人の女子がみたらし団子を持って並んでいる。そのグラビアのようなクオリティは、もはや現実にはありえない幻想の世界に感じた。オレは徳永たちがうらやましく、
「それでは、そろいましたので、出発したいと思います」
魚住が進む先に向かって手を伸ばし、歩き始める。ついていくのはオレと三人の女性以外にもう一人いた。硬そうなダサいジャケットを着た若い男で、着いた時から視界に入っていたが、存在感の薄い奴だ。高校生くらいに見える。オレと同じように、代わりに参加したという立場かもしれないが、一緒にされたくはない。
結局、この6人が無人島見学の参加者だ。男女が三対三で構成が全く同じ……これがあのメンバーならどれだけ良かっただろ。目の前に広がる日本海を眺めると、自分がちっぽけな存在に感じた。