ネット心中殺人事件④

文字数 3,670文字

 これはゲーム。バレずに全員を殺せれば勝ち。
 他の参加者は終電で来ると思った私は、一本早い電車に乗って下見をすることにした。
 主催者から送られてきた地図の道順に沿って、駅から暗い夜道を歩く。十メートルほど前を男が歩いていたので、速度を落として距離を取った。普段の生活では味わえない緊張感に体がゾクゾクしてくる。
「もしかして君も参加者?」
 急に声を掛けられ、体がビクッとなった。顔を向けると、前を歩いていた男がいる。私に気づいて待ってたんだろか。背が低く、お腹が出ていて、髪も薄い……残念な容姿だ。とりあえず返事する。
「……はい」
「俺はサイモン」
「サイモン?」
「知らないの? サイモンは勇者さ」
 SNS上のニックネームだろか。
「私はココナ」
「ココナちゃんね」
 サイモンが足を進め、私は一歩後ろについた。目障りになったら、いつでも後ろから刺してやる。
 辺りに民家がなくなると、街灯もなくなり、私はハンドバッグから小さな懐中電灯を出した。木に囲まれた坂道を進んでいると、民家じゃない建物が見えてきた。
「きっとここだな」
 サイモンがつぶやいた。
「なんで早く来たの?」
「家にいると落ち着かなくてさ。いやあ、でも、一人じゃなくて良かった。こんな所で一人で待たされたくないよね。他の人は次の最終で来るのかな」
 サイモンが微笑む。キモいので殺すことにした。
「あっちの方、行ってみない」
 私が木の茂みを指して歩き出すと、今度はサイモンが私の一歩後ろについた。
「こっちに何かあるの?」
「……」
 私は答えず、山の中っぽい所をしばらく進んだ。他に人のいる気配はない。
「トイレ。後ろ向いてて」
「そういうこと」
 サイモンが背中を向ける。私は懐中電灯を地面に置き、バッグからナイフを出して背中に刺した。
「痛っ……何かした?」
 もう一度、背中に刺す。
「ちょ、ちょっと、さっきから何してんの」
 振り向いたサイモンが、血の付いたナイフに気づいた。
「死にたいから来たのよね。私が殺してあげる」
「い、痛いのはイヤだ」
 サイモンは逃げようとしたが、動きがトロかった。すぐに追いついて、また背中に刺す。この感触がたまらなかった。
「やめろって!」
 サイモンが私の手を掴もうとする。私は振り払い、ナイフを勢いよく首に刺した。血が噴き出し、彼は傷口を押さえ、崩れるように倒れた。
 頬に濡れた感触がある。拭った手を見ると血だった。よく見ると着ていたセーラー服の右肩から右胸に、返り血がべっとりと付いていた。
「チッ」
 私はナイフをハンカチで拭いた後、落ちている木の枝を集め、サイモンの上に乗せていった。なかなか隠れない。埋めた方がいいと思ったが、穴を掘る道具はない。
 バッグからスマホを出して、時刻を確認する。終電が到着する時刻を回っていた。集合場所の建物に戻ろうとしたが、迷ってしまい、建物の中の下見をあきらめた。
 ようやく木の茂みを抜けると小さな光が見え、建物の前に何人かいるのが分かった。私は血の付いた制服を脱ぎ、畳んでバッグに押し込んだ。気づかれないように回り込み、そっと近づく。
「こんばんは」
 私が声を掛けると、集まっていた4人が一斉に向いた。
「こんばんは。わたくしが主催者のKKです」
「ココナです。よろしく」
 簡単に挨拶を交わした後、誰もしゃべらず、この場を動こうともしなかった。サイモンを待ってるんだろか。絶対に来ないのに。
「さっきから蚊が」
 カーディガンを羽織った女が首元を掻いている。主催者が地面に置いていたボストンバッグを手にした。
「中に入りましょう」
 主催者を先頭に建物に入ると、そのまままっすぐ部屋に行った。主催者がボストンバッグから用意していた物を出してくる。私たち5人はブルーシートの上でランプを囲んで座った。
「では予定の時刻、午後11時になりましたので始めたいと思います。なるべく人のいないルートで来てもらったのですが、誰にも見つからなかったですか?」
 そう聞かれてサイモンといた所を誰かに見られなかったか心配になった。暗がりでの光はけっこう目立つ。
「ケータイは解約してきましたか?」
 次の質問に移っていた。否定した場合、どんな反応が返ってくるのか気になって、私は小さく手を上げてみた。
「親に言い出せなくて……」
「持ってきたのですか?」
「家に置いてきた」
「なら問題ないです。途中で気が変わって、助けを呼んだりしないようにということですので」
 陰キャっぽい男がこっちを見ているのに気づいた。ポケットに缶コーヒーを入れている。何を考えてるのか分からない、むっつり妄想変態野郎に違いない。
「今からバーベキューっすか?」 
 主催者が七輪を出してくると、ノッポがバカな質問を繰り返し始めた。バカな奴は死ねばいい。私が殺してあげる。
「まだ来てない人がいるんじゃないか?」
 陰キャ男が余計なことを聞いて、絶対に来ないのに待つことになった。そろそろゲームで勝つための作戦を考えよ……感覚がゾクゾクからワクワクに変わってく。
 まだ陰キャ男がしゃべっている。よく聞くと死にたい理由だ。どうでもいいから頭に入ってこない。男はこの陰キャとノッポの二人……こいつらを殺せば、あとはだいぶやりやすくなる。
 突然、主催者が立ち上がると、陰キャ男と言い合いなった。宗教的な話で頭がおかしいタイプだ。やっぱり、この女から殺そう。主催者がいなくなれば参加者たちも動揺するはず。
「……トイレ行きたいんだけど」
 私は話を遮り、主催者に向かって切り出した。
「部屋を出て、右に行って部屋を一つ越えれば、奥に女子トイレがあります」
「一人じゃ怖いから、ついてきてもらっていい?」
「分かりました」
 誘い出すのに成功。ハンドバッグを持ち、主催者の後ろについて部屋を出る。ペンライトの弱い光を頼りに進み、主催者がドアを開けた。
「どうぞ」
「電気は?」
「通っていません」
 私はバッグから懐中電灯を出し、奥の個室に足を向けた。
「わたくしはここで待っていますので」
 そう言って主催者がドアを閉めようとする。ダメ、こっちに来させないと。
「きゃっ」
「どうしました?」
「何かいるんだけど。幽霊?」
「幽霊ですか?」
「来て」
 主催者が入ってきて私と入れ替わり、奥の個室をのぞき込んだ。そっと懐中電灯を床に置き、バッグからナイフを取り出す。
「うっ」
 一発目が背中に沈む。全身を通り抜けるような快感に包まれる。異変に気づいた主催者は振り向くと、バランスを崩して和式の便器に足を突っ込んだ。
「な、何です?」
「死にたくなかったら……いや、痛い目に遭いたくなかったら、後ろを向いてて」
 言われた通り主催者は背中を向けた。私はゲーム機のボタンを連打するように、背中を無心でめった刺しにした。血を吐いて主催者が振り返ったが、そのまま個室の隅に倒れ込んで動かなくなった。
「フフフ……花子さんにでも生まれ変わりなさい」
 私はハンカチでナイフを拭き、懐中電灯と一緒にバッグに戻した。これで2人目。残りは3人ね。

 暗がりの中、部屋に戻ろうとすると、建物の入口の方から話し声が聞こえてきた。誰かは分からない。とりあえずドアを開けて部屋に入ると、ブルーシートの上に腰を下ろすノッポと目が合った。
「他の二人は?」
「出ていきました」
 さっきの話し声はその二人だった。チャンス到来……思わず笑ってしまいそうになる。
「ごめん、ちょっと着替えるから、あっち向いてて」
「……」
 ノッポは無表情のまま動かない。
「聞こえてる?」
「だから俺、女性の裸とか見ても、別に特に何も感じないんっすよ」
 めんどくさい奴。お前の性格なんか興味ないし。
「見られてると気になるの。ちょっとでいいから」
「分かりました」
 座ったまま大きな背中がこっちを向く。楽勝ね。結局みんなバカだ。私は再びナイフを取り出し、背中に刺した。するとノッポは慌てて立ち上がり、私のナイフに気づいた。これまでの二人より反応がいい。
「何すんだ!」
「大きな声を出さないで。私が死なせてあげるから」
「やめてくれ」
「抵抗すると痛いのが続くわよ」
「死にたくない」
「えっ?」
「死ぬのやめる。主催者が戻ってきたら、そう伝える」
「今さら何言ってんの。死にたくなかったら土下座しなさい」
「なんで?」
「そういうもんでしょ!」
 本気で抵抗されたらマズいと感じていた私はイラついていた。素直に膝を着き、頭を下げてくれてホッとする。心は女で助かった。私はナイフを持つ手に力を込め首に刺し、返り血に気をつけながら抜いた。
「痛い……助けてください……もう一度、生き直したんっす」
「……」
 ノッポは前屈みで首の傷口を抑えている。私はその様子をただ見ていた。そして、うつ伏せで倒れた時、快感が不快感に変わっているのに気づいた。
「チッ」
 この不快感が罪悪感に近いものだと感じた私は、自分をごまかすように舌打ちをして呼吸を整えた。
 外から足音が聞こえてくる。残りの二人が戻ってきた。頭が回っていない。ドアが動く音がした瞬間、私はとっさに叫んだ。
「きゃー!!!」
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