第22話【最終話】
文字数 1,641文字
☆☆☆
「さぁ、いくわよ」
ひばりが円陣を組んでかけ声をあげるのを、ステージの裾から観ている。
野外ステージに、勇ましい五人編成のギャルバンが登場する。
観客は押し合いへし合いしてステージを観ている。
フィードバックノイズをまき散らし、ギターがカッティングでイントロを弾き始める。そこにリズム隊とキーボードが重なる。
おまちかねのボーカル、ひばりが歌いはじめると、その場の空気全てを飲み込んだ。
夏祭り。
八月六日。正午。
バンド演奏が、始まった。
「おれの記憶はねつ造されていた。たぶん、犯人なんだろう」
ぼそっと、おれはバンド演奏を聴きながら呟いた。その呟きは轟音にかき消される。
かき消されたくらいがちょうど良いのだ、こんな世迷い言。
横にいるラズリーはひばりたちの演奏を聴いて、
「はわぁ。はわわわわぁ」
と、目をきらきらさせて見入っている。
この世界は、自然物ではない。
だからなんだって言うのだろう。
みんな、ここでは生き生きとしているぞ。
悩んだり、落ち込んだり、けんかしたりしながらも、やっぱり生きているのだ。
「ほれ。焼きそばだ。ラズリーちゃんと一緒に食べな」
舞台袖に藤田左京が現れて、パックに詰まった焼きそばをふたつ、くれる。
「ありがと。わりぃな」
「いやいや。モラトリアムのおれらは、いろいろあっても最大限に遊ぶべきだ。バンドもいいけど、祭りの屋台でも観に行かないか。他にもイベントやってるぜ」
「うん。バンドが終わるまでは、ここにいるよ」
「そうか。しかし、島崎の書いた連載小説のラスト、よかったぜ。ナタク先輩としては気に入らないだろうけどな、あれ」
「わかるか?」
「ああ。あの小説に出てくるバンドって〈四コマ部〉そのものだもんな。たぶん。それがにじみ出てる。味わい深いぜ」
おれはもらった焼きそばを割り箸で食べる。
ラズリーはステージに見入っているので、焼きそばに手をつけてない。
「焼きそば、うまいな」
「祭りだと思うとね。おいしいぜ。……これからのこの世界がどうなるかはわからない。
でも、島崎をこの世界に取り込むことで、〈異化〉をはかったってのは、わかる」
「異化?」
「異化作用。おまえという特異点、なじむわけがない〈犯人〉を取り込んで、世界に新たな要素を追加したのさ、お偉いさんたちがね。でも、かまうもんか。ここがおれの世界、おれたちの住む世界で、現実なんだ。守ってみせる」
「もし、おれが壊そうとしたら?」
「……ここはもうとっくに、壊れた者たちの世界だよ。壊れて、どうしようもなくて。でも、それがいとおしい。毎日の夜やってる訓練、ゲーム治療の中で行うゲーム治療で、みんな鍛えられてるから、おまえ一人がどうこうしようってのは、無理だな。今は、もう」おれは尋ねる。
「この世界、左京は好きか?」
「好きか嫌いかなら、嫌いだね」
「じゃあ、なんでとどまる?」
「抜け出れたとしても同じさ。ここには絆があって、いつもおれは絆を求めているから。抜け出れても行動原理は変わらない。なら、今の世界を死守して、絆を守るさ。新しい……たとえばおまえなんかを取り込みながらもな」そこで、ラズリーが振り返ってこっちを見る。
「でも、ここは砂上の楼閣じゅるよ」
「知ってる。だから、考えてる」左京は答えた。
「いつまでも平和だなんて、ここが仮想空間でも、無理な話だ。だからって管理社会がいいってわけじゃない。必要なのは」
自分の胸の、心臓のあたりを叩く左京。
「ここにビートが刻まれてるかどうかさ」
「阿呆じゅる」
「恥ずかしいな」
おれも同調して言う。
「いいじゃんいいじゃん。今日は夜、花火も打ち上がるぜ」
「ホントじゅるか!」
おれはころころ変わる感情のラズリーを、いとおしく思う。
「みんなで見にいこうぜ、花火」
「花火~、花火じゅるるるるるる~」
こうしておれたちの夏が本格的に始まる。ここから、なにかが始まりそうな予感がするんだ。
それが夏ってことなのかもしれない。
寒い独房から、夏へ。暖かい扉は開いた。
〈了〉
「さぁ、いくわよ」
ひばりが円陣を組んでかけ声をあげるのを、ステージの裾から観ている。
野外ステージに、勇ましい五人編成のギャルバンが登場する。
観客は押し合いへし合いしてステージを観ている。
フィードバックノイズをまき散らし、ギターがカッティングでイントロを弾き始める。そこにリズム隊とキーボードが重なる。
おまちかねのボーカル、ひばりが歌いはじめると、その場の空気全てを飲み込んだ。
夏祭り。
八月六日。正午。
バンド演奏が、始まった。
「おれの記憶はねつ造されていた。たぶん、犯人なんだろう」
ぼそっと、おれはバンド演奏を聴きながら呟いた。その呟きは轟音にかき消される。
かき消されたくらいがちょうど良いのだ、こんな世迷い言。
横にいるラズリーはひばりたちの演奏を聴いて、
「はわぁ。はわわわわぁ」
と、目をきらきらさせて見入っている。
この世界は、自然物ではない。
だからなんだって言うのだろう。
みんな、ここでは生き生きとしているぞ。
悩んだり、落ち込んだり、けんかしたりしながらも、やっぱり生きているのだ。
「ほれ。焼きそばだ。ラズリーちゃんと一緒に食べな」
舞台袖に藤田左京が現れて、パックに詰まった焼きそばをふたつ、くれる。
「ありがと。わりぃな」
「いやいや。モラトリアムのおれらは、いろいろあっても最大限に遊ぶべきだ。バンドもいいけど、祭りの屋台でも観に行かないか。他にもイベントやってるぜ」
「うん。バンドが終わるまでは、ここにいるよ」
「そうか。しかし、島崎の書いた連載小説のラスト、よかったぜ。ナタク先輩としては気に入らないだろうけどな、あれ」
「わかるか?」
「ああ。あの小説に出てくるバンドって〈四コマ部〉そのものだもんな。たぶん。それがにじみ出てる。味わい深いぜ」
おれはもらった焼きそばを割り箸で食べる。
ラズリーはステージに見入っているので、焼きそばに手をつけてない。
「焼きそば、うまいな」
「祭りだと思うとね。おいしいぜ。……これからのこの世界がどうなるかはわからない。
でも、島崎をこの世界に取り込むことで、〈異化〉をはかったってのは、わかる」
「異化?」
「異化作用。おまえという特異点、なじむわけがない〈犯人〉を取り込んで、世界に新たな要素を追加したのさ、お偉いさんたちがね。でも、かまうもんか。ここがおれの世界、おれたちの住む世界で、現実なんだ。守ってみせる」
「もし、おれが壊そうとしたら?」
「……ここはもうとっくに、壊れた者たちの世界だよ。壊れて、どうしようもなくて。でも、それがいとおしい。毎日の夜やってる訓練、ゲーム治療の中で行うゲーム治療で、みんな鍛えられてるから、おまえ一人がどうこうしようってのは、無理だな。今は、もう」おれは尋ねる。
「この世界、左京は好きか?」
「好きか嫌いかなら、嫌いだね」
「じゃあ、なんでとどまる?」
「抜け出れたとしても同じさ。ここには絆があって、いつもおれは絆を求めているから。抜け出れても行動原理は変わらない。なら、今の世界を死守して、絆を守るさ。新しい……たとえばおまえなんかを取り込みながらもな」そこで、ラズリーが振り返ってこっちを見る。
「でも、ここは砂上の楼閣じゅるよ」
「知ってる。だから、考えてる」左京は答えた。
「いつまでも平和だなんて、ここが仮想空間でも、無理な話だ。だからって管理社会がいいってわけじゃない。必要なのは」
自分の胸の、心臓のあたりを叩く左京。
「ここにビートが刻まれてるかどうかさ」
「阿呆じゅる」
「恥ずかしいな」
おれも同調して言う。
「いいじゃんいいじゃん。今日は夜、花火も打ち上がるぜ」
「ホントじゅるか!」
おれはころころ変わる感情のラズリーを、いとおしく思う。
「みんなで見にいこうぜ、花火」
「花火~、花火じゅるるるるるる~」
こうしておれたちの夏が本格的に始まる。ここから、なにかが始まりそうな予感がするんだ。
それが夏ってことなのかもしれない。
寒い独房から、夏へ。暖かい扉は開いた。
〈了〉