第4話

文字数 1,053文字

☆☆☆


 そういやもう夏休みに入ってるんだった。
 部屋に放置していたペットボトルのコーラを飲んで、おれは高校の一年生の時点で『どうにもならない』我が人生を憂いた。本日、二本目のコーラ。おいしい。太るぜ。
〈雨月市小学校銃撃事件〉は、八月に起こった。夏休み中の登校日を、わざわざ狙っての犯行だった。
 犯人は、まだ未成年だった。十八歳の、高校生。
 おれはなんとなく、自分もあの犯人と同じような犯罪を犯してしまうのではないか、とたまに思うようになった。高校に入学してからは、特に。
 バーチャル療法でウォーターガンをぶっ放す奴らの中で、一番『しでかしそうな奴』は、おれだと、確信している。道を踏み外すとしたら、絶対におれだ。
 夏期講習で最下位を独走中のおれに生きがいはない。せいぜい、ここんところよく見る白昼夢の中、テディベアになって少女を見ている時くらいしか、楽しいと思えることはない。いや、嘘。楽しくなんかない。少女の涙を拭き取ることもできないおれなんて。
 しあわせが訪れないのは、壱原ラズリーも、おれも、一緒だ。幻想の中の少女、ラズリー。
 ラズリーは、学校でいじめられているという〈お姉ちゃん〉を救えないのを、悔しがっている。悔しがりはいつしか大きな憎しみとなり、世界の破滅を願うようになった。
 どうしてか、おれの人生のストーリーと重なっている。
 当たり前の話か。
 おれの頭の中が作り出した〈妄想〉でしかないんだから、壱原ラズリーというのは。おれがでっち上げた、おれ自身のストーリー。
 今時夢と現実が錯綜する物語なんて古くさすぎて鼻水が出るほどだ。自嘲の鼻水が。芥川の垂らした、自嘲のような鼻水が。
 バーチャル療法は、五感すべてを電脳空間に接続する。その副作用で、意識が夢の世界に吹き飛ぶようになったのではないか、とおれは考える。でも、それを医者に言うことはない。おれの頭の中で完結すればいいだけの話だ。
 それこそ、小説にでもすればいい。誰も読まない、売れないウェブ小説にでもして。
 飲み終えたコーラのペットボトルを床に転がしたまま、おれは眠りに就く。
 明日も部活と夏期講習だ。
 明日も、明後日も。
 この日々がそのうち終わることも知ってる。
 傷だけ癒えないで、日々だけが移ろうのを、おれは体感してる。
 いずれおれは傷だらけになって死んでいくか、襲撃事件の犯人と同様の犯罪者にでも成り下がって、社会的に最終回でも迎えてしまうだろう。
 それで、もういいや。
 夏休みは始まったばかなのに、なにもうれしいことなんてない。
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