第11話

文字数 1,448文字

☆☆☆


 ドラムスティックが飛んできた。
 ぼーっとしてるおれにそれは激突した。
「どあほー!」
 叫んだのはドラムの楢岡くるる。「ふごー」という雄叫びに、それは酷似していた。
「ぼくのひばり先輩と一緒にスタジオに入ってきてんじゃねー」
「いや、それは」
 そこに、にやけた顔をした反田蝶子が、
「スルフルちゃんとメルクリウスちゃんを追って来ちゃったんだよねー」と、吹き出す。
「え、え、えーっと。でもでもでも」
 雨能メルクリウスがおどおどとこっちを見ている。
「仕方ありませんね、この殿方も。見損ないましたけど、仕方ありません」
 空木スルフルがベースアンプの上に乗った天然水を飲みながらゆったりした口調で言う。
「見損なったって、面識ないはずなんだけど」おれが言う終わる前に、
「同じ塾に通っているでしょう。そこで一番の劣等生の名前、知らないはずがない、とは思いませんか。同じ塾ですよ」と、スルフルが返した。
「へぇ。おれも有名人……」
「んなわけあるかぁぁぁぁああぁぁ」
 ゴリラ、もとい、くるるがキレた。バスドラムのキックをげしげし蹴りだす。
「まあ、このヘタレもヘタレなりに頑張ってきたんでしょ」ひばりが哀れみのこもった目でこっちを見る。
「先輩は身内に甘すぎます! このクソがなに考えてるかなんてわからないっすよ。四コマ部でも一番の下手くそ王者じゃないですかぁ!」ぐさっと、下手くその一声が突き刺さる。
「うぅ……。どうせおれは小説が下手くそだし……」
「ほら、すねちゃったじゃない」あきれ顔のひばり。
「いいんですよ、こんな奴は」
 くるるが腕を組みながら、おれを見下すように見る。
「男なんてみな野獣。追い出した方がいいわよ」蝶子がくるるに頷きながら言う。「で、でもでもでも。それでも、わたしとスルフルちゃんのことが好きだって言うなら」
「おい、ちょっと待て」
 メルクリウスの言葉を制止する。
「誰がいつ、好きだの嫌いだの、恋愛沙汰で特攻してきたのだと言った?」
「えー、だってエロがっぱでしょ、あんた」
 ひばりが当たり前じゃない、という風にきょとんと首をかしげる。
「そうじゃなくて」
「そうじゃなくて、なによ?」
 一歩前に出て問い詰めるひばり。
「今日の昼、こいつら雑伎高校でかけっこしてただろ、女の子と」
「だからなによ。同じバンドのメンバーだもん、来たってかまわないじゃない、うちの高
校に」
「いや、そっちじゃなくて、あの小さい女の子だよ」
「ラズリーちゃんがどうしたの」
「だから。おれ、あいつのことが知りたいんだよ、ラズリーのこと」
「…………」「…………」沈黙。
「うがーッ」
 またもや飛んでくるドラムスティック。
 おれの脳天に直撃だ。
 おれはふらふらとよろめいた。
「それってそれってそれって」
 メルクリウスが興奮する。が、それを制止させるスルフル。
「見損ないました。いえ、見損ないすぎました」
「ぐおっ。連呼されるときついな! しかも見損なったって、今日二度目だし」
 きつい。だが二度同じこと言われるとちょっと楽しいかも、と思ったおれはマゾか。
「それで喜ぶのはあなたくらいです。今のこの空気を考えてみてください」
「う……」
「帰れ」
 ひばりが言った。
「帰れって言ってんでしょ! 今すぐ立ち去れこのバカ!」
「…………わかったよ」
 空気は読めた。さすがに。「触れてはいけないものに触れた」って空気だ。
 立ち去るのがいい。
 おれが二重扉を開くとひばりから、
「本当にバカ!」
 と、背中越しに怒鳴られた。
 おれはとぼとぼと貸しスタジオをあとにする。
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