第12話

文字数 1,529文字

☆☆☆


 人間が飛行機に乗らずして空を飛び、ドッグファイトする。
 今日はそういう趣向だった。
 天一高校のアイザワタカシ軍団、今日は思い切り自由に空を飛んでいる。編隊を組むことはしないようだ。
 それならこっちも、と藤田左京率いる我が雑伎高校は、司令部を持つことさえしないことにし、空中戦を楽しむことにした。
 おれは足につけたロケットみたいな奴で空を飛び、敵とは戦わずに海の上をひたすら飛んだ。
 明日から八月だ。今日が月曜日で、明日が火曜日。日曜日の六日が、祭りだ。高校一年生の夏休み。高校に入って一回目の夏。ちょっとくらい楽しくなりゃいいのにな。
「島崎。見つけたぞなー」
 いつの間にかアイザワタカシがおれと併走していた。
「やっべ!」
 海面ぎりぎりのところを飛んで、アイザワタカシの機関銃の掃射を避ける。着弾した海面が波しぶきで幕になるからだ。
「うひー」
「島崎ー、待つぞなー」
 七月最後の夜のゲーム治療は、相手チームの大将に襲われてさんざんな目に遭い、終わった。


☆☆☆


 檻の中に入っている夢を、よく見た。〈雨月市小学校銃撃事件〉から、ずっとだ。ペティになる夢を見始めたのは今年の春からだから、おれは小学生最後の夏休みから、中学生時代全部を、暗い独房の中にいるというファンタジーで埋め尽くしていた、と言える。
 檻の中に、自分はなんでいるのか。罪を犯したからか。罪ってなんだ。誰が決めてるんだ。そしてそれは本当におれの罪なのか。
 わからない。わからないまま、場面は独房の中の生活だ。
 鉄格子のはまった小さい窓から、月の光が差し込む夜中。そこにいるのはおれだけで、この状態が死ぬまで続くか、絞首刑になるのを順番待ちしているかのような状態だと推測された。が、それもわからない。
 食事は鉄のドアの下の方の、小さな扉からもらう。下げるときも、そこに差し込んで外に出す。トイレはついている。ただし、用を足したあとはブザーを鳴らす。監視カメラで便器を確認されたあと、水は流れる。
 ベッドが窓側の壁にくっついている。静かだ。
 静かな中、身体がきしむように痛い。
 きっと、これがおれの罰の、証拠なのだと確信していた。きしむように痛くなる、その原因。それがきっと、罪が起こした罰なのだ。
 大地に口づけをする機会はないだろう。このコンクリートの床が、おれの世界のすべて。
 歩ける場所だけが、おれの世界のすべてで、あとは誰か他人の世界。
「きっとおれは犯罪を犯し、独房に入るだろう」
 わからない。が、そんな気がした。
 でも、この〈独房〉は、監獄ではなく、精神病院のそれに似たものであることが、だんだんとわかってくる。
 精神に異常を来し、犯罪を犯すのだろうか。
 知らない。
 知らない。
 おれはなにも知らない。
 知らせない。
 知らせない。
 誰もおれに有益な情報など渡さない。
 おれは落ちぶれ、この檻の中に、いることになるのだ。おれが知っているのは、この檻の中の冷たさだ。
 凍えるような寒さは、場所のせいなのか、それとも、おれの心の中が反映してそう見せるのか。
 そう。だから白昼夢として現れた女の子の部屋の中の風景は、おれが「守りたいもの」として、記憶されることになる。
 記憶された感情は、現実と接点を持った。
 檻の中から救い出されるのではない。
 あの独房は、おれの精神世界そのものだったし、檻の中から抜けるなら、アクションを起こさなきゃならなかった。
 アクションを起こしたから罰が待ち受けるのではない。
 アクションを起こさない受動的な心こそが、あの独房に通じていたのではないか?落ちぶれるには、まだ早い。
 独房に入るのは、もっと先でいい。
 おれにはなにか、やることがあるのだ。
 きっと。
 たぶん。
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