第18話

文字数 2,349文字

☆☆☆


「あたしは破壊したいの」少女は微笑む。
「この世界を」
 何度も反復して、何度も反復して。それを。
 反芻して、反芻して、反芻して。
 そうして咀嚼出来た頃には、おれは現実でラズリーの目の前にいる。自分なりに咀嚼したはずのおれはしかし、本物のラズリーを目の前にすると、この言葉に対し、どうしていいのかわからなくなるのだ。
 何度も反復して聞いた台詞なのに。
 そう。
 これは〈台詞〉なのに。
 台詞なのに、当の役者・壱原ラズリーの瞳は、ぶっ壊れている。世界を破壊する前に、自分が破壊されてしまっている。
 そういえばここはどこなんだろう。
 呼び出された先は、駅前の広場で。
 だけど、ここは〈どこでもない空間〉だ。
 市街劇はとっくの昔に始まっていて。
 おれは巻き込まれたんじゃなくて、巻き込んでいて。そしてラズリーもまた、狂わされたそのひとりだったのだろうか。
 おれはうだるような夏の夜の熱さにやられていて、意識が飛び飛びになる。
 こんなときなのに、部長の嘲りがよみがえる。
「おまえの書くバンド小説ってのは、圧倒的なまでに〈音楽の力を信じていない〉。おまえはなんのために、音楽を題材に小説を書いているんだ? バンドって、音楽をプレイする集団のことなんじゃないのか? なぜ、音楽の力を信じない。なぜ、音楽を描こうとしない。これが〈小説〉であって〈音楽〉の〈快楽〉とは違うからか? 愚の骨頂だな。愚かだよ、おまえは。なら、そんなモチーフは捨ててしまえ。今回のおまえの連載も、全然面白みがない。なぜか。〈なにも描かれていない〉からだ。描いていない。ただ、自意識を発露しているだけだ。それは小説とは言わない。表現とはなんだ。説明文と表現の違いとはなんだ? おまえ、そんなもんをうちのサイトに連載して、なにが楽しいんだ。勢いは感じる。だが、全然楽しそうじゃないぞ。そんなもん、すぐに読者に見透かされる。だからおまえはいつまで経っても、底辺をうろついているんだ。他の部員を見てみろよ。投稿サイトでそれなりの評価を得ている奴らばかりだぞ。なのにおまえときたら、手前味噌なものをだらだら生成して、それを文学だ、と? 笑わせるな。最初の最初から、おまえは間違っているんだよ。どう間違っているか。すべてだ。最初から、その一行目の最初の一文字から、おまえの敗北は決定づけられている。仲良しこよしのバンド小説を書くのがおまえはおまえのウリだと思っているようだが、それは違う。おまえは常にディストピアを描いてきてしまったんだ。それは時流には乗らない。誰も読みたくない。おまえはただ吐き気が止まらなくて、げぇげぇゲロしてるだけだ。それを見せてアーティスト面して、これが芸術でござい、と調子に乗っているだけなんだ。求められるのは常にエンターテインメントだ。それは純文学も含めてな。すべてはエンタメだ。大衆に膾炙されたものだけが、本物だ。おまえは存在自体が偽物だ。フェイクもほどほどにな。みんな愛想尽かしてるぜ」
 くらくらする。
 目の前のラズリーは、おれに、はじめて会った時のように、舌を出して、あっかんべー、と言った。知ってるか、〈あっかんべー〉って。おれはよく知ってる。からかう時に子供がする奴だ。
 そうだった、こいつはまだガキだったんだ。
 そして、このおれも。
「あたしはこの世界を破壊したかったじゅる。しかし、壊れたのはこの世界じゃなくて、お姉ちゃんだった。お姉ちゃんは、壊れてしまったじゅる。天使のラッパは鳴り響き、それはおまえの銃声となって、小学校を血の海にしたじゅる」なにを言っているのか、ちっともわからない。
「〈ゲーム療法〉とは、この世界そのものをフィールドとしている。今見ているこの世界そのものがフェイクだってこと、もう気づいた方がいいじゅるよ」
「…………」
「この偽物の世界にいる住人はみんな、現実では、自分の力で起き上がることもできないような人間ばかりじゅる。仮想空間はここじゅるよ。みんな、死に際に見ている夢の世界じゅる。あたしは破壊したいじゅる。こんな偽物の世界は」
 この子が嘘をついている、とはもう思えなくなっている自分がいる。『おれが銃撃事件の犯人なんじゃないか』と思い始めている自分がいる。壱原ラズリーこそが、おれを救い出してくれる人物なんじゃないか、とさえ思い始めている。
「おまえ、この町から『夏祭り』が三年間なくなっていたことに気づいていたじゅるか?今年、銃後から四年目にしてやっと、祭りが開かれるじゅるる。あたしのお姉ちゃんを、祝ってくれるじゅるよ。メルクリウスとスルフルは、あのとき、そう、雑伎高校で、チラシ配りをしていたじゅる。あたしが〈言っちゃいけないこと〉ばかり言うから、追いかけられたじゅる。種明かしなんていつもこんなくだらないものじゅる。取るに足らない真実じゅるる」
 ラズリーは笑う。
「さて。なにを信じて、なにを疑うじゅるか。あたしは嘘つきじゅるか。ペティ。おまえが決めていいじゅる。なぜなら、ここはおまえの世界じゅるから。あたしがつくったテディベア。それがペティなんじゅるから」
 ラズリーはくるっと後ろを向いて、後ろを向いたまま、おれに言った。
「話せてよかったじゅるよ。あとは〈この世界〉にお別れするまで、楽しむじゅるよ。きっとそれがいいじゅるる。呼び出して悪かったじゅるね」ラズリーが遠のいていく。
 おれは、走って追いついて、その手を掴んでつなぎ止めようとする。
 が、その手はふりほどかれ、ラズリーは去っていく。
 おれはなにも出来ないどころか、なにも知らないのであった。
 どういうことだろう。この世界は嘘で出来ているのか。あいつがおかしいのか。
 おれはベンチに座って、頭を抱えてうずくまった。
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