第1話

文字数 878文字

 水の中にいるようだった。空気を吸っていない感覚。でも、おれがいる場所は女の子の寝室であろう部屋の中で。
 おれはその部屋のベッドの上にいるが、動けない。おれは部屋の主の女の子を待つ。
 やがて女の子はやってくる。ドアを開けて。
「ペティ。ただいまじゅる」
 部屋の主は今日もおれに話しかける。
 が、おれはテディベアだ。
 テディ・ベアのペティ。
 この子が縫い上げ、つくりだしたぬいぐるみなのだ。
 だから、ベッドの上、枕元におれは置かれていて、身動きせずに、この女の子、壱原ラズリーのそばにいる。
 屈託のない笑顔で、ラズリーはおれを抱きしめる。
「ペティ。今日ね、お姉ちゃんがひどい目に遭っちゃったの。学校で。許せないじゅる。どこでも瞬時に行けるドアがあったらな。秘密道具が。すぐに助けに行けるのに。せめて、
魔法少女なら。でも、あたしは魔法少女じゃないじゅるから。じゅるる……」
 助ける方法がまんがの見過ぎだよ、と言いたいが、テディ・ベアは口出しできない。
「もっと強くなりたいじゅる。お姉ちゃんを助けられるように。あたしは、破壊したいの」顔をおれの身体にうずめるラズリー。
「この、世界を」
 おれの心に反響するその一言一言が、おれの脳内を駆け巡る。ぬいぐるみに脳があるかと言われると、ないと答えるしかないんだけど。
 でも、魂が宿ってから、おれはずっと見ている。
 この気弱な少女、壱原ラズリーを。
 救ってやりたいのだ。
 でも、救うことはイコールで世界を滅ぼすことかもしれなくて。でも、この少女のお姉ちゃんを救えばいいだけなのかもしれなくて。
 どうやったらしあわせが訪れるのか、考える。
 いつも、この子は部屋で一人、泣いている。
「もっと強くなりたいじゅる。お姉ちゃんを助けられるように。あたしは、破壊したいの」少女は言う。
「この、世界を」
 おれは抱きしめられながら、深い眠りに落ちていく。
 そこは水の中のようで、息をしようにもできなくて。
 でも、息をしないでも生きられるような、不思議な心地の空間で。
 その小さな涙を拭ってやるのもできないまま。
 おれは深い眠りに落ちるのだ。
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