第9話

文字数 1,000文字

☆☆☆


 宗谷ナタクが笑う。
「なんで島崎はバンドの小説ばかり書こうとするんだ。しかも内容も、『なにもわかっちゃいない』内容ばかりだ。そんなにバンドが好きならバンドやれば? あー、駄目だな。
 楽器弾けないし死ぬほど音痴だからな、おまえは。あひゃひゃひゃひゃ」四コマ部の部長、ナタクのその意見は半分くらい正しい。
 なんでおれはバンドについての小説を書こうとするのだろう。ひとつには〈バンド妄想〉があるんだと思う。綺麗事オンリーの『友情』というフィルター。だが、フィルターはフィルターにすぎない。
 ひとが集まってなにかひとつのことをする、というのは、どれだけ人間関係を悪化させるのか。それはおれもよく知っていた。
 小学生の時にこの雨月市で起こった〈雨月市小学校銃撃事件〉の余波は、おれの中学生時代の青春をまるまる奪っていった。
 ぎすぎすした人間関係は、仮想空間で癒やすというバーチャル療法を始めたあとでも、尾を引いた。疑心暗鬼に陥ったおれら被害者のガキどもは、互いの欲望に敏感で、敏感ゆえに、残酷だった。
 保護者や治療者の見ていないところでのいじめは常態化されていて、それは抜け出せるようなものではなかった。
 今だって、みんなの腹の底はどうなってるか、わからない。
 ただ、時間が経ったから、感情が穏やかになりつつある、というだけの話だ。それは、根本的な解決とは違う。
 そのぎすぎすした関係を覆い隠す〈フィルター〉が、おれの場合、小説に描くバンドという妄想だった。
 おれは別に楽器が弾けるわけでもなく、歌はへたくそだ。曲がつくれるわけでもない。
 なにより、ひととつながるのが苦手だ。
 そんなおれの代理の行為として、小説に書く、という手段があった。
 小説を書く、というのは、孤独な作業だ。そこに友情なんて介在しないのが、ほとんどだろう。部活のメンバーとも、仲が良いというわけでもない。いや、仲がよくても、それはうわべだけのものだろう。銃撃事件を経た今となっては。
 おれはあの事件の犯人のようにならないように、吐き出すように書く。フィルター越しの、友情を。
 そして、見るのだ、フィルター越しの愛も。テディベアのペティとなって。
 そんなおれの前で、二重扉が開き。
 轟音が鳴り響いた。
 ナタクの嫌な笑い顔なんて、一瞬で吹き飛んだのだ。
 音圧。
 ゲインをあげた楽器の揺れが、音の圧力が、空気を介在して、おれを取り囲んだ。
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