第2話

文字数 1,211文字

 なんであんな娘を引き取ったのだ、と叔母さんが村の誰かに詰め寄られているのを、見たことがあった。叔母さんがなんと答えたのかは知らない。シーラは走ってその場を離れてしまったから。
 誰もいないのに、どうしてあたし一人だけが、ここにいるんだろう。
 お前は修道院に行くしかないんだ、と言われたとき、シーラはもうどうでもよかった。どこに行ってもきっと同じだと思った。それなら、なんでもいいから早く父さんたちのところへ行きたいと思った。
 でも。
 目をしばたかせながら自分をのぞき込んでいるカレル。目が真っ赤だ。いつからここにいてくれたんだろう。もしかして、寝ていないんだろうか。
 ここに戻ってこられて、よかった。
 その思いが、シーラの胸にじわじわと広がっていった。自分が誰かを残していくかもしれないなんてことは、考えたことがなかった。
 こんな顔を、させたかったわけじゃない。
「……ずっとここにいてくれたの」
「ずっと、ってこともないけど……」
 どこか照れたように、カレルはそっぽを向いた。
「ありがとう。それから……、ごめんね」
 不審げに横目でカレルがシーラを見る。
「カレルのこと、ひどいこと言って。人殺し、とか……」
 だんだん声が小さくなるのを、なんとか励ます。
 なんだ、という顔でカレルがまたあきれた声になる。
「そんなこと気にしてたの」
「だって……」
「……おれも、悪かったよ」
 少しばつが悪そうに、カレルはうつむく。
「シーラ、あんなに戦とか兵隊とか怖がってたのに、剣の話なんかして……」
 今になって、やっとわかる。カレルは、戦を怖がるシーラを安心させようとしていたんじゃないだろうか。
「怪我したの」
 ああ、とカレルは肩をぐっと突き出した。
「全然たいしたことないよ。馬から飛び降りたときにちょっとぶつけてすりむいただけ」
 ぐるぐると肩を回して見せるカレルに、シーラは少し笑った。
「そんなことしたら、痛くなるよ」
「平気だよ。こんなの」
 言い終わる前に、いたたたと顔をしかめる。
「ほら……」
 シーラは思わず体を起こそうとしたが、石のように重くて持ち上がらなかった。
「シーラはまだ起きちゃだめだよ。おれ、マルテさん呼んでくるから」
「カレル、待って」
 立ち上がったカレルは、シーラを振り向いた。
「……もうちょっと、ここにいて」
 カレルは、彫像のように動きを止めていたが、ゆっくりとまた腰を下ろした。
「ここにいるよ」
 カレルが手を伸ばして、毛布の上のシーラの手を握った。
「大丈夫、どこにも行かない」
 シーラは、カレルの手を握り返した。なんだかあまり力が入らない。
「もう少し寝たら」
「うん」
 カレルの手は、冷たかった。ずっとここにいたのだろうか。でも、握った手からなにかがシーラの体に流れ込んでくる。ああ、よかった、とシーラは思った。こうしていつまでもカレルと手をつないでいたいような気がした。
 カレルの手を握ったまま、再びシーラは眠ってしまった。
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