第2話
文字数 1,692文字
「ついさっきだから、院の外には出ていないと思うんだ」
左右をきょろきょろと見回しながら、ファイーナはずんずんと歩いていく。
まだそんなに体力が戻っていないはずなのに、とシーラは不安になった。顔色はずいぶんよくなってきた気がするが、腕などまだ骨ばっていて木切れのようだ。
修道院の敷地を二つに分けるように門から奥の北棟の前までまっすぐに伸びる広い道を、シーラは小走りになってファイーナのあとについていった。ファイーナは誰かとすれ違うたびに声をかけているが、聞かれた方は首を振るばかりだった。
「どこ行ったんだろうね……」
口を尖らせて、ファイーナはさらに歩いていく。
礼拝堂の前まで来て、シーラはふと足を止めた。
礼拝堂の入り口あたりで、なにか言い合っているような声がする。
「まったく、なんて子だ。勝手にちょろちょろするんじゃないよ」
「痛えなあ、放せよ、このやろう」
シーラはファイーナと顔を見合わせてから、同時に走り出した。礼拝堂の中に飛び込むと、入ってすぐ横の鐘楼に上がる階段のところで、リーゼにつかまれてカレルが手足をばたばたさせている。
「また本当にひょろっひょろだねえ。骨しかないみたいじゃないか」
思わず立ち止まったシーラの横で、ファイーナがひとり言のようにつぶやいた。
二人に気づいたリーゼは、今度はシーラの方に矛先を向けた。
「シーラ、お前が面倒を見てるんだろう? だったらちゃんと見てないとだめじゃないか」
シーラは思わず体を硬くした。
「まったく、いつもぼんやりして、なにやっても全然役に立たないんだから」
「いったいどうしたの」
ファイーナが横から言葉をはさむ。
「勝手に鐘楼に登ろうとしたんだ。油断もすきもありゃしない。まるでコソ泥だよ」
「なんだよ、ちょっと登るくらいいいじゃねえか。このけちばばあ」
シーラは青くなった。
その横で、ファイーナは吹き出している。
リーゼは目を白黒させて、そのあとみるみる顔が赤くなった。
「なんだって! こっちが下手に出ればいい気になって!」
「まあまあ、リーゼ、勘弁してやってよ。ここのことがまだよくわかってないんだよ。あとでちゃんと言って聞かせるから」
穏やかな笑みで、ファイーナは申し訳なさそうに訴えた。そう言われると、リーゼもそれ以上は言えないようだった。リーゼの手の力が緩んだのか、カレルはリーゼからぱっと離れてシーラの背後に回りこんだ。
「厳しく言っておいてよ」
そう言い捨てて、リーゼは階段下の詰所に引っ込んでしまった。
礼拝堂の外に出ると、ファイーナは、シーラとその後ろに半分隠れているカレルを見て、にやっと笑った。
「さ、これで大丈夫。まったく、とんだ腕白小僧だね」
「なあ、あそこには登れないのか?」
「あそこは係りの者しか登れないよ。大事な鐘を鳴らすところだからね。さあ、あんたはベッドに戻らなきゃ」
そう言ってから、ファイーナははっとしたように顔を上げた。
「そうだ、あたし、院長様のところに行く途中だったんだ」
ぽんと頭に手をやって、ファイーナは修道服のすそを両手でひょいと持ち上げた。
「シーラ、あたしは行くからあと頼んだよ、ちゃんと部屋まで連れてってね」
「あ、はい」
シーラの答えを待たず、ファイーナはそのまま駆け出していってしまった。
ぽつんと取り残されて、シーラは背後を振り返った。カレルが、痩せているせいで余計に大きく見える目をじっとシーラに向けている。
「じゃあ、戻ろうか」
「あーあ、しょうがないな」
ぶつぶつ言いながらも、カレルはシーラのあとについてきた。
「どうして起きてきたの?」
自分の胸あたりまでしかないカレルに顔を近づけるようにして、シーラは聞いた。
「どうしてって、おれもう大丈夫だよ」
「マルテさんは起きてもいいって言ったの?」
カレルは、口を尖らせて黙り込む。
「じゃあまだ寝てないとだめだよ」
「ちぇ」
不満そうにカレルは足元の石ころを蹴飛ばした。
シーラは黙って、カレルと並んでゆっくり歩いた。
カレルを見つけた頃の暑さが嘘のように、すっきりとさわやかな空気が木の葉にはねかえり、太陽にきらきらと光っていた。
左右をきょろきょろと見回しながら、ファイーナはずんずんと歩いていく。
まだそんなに体力が戻っていないはずなのに、とシーラは不安になった。顔色はずいぶんよくなってきた気がするが、腕などまだ骨ばっていて木切れのようだ。
修道院の敷地を二つに分けるように門から奥の北棟の前までまっすぐに伸びる広い道を、シーラは小走りになってファイーナのあとについていった。ファイーナは誰かとすれ違うたびに声をかけているが、聞かれた方は首を振るばかりだった。
「どこ行ったんだろうね……」
口を尖らせて、ファイーナはさらに歩いていく。
礼拝堂の前まで来て、シーラはふと足を止めた。
礼拝堂の入り口あたりで、なにか言い合っているような声がする。
「まったく、なんて子だ。勝手にちょろちょろするんじゃないよ」
「痛えなあ、放せよ、このやろう」
シーラはファイーナと顔を見合わせてから、同時に走り出した。礼拝堂の中に飛び込むと、入ってすぐ横の鐘楼に上がる階段のところで、リーゼにつかまれてカレルが手足をばたばたさせている。
「また本当にひょろっひょろだねえ。骨しかないみたいじゃないか」
思わず立ち止まったシーラの横で、ファイーナがひとり言のようにつぶやいた。
二人に気づいたリーゼは、今度はシーラの方に矛先を向けた。
「シーラ、お前が面倒を見てるんだろう? だったらちゃんと見てないとだめじゃないか」
シーラは思わず体を硬くした。
「まったく、いつもぼんやりして、なにやっても全然役に立たないんだから」
「いったいどうしたの」
ファイーナが横から言葉をはさむ。
「勝手に鐘楼に登ろうとしたんだ。油断もすきもありゃしない。まるでコソ泥だよ」
「なんだよ、ちょっと登るくらいいいじゃねえか。このけちばばあ」
シーラは青くなった。
その横で、ファイーナは吹き出している。
リーゼは目を白黒させて、そのあとみるみる顔が赤くなった。
「なんだって! こっちが下手に出ればいい気になって!」
「まあまあ、リーゼ、勘弁してやってよ。ここのことがまだよくわかってないんだよ。あとでちゃんと言って聞かせるから」
穏やかな笑みで、ファイーナは申し訳なさそうに訴えた。そう言われると、リーゼもそれ以上は言えないようだった。リーゼの手の力が緩んだのか、カレルはリーゼからぱっと離れてシーラの背後に回りこんだ。
「厳しく言っておいてよ」
そう言い捨てて、リーゼは階段下の詰所に引っ込んでしまった。
礼拝堂の外に出ると、ファイーナは、シーラとその後ろに半分隠れているカレルを見て、にやっと笑った。
「さ、これで大丈夫。まったく、とんだ腕白小僧だね」
「なあ、あそこには登れないのか?」
「あそこは係りの者しか登れないよ。大事な鐘を鳴らすところだからね。さあ、あんたはベッドに戻らなきゃ」
そう言ってから、ファイーナははっとしたように顔を上げた。
「そうだ、あたし、院長様のところに行く途中だったんだ」
ぽんと頭に手をやって、ファイーナは修道服のすそを両手でひょいと持ち上げた。
「シーラ、あたしは行くからあと頼んだよ、ちゃんと部屋まで連れてってね」
「あ、はい」
シーラの答えを待たず、ファイーナはそのまま駆け出していってしまった。
ぽつんと取り残されて、シーラは背後を振り返った。カレルが、痩せているせいで余計に大きく見える目をじっとシーラに向けている。
「じゃあ、戻ろうか」
「あーあ、しょうがないな」
ぶつぶつ言いながらも、カレルはシーラのあとについてきた。
「どうして起きてきたの?」
自分の胸あたりまでしかないカレルに顔を近づけるようにして、シーラは聞いた。
「どうしてって、おれもう大丈夫だよ」
「マルテさんは起きてもいいって言ったの?」
カレルは、口を尖らせて黙り込む。
「じゃあまだ寝てないとだめだよ」
「ちぇ」
不満そうにカレルは足元の石ころを蹴飛ばした。
シーラは黙って、カレルと並んでゆっくり歩いた。
カレルを見つけた頃の暑さが嘘のように、すっきりとさわやかな空気が木の葉にはねかえり、太陽にきらきらと光っていた。