第4話

文字数 1,341文字

 馬屋の中は薄暗く、屋根板のすきまから細い光が何本か差し込んでいた。馬屋の中を舞う細かな埃が、その光の矢の中できらきらと光っている。小さな羽虫が何匹か斜めに横切った。
 開け放ってある戸からは、涼しい風が吹き込んでくる。
「よしよし、気持ちいいか?」
 カレルは、背伸びをして黒毛の馬にブラシをかけていた。ディークスさんがいつも村との往復に乗っている馬だ。馬は、ぶるるる、と鼻を鳴らして、尻尾をぶらんと揺らした。
「ちえ、シーラのやつ……」
 ついひとり言が出て、カレルは唇を尖らせた。
 思い出すとまたいらいらして、馬の背をこする手に力がこもる。馬が、小さく足踏みをした。
「おい、カレル」
 桶を手にしたディークスさんが、馬屋に入ってきた。
「それ終わったら、水飲み場に水汲んどいてくれな」
「うん、わかった」
「そんなに力を入れると、馬がびっくりするぞ。もっと優しくやってやらないと」
「……ごめん」
 はっとしてカレルは手をとめ、それから、そっと手を動かす。
「届かないところは台を使えよ」
「……うん」
「どうした、なんかあったのか?」
「え、なんかって……」
 ディークスさんはゆっくりと奥まで歩いていって、よっこらしょ、と言いながら桶を棚にしまう。それから、その横の空いた房の柵にどすんと腰を下ろした。
「いい天気だなあ。こんな日は、草っぱらで昼寝でもできるといい気分だろうよ」
 カレルは入り口の方を振り向いた。きれいに晴れ渡った空がのぞいている。自分がもし鳥だったら、どこまでも高く昇っていきたくなりそうだ。
 数人の修道女がそこを横切っていく。一瞬はっとしたが、みな頭を覆っていた。
「どうした、昼過ぎから妙だぞ」
 何気なく尋ねられて、カレルは首をすくめた。
「だって、シーラのやつ……」
「なんだ、けんかでもしたのか」
「けんかってほどのことじゃないよ」
「ふうん?」
 昼前のシーラとのやりとりを思い出して、カレルはまたむかむかしてきた。同時に、ちょっと言いすぎたのかもという気もする。でも、ずっと言いたかったことだ。
「だって、シーラってなんであんなふうなんだろ。もっとみんなと話して、言いたいことは言えばいいのに」
「ふむ」
「いつもじーっとして、なんかいやなこと言われても黙ってて。それなのに、ときどき年上ぶっておれに偉そうにあれこれ言うんだ」
 言ってしまったものの、カレルはちょっとばつの悪い気がした。
「なるほどなあ……」
 ディークスさんはそう言ったきり、黙って馬屋の入り口の方に目をやっている。なんだか居たたまれない気分になって、カレルはただ馬の背をこすった。
「あの子はあれでもなあ、まだ話すようになった方なんだよ」
 外に視線を向けたまま、ディークスさんはゆっくりと言った。
「そうなの?」
「あの子に家族がいないのは知ってるか?」
「……父ちゃんと母ちゃんがいないっていうのは、聞いたけど」
「そうか。あの子はな、あるとき突然家族をみんななくしてしまったんだ。お前と一緒だな。ここに来たのは十三のときだった」
 今よりももっとちっちゃくてこんなだった、とディークスさんは手で示した。
「やせっぽちでなあ」
 ディークスさんは思い出すように目を細めた。カレルはいつのまにか手を止めて、じっとディークスさんの口元を見つめた。
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