第1話
文字数 1,062文字
昼食後のお勤めが終わると、ハルナは回廊を急ぎ足で進んだ。中庭を横切り、こっそり玄関に向かう。
修道院の入り口は大きく頑丈な木の扉になっていて、普段は太い閂で内側からしっかり閉められている。手前の小部屋には常に誰かが詰めていて、それほど頻繁でもない来客に対応していた。
小部屋の入り口で小さく扉をたたくと、机でほおづえをついていた修道女が、はっと体を起こした。
「なんだ、ハルナ、びっくりさせないで」
「どうですか?」
「今日はまだ誰も来ないよ」
「……そうですか」
見るからにがっくりと肩を落としたハルナに、修道女は慰めるように声をかけた。
「きっと、少し遅れてるだけだよ」
「……そうですね」
この会話を、ハルナは実はもう三日の間繰り返していた。日ごと詰めている修道女は代わるので、三人の修道女と同じ会話をしているのだ。
ハルナは礼を言って、小部屋を離れた。
院長様のお話しになった予定では、三日前に着いているはずなのに。
いろいろな噂があって、それもハルナの不安をあおっていた。
国王派のカルディア伯爵と、同じく国王派だと思われていたサナーレス伯爵の軍が、ついに本格的に衝突したと伝えられたのは、ほんの数日前のことだ。
都でも、日増しに街を進む兵の隊列が増えている。人は二人寄れば必ず、国王派か反王派か、という論争になった。もちろん、国王膝元の都では国王派が圧倒的に多かったが、実は反王派だ、という者もかなりいるらしいという噂だ。
院長様が、アラニア修道会はどちらにも与しないことを説明して冷静な対応を説いたので、修道院の中では今のところそのような騒々しいことにはなっていなかったものの、修道女たちの不安げはこそこそ話はなくならなかった。
そのカルディア伯領とサナーレス伯領の境界近くにあるパウア修道院から、二人避難してくるという話があったのは、二週間ほど前だっただろうか。
ハルナはすぐ、世話係に立候補した。パウアの修道院は辺境にあって、村の人びとに奉仕しながら日々質素に粛々とお勤めをしているという。自分も辺境の貧しい村出身のハルナは、避難してくる二人の世話係を誰か、という話が出たとき、すぐに手を上げたのだ。
聞けば一人はまだ見習い修道女、もう一人はなんと少年だという。
予定ではもう三日も前には着いているはずなのに、いまだに二人は姿を見せない。子供の足でパウアからこの都まで来るのは大変なことだろう。道中でなにかあったのではないかと、ハルナは気をもんでいた。
その日、就寝の時間がきても、ハルナは部屋の天井を見上げていた。
修道院の入り口は大きく頑丈な木の扉になっていて、普段は太い閂で内側からしっかり閉められている。手前の小部屋には常に誰かが詰めていて、それほど頻繁でもない来客に対応していた。
小部屋の入り口で小さく扉をたたくと、机でほおづえをついていた修道女が、はっと体を起こした。
「なんだ、ハルナ、びっくりさせないで」
「どうですか?」
「今日はまだ誰も来ないよ」
「……そうですか」
見るからにがっくりと肩を落としたハルナに、修道女は慰めるように声をかけた。
「きっと、少し遅れてるだけだよ」
「……そうですね」
この会話を、ハルナは実はもう三日の間繰り返していた。日ごと詰めている修道女は代わるので、三人の修道女と同じ会話をしているのだ。
ハルナは礼を言って、小部屋を離れた。
院長様のお話しになった予定では、三日前に着いているはずなのに。
いろいろな噂があって、それもハルナの不安をあおっていた。
国王派のカルディア伯爵と、同じく国王派だと思われていたサナーレス伯爵の軍が、ついに本格的に衝突したと伝えられたのは、ほんの数日前のことだ。
都でも、日増しに街を進む兵の隊列が増えている。人は二人寄れば必ず、国王派か反王派か、という論争になった。もちろん、国王膝元の都では国王派が圧倒的に多かったが、実は反王派だ、という者もかなりいるらしいという噂だ。
院長様が、アラニア修道会はどちらにも与しないことを説明して冷静な対応を説いたので、修道院の中では今のところそのような騒々しいことにはなっていなかったものの、修道女たちの不安げはこそこそ話はなくならなかった。
そのカルディア伯領とサナーレス伯領の境界近くにあるパウア修道院から、二人避難してくるという話があったのは、二週間ほど前だっただろうか。
ハルナはすぐ、世話係に立候補した。パウアの修道院は辺境にあって、村の人びとに奉仕しながら日々質素に粛々とお勤めをしているという。自分も辺境の貧しい村出身のハルナは、避難してくる二人の世話係を誰か、という話が出たとき、すぐに手を上げたのだ。
聞けば一人はまだ見習い修道女、もう一人はなんと少年だという。
予定ではもう三日も前には着いているはずなのに、いまだに二人は姿を見せない。子供の足でパウアからこの都まで来るのは大変なことだろう。道中でなにかあったのではないかと、ハルナは気をもんでいた。
その日、就寝の時間がきても、ハルナは部屋の天井を見上げていた。