第13話
文字数 2,429文字
「姉ちゃん、おれにも見せて」
「おれが先だよ」
その夜、シーラの持ち帰ったからくり細工は、弟たちの間で引っ張りだこになった。
「こら、引っぱっちゃだめ、壊れちゃうよ」
「あ、動いた動いた!」
馬がかたかた歩くのに、レンは歓声を上げた。
「シーラ、それどうしたの?」
繕い物をしていた母親が、手元に目を向けたまま聞いた。
「……もらったの」
「誰に?」
「あの、市場のおじさん……」
シーラはとっさに嘘をついた。
「そう。今度お礼を言わなくちゃね」
母親はそれほど気にしていない様子だったが、シーラはちょっと焦った。
「でも、どのおじさんだったか覚えてない……」
「そうなの? あらまあ……」
そう言いながら針を持つ手は止めない。そのひざの上でマーシュはもう半分眠っていた。
次の日、シーラは少しのどが痛かった。夜には体がだるいような気もした。次の次の日、レンが熱を出して寝込んだ。夜になって、ヘストも熱を出した。
父さんと母さんはあわてて、お医者を呼ぼうかと相談していた。それを遠くで聞きながら、シーラもだるい体を布団に横たえていた。マーシュが母さんに抱っこをねだって泣いている声が聞こえていた。のどが痛い。頭も痛かった。隣で寝ているヘストが、時折苦しそうに息をするのがわかった。見ると、顔を真っ赤にして眠っている。
そのあとの記憶は、シーラにはなかった。眠ってしまったのだろう。体が熱くて何度も寝返りをうったような気がする。ときどきなんとなく目を覚ましたが、体がつらくて頭が痛くて、そのまままたいつのまにか眠った。
何度目かにまた目を覚ましたとき、ようやく少し体が楽になっているように感じた。
なんだかやけに静かだった。
板戸から差し込む光が明るく、もう朝なのかと思った。ちょっと起きてみようとしたが、そうしてみるとやっぱり体が重い。
低い天井板の見慣れた木目模様を眺めながら、父さんや母さんもまだ寝ているのだろうか、などとぼんやり思った。
重い体をのろのろと動かして体の向きを変えると、眠っているヘストの顔が目に入った。
なにか変な気がして、シーラはヘストの顔をじっと見た。薄茶の髪が、相変わらずくしゃくしゃだ。目を閉じて唇を少し開いている。なにが変なんだろう。熱で真っ赤だった顔は少し落ち着いたらしく、白っぽくも見えた。
……どうして動かないんだろう。
ヘストは、動かない。まぶたも、口も、胸も。
どうして……?
どうして動かないの。
シーラは、そろりと布団から出た。だるくて、それだけでどっと疲れを感じた。それでも這うようにヘストににじり寄り、その額に手をやった。
冷たかった。
思わず手を引っ込めた。
どうして……。
ヘストの向こうにはマーシュとレンが並んで寝ている。
ヘストの布団を回り込んで、シーラはマーシュの布団まで這っていった。小さなマーシュも、半分口を開いて眠っているように見えた。でも、やはり動かない。口も、胸も。以前近所のおじいさんが倒れたとき、近くにいた人がおじいさんの口に手をかざしていたのを思い出し、そっとマーシュの口に手のひらを向けた。
なにも感じなかった。息も、体温も。
そうっと、額に手を置いた。
冷たい。
冷たいよ。どうして。どうして冷たいの。
胸が大きく動いて、シーラは苦しくなった。息をするたびに肩が大きく上下する。
体を引きずるように這っていって、レンの額に触れた。冷たかった。おそるおそる触れた頬は、こわばっていた。
激しい恐怖に襲われて、シーラは必死で立ち上がった。父さんと母さんは部屋にはいなかった。すがりつくようにして台所への扉を開けた。
「父さん……、母さん……」
よろよろと足を踏み出したところで、シーラは立ち止まった。なにかに激しく頭を殴られたような気がして、動けなかった。頭ががんがんした。
食卓に父さんが突っ伏している。その向かい側の床に、母さんが丸くなって倒れている。
シーラの手が、知らないうちに震えていた。二人を呼ぼうと思うと、のどが張りついて言葉にならない。
「……ど、……どう、した……の……」
いつのまにか、涙が出ていた。
「父さん……、母さん……、父さん……」
シーラは、食卓を回って倒れている母さんに近づいた。
母さんの横には、からの椀が転がっていた。いつも父さんがお酒を飲む椀だ。
母さんは、静かな表情で目を閉じていた。白い顔だった。やっぱり動かなかった。
息が激しくなってきて、シーラはしゃくりあげた。
「母さん……」
そっと母さんの腕をつかんで揺すぶってみた。母さんの体は冷たく、なんの抵抗もなくぐらぐらと揺れた。
「母さん、母さん!」
母さんは揺さぶられて、首ががくんと反対側に傾いた。口がぽっかりとうつろに開いていて、シーラは思わずぱっと手を放した。
「母さん……、母さん……なんで……」
シーラは、よろめきながら立ち上がった。
「ねえ、父さん……」
父さんに近づいて、その肩に手を触れる。それだけで、わかってしまう。
「父さん、父さん!」
大声で呼んでみた。父さんは目を開けなかった。肩を揺すぶってみた。それでも父さんは目を開けなかった。シーラは、そっと手を放して一、二歩あとずさった。
どういうことなのかわからなかった。
どうすればいいのかわからなかった。
父さんも母さんも、ヘストもレンもマーシュも。
どうしてこんなことになっているの。
これは夢なんじゃないかと思った。
よろよろとまた部屋に戻った。
弟たちに、そっと毛布をかけてやった。それから自分も布団にもぐりこんだ。どっと疲れて、もう起き上がれないような気がした。
もし夢なんだとしたら、もう一度寝てみようと思った。目が覚めたら、元に戻っているかもしれない。きっとまたレンが、「姉ちゃんあの人形見せて」とやってくるに違いない。母さんが、「シーラ、ちょっとお使いに行ってきて」と頼んでくるに違いない。
シーラは頭から布団をかぶって、目をつむった。
「おれが先だよ」
その夜、シーラの持ち帰ったからくり細工は、弟たちの間で引っ張りだこになった。
「こら、引っぱっちゃだめ、壊れちゃうよ」
「あ、動いた動いた!」
馬がかたかた歩くのに、レンは歓声を上げた。
「シーラ、それどうしたの?」
繕い物をしていた母親が、手元に目を向けたまま聞いた。
「……もらったの」
「誰に?」
「あの、市場のおじさん……」
シーラはとっさに嘘をついた。
「そう。今度お礼を言わなくちゃね」
母親はそれほど気にしていない様子だったが、シーラはちょっと焦った。
「でも、どのおじさんだったか覚えてない……」
「そうなの? あらまあ……」
そう言いながら針を持つ手は止めない。そのひざの上でマーシュはもう半分眠っていた。
次の日、シーラは少しのどが痛かった。夜には体がだるいような気もした。次の次の日、レンが熱を出して寝込んだ。夜になって、ヘストも熱を出した。
父さんと母さんはあわてて、お医者を呼ぼうかと相談していた。それを遠くで聞きながら、シーラもだるい体を布団に横たえていた。マーシュが母さんに抱っこをねだって泣いている声が聞こえていた。のどが痛い。頭も痛かった。隣で寝ているヘストが、時折苦しそうに息をするのがわかった。見ると、顔を真っ赤にして眠っている。
そのあとの記憶は、シーラにはなかった。眠ってしまったのだろう。体が熱くて何度も寝返りをうったような気がする。ときどきなんとなく目を覚ましたが、体がつらくて頭が痛くて、そのまままたいつのまにか眠った。
何度目かにまた目を覚ましたとき、ようやく少し体が楽になっているように感じた。
なんだかやけに静かだった。
板戸から差し込む光が明るく、もう朝なのかと思った。ちょっと起きてみようとしたが、そうしてみるとやっぱり体が重い。
低い天井板の見慣れた木目模様を眺めながら、父さんや母さんもまだ寝ているのだろうか、などとぼんやり思った。
重い体をのろのろと動かして体の向きを変えると、眠っているヘストの顔が目に入った。
なにか変な気がして、シーラはヘストの顔をじっと見た。薄茶の髪が、相変わらずくしゃくしゃだ。目を閉じて唇を少し開いている。なにが変なんだろう。熱で真っ赤だった顔は少し落ち着いたらしく、白っぽくも見えた。
……どうして動かないんだろう。
ヘストは、動かない。まぶたも、口も、胸も。
どうして……?
どうして動かないの。
シーラは、そろりと布団から出た。だるくて、それだけでどっと疲れを感じた。それでも這うようにヘストににじり寄り、その額に手をやった。
冷たかった。
思わず手を引っ込めた。
どうして……。
ヘストの向こうにはマーシュとレンが並んで寝ている。
ヘストの布団を回り込んで、シーラはマーシュの布団まで這っていった。小さなマーシュも、半分口を開いて眠っているように見えた。でも、やはり動かない。口も、胸も。以前近所のおじいさんが倒れたとき、近くにいた人がおじいさんの口に手をかざしていたのを思い出し、そっとマーシュの口に手のひらを向けた。
なにも感じなかった。息も、体温も。
そうっと、額に手を置いた。
冷たい。
冷たいよ。どうして。どうして冷たいの。
胸が大きく動いて、シーラは苦しくなった。息をするたびに肩が大きく上下する。
体を引きずるように這っていって、レンの額に触れた。冷たかった。おそるおそる触れた頬は、こわばっていた。
激しい恐怖に襲われて、シーラは必死で立ち上がった。父さんと母さんは部屋にはいなかった。すがりつくようにして台所への扉を開けた。
「父さん……、母さん……」
よろよろと足を踏み出したところで、シーラは立ち止まった。なにかに激しく頭を殴られたような気がして、動けなかった。頭ががんがんした。
食卓に父さんが突っ伏している。その向かい側の床に、母さんが丸くなって倒れている。
シーラの手が、知らないうちに震えていた。二人を呼ぼうと思うと、のどが張りついて言葉にならない。
「……ど、……どう、した……の……」
いつのまにか、涙が出ていた。
「父さん……、母さん……、父さん……」
シーラは、食卓を回って倒れている母さんに近づいた。
母さんの横には、からの椀が転がっていた。いつも父さんがお酒を飲む椀だ。
母さんは、静かな表情で目を閉じていた。白い顔だった。やっぱり動かなかった。
息が激しくなってきて、シーラはしゃくりあげた。
「母さん……」
そっと母さんの腕をつかんで揺すぶってみた。母さんの体は冷たく、なんの抵抗もなくぐらぐらと揺れた。
「母さん、母さん!」
母さんは揺さぶられて、首ががくんと反対側に傾いた。口がぽっかりとうつろに開いていて、シーラは思わずぱっと手を放した。
「母さん……、母さん……なんで……」
シーラは、よろめきながら立ち上がった。
「ねえ、父さん……」
父さんに近づいて、その肩に手を触れる。それだけで、わかってしまう。
「父さん、父さん!」
大声で呼んでみた。父さんは目を開けなかった。肩を揺すぶってみた。それでも父さんは目を開けなかった。シーラは、そっと手を放して一、二歩あとずさった。
どういうことなのかわからなかった。
どうすればいいのかわからなかった。
父さんも母さんも、ヘストもレンもマーシュも。
どうしてこんなことになっているの。
これは夢なんじゃないかと思った。
よろよろとまた部屋に戻った。
弟たちに、そっと毛布をかけてやった。それから自分も布団にもぐりこんだ。どっと疲れて、もう起き上がれないような気がした。
もし夢なんだとしたら、もう一度寝てみようと思った。目が覚めたら、元に戻っているかもしれない。きっとまたレンが、「姉ちゃんあの人形見せて」とやってくるに違いない。母さんが、「シーラ、ちょっとお使いに行ってきて」と頼んでくるに違いない。
シーラは頭から布団をかぶって、目をつむった。