第6話
文字数 1,378文字
秋が深まるとともに、雨の日が増えてきた。山は濃い緑から鮮やかな黄色まで、様々な段階の色で彩られている。深いミルクのような朝霧や、音もなく降る霧雨に包まれて、その色彩がやわらかに視界を染める。
「もっと力を入れて」
言われるままにシーラは腕に力をこめた。やわらかい生地がべたべたと手にくっついてくる。しかし、根気よくこね続けているうちに、だんだんと弾力のある固まりになってきた。ぼろぼろしていた表面も、まるで赤ん坊のほっぺたのようになめらかになってくる。
「よくこねるのよ」
先輩の声に頷きながら、シーラは額に汗を浮かべて、生地と格闘していた。
パン生地をこねるのは好きだった。余計なことを考えなくてもいい。
ひとかたまりこね終わったらかたちよく丸め、木の器に入れて濡れ布巾をかぶせる。それを壁際の台に並べ、また同じように新たな生地をこねる。作業場には、ほかにも同じ班の子たちが大きな長い机に並んで生地をこねていた。
「なあ、なんで濡れた布巾をかけるの?」
パンをこねている子たちの周りを、カレルはちょろちょろとしていた。珍しそうに手元をのぞき込んでは、あれこれ尋ねている。
「生地が乾かないようにするのよ」
額に汗を浮かべながら答えたのは、マーレンだ。
「へえ……」
軽く頷いて、また別の方へふらふらと歩いていく。
「なんで、ここに置いておくの?」
コリーナが、先輩と顔を見合わせてくすくすと笑った。
「なあ、なんで笑うんだよう」
「なんでもないよ。置いておくのはね、生地が落ち着くようによ」
カレルは首をひねっている。かと思うと、開け放してある入り口から細かな雨が降り続く外を眺めている。
新たな生地をこねながら、シーラはカレルの様子を横目で見ていた。
修道院に来た当初に比べると、見た目もずいぶん丈夫そうになった。手足も少し太くなったし、頬にも肉がついてきた。ディークスさんの仕事を張り切って手伝うので、ディークスさんはカレルの話になると誉めっぱなしだ。
人懐こく、誰にでも遠慮なく話しかけるので、女の子たちも楽しそうに相手をしていた。静かに修行に励まなくてはいけない修道院で、息を潜めるように(実際はそれほどでもないのだが)日々のお勤めをこなしている彼女たちにとっては、カレルはかっこうの遊び相手であり退屈しのぎなのだろう。
そのうち、外からはしゃぐような声が聞こえてきた。
「ひゃー、すげえ雨」
何人かの女の子が、くすくす笑いながら戸口を振り向いている。シーラのいるところからは見えないが、その様子は想像がついた。
シーラはいったん手を止めて、戸口に歩み寄った。顔をそっと出すと、雨の降りしきる中で両手を大きく広げてくるくる回っているカレルがいた。仰向いて、雨を口で受け止めようとしている。
「カレル、濡れるから中にいて」
「うん、ちょっとだけ」
「風邪ひいちゃうよ」
「大丈夫だって」
シーラはため息をついて、パン生地のところに戻った。
確かに、体はすっかり元気になっていたので、多少は大丈夫なのかもしれないけど。
ずいぶんな数の生地をこねたと思った頃、先輩の声がした。
「じゃあ、いったん休憩にしましょう。少し生地を寝かせてから、成形して焼きます」
女の子たちが雨よけの上着を手に、にぎやかに言葉を交わしながら雨の中に出ていく。
シーラも上着を羽織りながら、戸口を出た。
「もっと力を入れて」
言われるままにシーラは腕に力をこめた。やわらかい生地がべたべたと手にくっついてくる。しかし、根気よくこね続けているうちに、だんだんと弾力のある固まりになってきた。ぼろぼろしていた表面も、まるで赤ん坊のほっぺたのようになめらかになってくる。
「よくこねるのよ」
先輩の声に頷きながら、シーラは額に汗を浮かべて、生地と格闘していた。
パン生地をこねるのは好きだった。余計なことを考えなくてもいい。
ひとかたまりこね終わったらかたちよく丸め、木の器に入れて濡れ布巾をかぶせる。それを壁際の台に並べ、また同じように新たな生地をこねる。作業場には、ほかにも同じ班の子たちが大きな長い机に並んで生地をこねていた。
「なあ、なんで濡れた布巾をかけるの?」
パンをこねている子たちの周りを、カレルはちょろちょろとしていた。珍しそうに手元をのぞき込んでは、あれこれ尋ねている。
「生地が乾かないようにするのよ」
額に汗を浮かべながら答えたのは、マーレンだ。
「へえ……」
軽く頷いて、また別の方へふらふらと歩いていく。
「なんで、ここに置いておくの?」
コリーナが、先輩と顔を見合わせてくすくすと笑った。
「なあ、なんで笑うんだよう」
「なんでもないよ。置いておくのはね、生地が落ち着くようによ」
カレルは首をひねっている。かと思うと、開け放してある入り口から細かな雨が降り続く外を眺めている。
新たな生地をこねながら、シーラはカレルの様子を横目で見ていた。
修道院に来た当初に比べると、見た目もずいぶん丈夫そうになった。手足も少し太くなったし、頬にも肉がついてきた。ディークスさんの仕事を張り切って手伝うので、ディークスさんはカレルの話になると誉めっぱなしだ。
人懐こく、誰にでも遠慮なく話しかけるので、女の子たちも楽しそうに相手をしていた。静かに修行に励まなくてはいけない修道院で、息を潜めるように(実際はそれほどでもないのだが)日々のお勤めをこなしている彼女たちにとっては、カレルはかっこうの遊び相手であり退屈しのぎなのだろう。
そのうち、外からはしゃぐような声が聞こえてきた。
「ひゃー、すげえ雨」
何人かの女の子が、くすくす笑いながら戸口を振り向いている。シーラのいるところからは見えないが、その様子は想像がついた。
シーラはいったん手を止めて、戸口に歩み寄った。顔をそっと出すと、雨の降りしきる中で両手を大きく広げてくるくる回っているカレルがいた。仰向いて、雨を口で受け止めようとしている。
「カレル、濡れるから中にいて」
「うん、ちょっとだけ」
「風邪ひいちゃうよ」
「大丈夫だって」
シーラはため息をついて、パン生地のところに戻った。
確かに、体はすっかり元気になっていたので、多少は大丈夫なのかもしれないけど。
ずいぶんな数の生地をこねたと思った頃、先輩の声がした。
「じゃあ、いったん休憩にしましょう。少し生地を寝かせてから、成形して焼きます」
女の子たちが雨よけの上着を手に、にぎやかに言葉を交わしながら雨の中に出ていく。
シーラも上着を羽織りながら、戸口を出た。