第5話

文字数 1,391文字

 今日も朝から雪が降っていたが、風はそれほどひどくなかった。
 カレルが、さっきから空を見上げたままくるくるとこまのように回っている。
「ひょー、つめてぇ」
 空に向かって大きく口を開けて、落ちてくる雪を食べようとしているのだ。最近お気に入りの遊びらしい。しかし、口より目や頬に落ちる方が多い。
「そんなんで、目が回らないの?」
「回るぅ……」
 仰向いているせいで変な声になっている。
「ほんとに、次から次へと降るんだなー。なんでこんなにいつも真っ白なんかな」
 疲れたのかやっと動きを止めて、首を左右に回している。あんな格好をしていたら、首も痛くなるだろう。
 あたりは真っ白だ。雪はたまにふと止んで、雲間から光が差す。そうするとやけにきれいで神聖な感じがする。実際には歩きにくいし足は冷えるし雪かきの仕事が増えるので、雪が積もるのはあまり歓迎したくはない。それでも最近は雪から雨に変わることもあり、少しは暖かくなってきたのかと期待を抱かせた。
 カレルはまたはしゃぎながら今度は木の枝に飛びついて、積もった雪をどさどさ落としては喜んでいる。
「ひゃー、すげえ」
 シーラは固まった雪をざくざくと踏んで転ばないようにするのに必死なのに、カレルは身軽にぴょんぴょんと跳ねている。
 船に乗っているとそういうのも違うものなのかな。
 とそんなことを思っているうちに、カレルは枝をつかみ損ねてひっくり返った。
「ってええ……」
「もう、変なことしてるからだよ」
 笑いながら近寄って、雪まみれの上から持っていた上着をばさりとかぶせる。
「ぶ。だって、こんなにたくさんの雪って、ここに来るまで見たことなかったんだもん。しかも、白いまま積もってるなんてさ」
「そうなの?」
「海に降る雪なら見たことあるけど、あれはすぐとけちまうし。水面のところで、ふ、って消えるみたいに」
「へえ……」
 海に降る雪なんて、どんなふうなんだろう。シーラには想像できない。ルマーリアではほとんど雪は降らなかった。
「さあ、そろそろ行かなくちゃ。遅れちゃう」
 今日はご領主様は来ないということで、カレルは一緒に作業につくことになっていた。
「あ、それがさあ」
 カレルは上着を手に、ぱっと立ち上がった。
「ヘルベルト様、急に来ることになったんだって」
 けろりと言う。なぜだかわからないがシーラはむっとした。
 最近カレルはご領主様の用事でいないことが多い。ご領主様が修道院に来ている間だけのことなのだが、このごろはしばしばやってくるので、そうするとカレルはそっちへ行きっぱなしだ。で、そういうときシーラは、どうも気持ちが落ち着かない感じがして、ご領主様が来ると聞くといらいらしてしまう。しかも、カレルが親しげに名前で呼ぶところがまた気に入らない。
「え、だって、名前でいいってあのおっさんが自分から言ったんだよ」
 きょとんとするカレルには、シーラの気持ちがわからない。
 門の方がざわざわし始めると、カレルははっとそっちを振り向いた。先触れの声がかすかに聞こえてくる。カレルは、シーラにちょっと手を降ると走っていってしまった。
 その後ろ姿を見送って、それからシーラはぱっときびすを返した。本当はお出迎えに行かないといけないのだろうけど、もういいや、と思った。なんでご領主様なんかの出迎えに行かなきゃいけないのか。そう思うとわけもなくむかむかと腹が立ってくるのだった。
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