第30話 勇者と新アイテム2
文字数 1,370文字
「銀、この辺置いとくぞ」
結局家についた時点ではほぼハルが持っている感じになっていた。玄関から招き入れるのは珍しいが、そんなことはお構いなしに勝手知ったる様子で上がり込んだハルは、リビングのいつもおれが寝ころんでいる辺りにどさりと布団やら枕やらが入った袋を下ろした。
「ああ、うん」
おれは台所に直行し、コードの位置を確認して炊飯器のベストポジションを考えながら答えた。実際自分一人で運んでいたら少なくともあと10分は余分にかかっただろう。なんだかんだ言いながら、昨日も今日もハルの登場に絶妙なタイミングで救われている。
サポーターって、なんかそういうセンサーでもついているのだろうか。それとも、「ハルだから」なのだろうか。野原さんに何気なく言われた言葉が頭をよぎる。
「助かったよ。ありが……ってなんでおまえが使っちゃってんだ!」
謙虚に礼を言おうと思ってキッチンのカウンターから顔を覗かせると、今買ってきたばかりの、おれの新品のふかふか枕がハルの頭の下敷きにされていた。何堂々と購入者を出し抜いて先に使ってくれてるんだ。
「いや、寝心地どうかなと思って」
「なんでおまえがそれチェックする必要があるんだよ!」
「いいじゃねーか。減るもんじゃなし」
「減った! 新品のふわふわ感が今まさに減った!」
何度も言うが、おれは中学生に「おとなげない」とガチで言わせる大人だ。見た目のせいだけではなく、年相応の落ち着きなんてものもあんまり持ち合わせていない。だからどうしたと開き直り、おれの枕でおれより先に寛ぐハルに詰め寄った。
ハルはおれの反応に一瞬目を丸くし、その後大きな手で口元を隠して肩を震わせ出した。……笑いすぎだろ、この野郎。
「……あー、腹いて。枕でそんだけ楽しめるって幸せだな」
「大いに馬鹿にして頂いてるところなんなんだけど、楽しんでないし、おまえが思うほど幸せでもないから」
自分の方がおれよりよっぽど楽しそうなハルに、冷ややかな視線を送りながら抗議するとハルはにっと口角を上げた。
「それは失礼。おれからしたらおまえはこの世界の人間たちの中で『楽しそうオブザイヤー』のベスト10くらいには入るからな」
「マジで言ってんの……? この世界やばくないか?」
適当な冗談だと思いたいが、ハルの表情からユーモアの判別がつくほどおれはまだこの男に慣れていない。万が一ハルの目から見てそれが少しなりともリアリティのある感想なのだとしたら、おれはこの先家具や食材を買いそろえるたびにさらにランキング上位に躍り出てしまう気がする。そんなに幸福度のハードルが低い世界で大丈夫なのだろうか。
「まぁ、人によってはそこそこやばいだろ」
ふかふかの感触が気に入ったのか、猫のように掌で布団を押しながら、ハルはなんでもなさそうにそう言って、小さく欠伸をした。そんな感じで割と不吉な情報をさらりと提示するのはやめてほしい。
「……ヤバいって言えばさ、昨日の帰り、なんか黒いのに襲われたんだけど、あれって何?」
ハルに緊張感とか悲壮感を求めるのは無理そうだと判断し、おれはその軽いノリに乗っかって尋ねてみた。価値観は人それぞれ、情報の重要度も人それぞれ。おれは、おれにとって必要な情報を自分で判断していくしかない。
ハルはおれの質問を聞いて小さく首を傾げ、そのあと何かに思い当たったように目を瞬いた。