第4話 勇者に必要なもの4

文字数 1,010文字

 男は吐き捨てるようにおれの名前を呼んだ。なんだかすごく久しぶりに聞いたような気がする、まぁまぁ古風な響きのする自分の名前に違いはなかったが、思い出す限りで最悪の喧嘩をした相手だって、ここまでおれの名前を雑には呼ばなかっただろう。

「……」

黙って睨み続けていると、「ハル」らしき男はすっと目を細めた。周囲の温度が数度下がったように感じた。今すぐにでも背を向けて逃げ出したいが、おそらく逃げ切ることはできないだろう。それでも、この気迫に単純に負けるわけにはいかないと感じた。

ここがいくら不可解で理不尽な空間だとしても、おれはおれだ。縁もゆかりもないものにされるがままに流され、望んでもいない道を歩むわけにはいかない。

男はしばらく細めた目でじっとおれを観察していたが、やがて「ふん」というように小さく鼻を鳴らし、突然顔を近づけてきた。

漆黒に近い滑らかな黒髪と、その間から見えるアメジストのような紫の目が間近に迫る。その動きが異様に速く、目で追うことすらできなかった。顔と顔を突き合わせ、男はおれの匂いを嗅ぐようなしぐさをした。

「ぎゃあ! なんなんだよ、あんた!」

咄嗟にうしろにとび退く。目の前の奇妙な男は、まだ鋭い目をしたまま、思案するようにこめかみのあたりを掻いた。

「……おまえ、『他』から来たのか」

「ほか?」

「こことは違う、どこか。けど、そんなに遠くはねぇな。まだ微かに、『そこ』の匂いが残ってる」

独り言のようになんだか言っているが、まったく意味がわからない。いや、「わかりたくない」と言った方が近いだろうか。耳を塞いでこの男の言葉を追い出したい。しかし、その願いはあっさりと棄却された。

「おまえは、元いた世界から『こっち』に迷い込んできたんだ」

「……異世界、的なやつですか。」

もうあとは、いつか目が覚めて「あー、夢か。びっくりした」というコースしか残されていない。自分の中にこんな夢を構築する潜在意識があったなんて驚きだ。

それにしても、どうせならもう少しメルヘンな感じが良かった。なんというかすごく……中途半端だ。

「すぐに気づかなかったってことは、それほど遠くから来たわけでもないんだろ。『異世界に飛ばされた』ってほどでもない。なんていうか……中途半端だな」

男はそう言いながら鋭い視線をふっと和らげた。憐れまれているのか馬鹿にされているのかよくわからない。とりあえず、「中途半端」という響きがおれの頭の中にエコーした。
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登場人物紹介

山田銀太(やまだ・ぎんた)

中途半端な異世界に迷い込んだ元・教師。アラサーだけど童顔で精神年齢は低め。動物と子どもに弱い世話焼き体質。

ハル

銀太が迷い込んだ異世界での「サポート役」。

不思議なアメジスト色の瞳を持つ不愛想な青年。顔立ちは整っているが表情が邪悪なため銀太に「魔王顔」呼ばわりされている。なにやら「特殊」な存在らしい。

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