第9話 勇者、最初のスーパーでお買い物3

文字数 712文字

「それより、スーパー行きたいって内容に反応薄いってことは、あるんだよな?」

「まぁ、あるな。市場みたいなもんだろ? 大体のものはそこで揃う」

「市場」とは、えらく素朴というか古風な響きのする言葉だ。でもおれはハルのそっけない返答に安堵した。スーパーだろうが市場だろうが、「生活」するためのものが並んだ空間がおれは好きだ。瑞々しい食材やこまごまとした雑貨に囲まれながら、ここでの生活をちゃんと、真面目に考えようと思った。

ここで生きるために必要なものを、自分の手で選んで少しずつでも買いそろえようと思った。言葉ほど前向きになれたわけじゃないけれど、少なくとも投げ出すわけにはいかないのだ。

旅立ちのために最初の村で安い武器を買う勇者の気持ちが少しわかるような気がした。もちろんおれが買うのは、武器じゃなくてお野菜だが。

「もうすぐ着くけど。一体何が欲しいんだ?」

「何って夕食の、食材……」

そう答えながら、おれは重大なことに気づいた。

この、中途半端に現実的な異世界で生きていくために、おれには旅立ちの資金たるものがない。

咄嗟に立ち止まり、ズボンのポケットから薄っぺらい財布を取り出した。そもそも市役所に行くためだけに出掛けたこともあって、それほど金を持っていた自信がない。

恐る恐る札入れを開くと、奇跡的に諭吉が鎮座していた。今のおれにはもはや彼のなんとも言えない仏頂面が菩薩の微笑に見える。札の図柄が変わっても、おれは生涯諭吉を崇め奉ろうと心に決めた。

おれにしては上々出来の所持金は11054円。キャッシュカード一体型のクレジットカードも持ってはいるが、使えるような気はしない。というか、現金も使えるのかわからない。この世界の通貨は何だ。
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登場人物紹介

山田銀太(やまだ・ぎんた)

中途半端な異世界に迷い込んだ元・教師。アラサーだけど童顔で精神年齢は低め。動物と子どもに弱い世話焼き体質。

ハル

銀太が迷い込んだ異世界での「サポート役」。

不思議なアメジスト色の瞳を持つ不愛想な青年。顔立ちは整っているが表情が邪悪なため銀太に「魔王顔」呼ばわりされている。なにやら「特殊」な存在らしい。

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