第2話 勇者に必要なもの2

文字数 1,552文字


 この市役所がこんなに広いなんて知らなかった。しかも、どう考えても役所の造りとしてはおかしい、消防法に触れまくるんじゃないかという細いくねくねとした通路を進んだものだから、自分が今どこにいるのかを正確に把握することはできなかった。

―そして、冒頭(いま)に至る。

「勇者にとって、必要なものはなんだと思うかい?」

目の前の「担当部署」の職員らしい男性が重ねて問う。

現在地がわからないのでは逃げ出すわけにもいかない。せめてもの救いが、この人物たちは奇妙ではあるものの、言動から危険な感じや危害をくわえられそうな感じは受け取れなかったことだ。とりあえず、このまま黙っているわけにもいかずおれは口を開いた。

「あの、なんで『ゆうしゃ』なんですか?」

男性は質問返しをしたおれにきょとんとした。思いもよらぬことを聞かれた、とでもいうように。

「番号を取得するには、それが一番早いからだよ。勇者になりなさい。その後は、好きな道を選べばいい」

「はぁ……。早いんですか」

勇者といえば、ゲームや小説ではまさに主役級の、そして目指すところの最高到達地点ではないのだろうか。そんな「とりあえずなっときなさい」的な扱いの称号ではないはずだが、そんな勇者論議を繰り広げるエネルギーは今のおれには残されていない。

もしかして、おれの思っている「勇者」とは違う類の「ゆうしゃ」なる職業なり身分なりが、現代社会に導入でもされたのだろうかと少し訝り、それ以上は考えるのを放棄してとりあえず職員の説明に無理やり耳を傾けた。

「そうだよ。それに、『勇者』を目指すものには初期サポートもつくからね。さて、では質問に戻ろう。『勇者』に必要なものは?」

「……」

もう何からつっ込むべきかもわからない。この質問に答えてこの役所らしき異空間から出られるのなら、それが今の最優先事項だ。おれは自分の頭の中の小説やゲームの記憶を総動員した。

「えーと、やっぱりあれですかね。希望とか、絆とか、平和を願う心とか、ですかね。」

この歳になってこんなワードを口にする日が来ようとは。友達や家族に聞かれたら一生分のネタを提供することになる。もしかして、そういうドッキリだったりしないだろうか…それにしては手が込みすぎているけれど。

なんやかんやと葛藤しながらのおれの渾身の解答を聞いて、目の前の「担当者」は不思議そうに目を瞬いた。

「君は、不思議な考え方をするんだね。でも、そういったものは残念ながら支給品の中にはないんだよ。」

「しきゅう、ひん?」

「そうだ。さしあたって、勇者になるなら必要なものは剣と、ノートだね。剣はあとでサポートの職員から届けさせよう。これが、ノートだよ。」

「ノート…。」

辛うじて「勇者」らしきワードが出てきたものの、剣なんて届けられて大丈夫なんだろうか。市役所からの支給品なら銃刀法違反にならない…わけもないし。とりあえず差し出されたノートを受け取ってめくってみると、なんの愛想もへんてつもない、B罫線の大学ノートだった。文房具屋の店頭で5冊セットでお買い得商品になっていそうなやつだ。心なしか、表紙の縁のあたりが日焼けで変色しているようにも見えた。

「このノートは、何に使うんですか?」

ひととおりめくってみても何も書かれていなかったので、使い道の見当が一切つかずに思わず質問してしまった。自分の無駄な柔軟性が恨めしい。

「ノートはもちろん書くためにあるんだよ。君の勇者としての実績を記録しておくために使ってくれ。何かを進めるうえで悩んだときも、一度書いて考えるといいかもしれない。」

やはり要領を得ない意味不明な回答しか得られなかった。くれるというなら受け取って、レシートの整理用にでもさせてもらおう。そう切り替えてノートをバッグにしまうおれを見て、担当者は満足そうに頷いた。

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登場人物紹介

山田銀太(やまだ・ぎんた)

中途半端な異世界に迷い込んだ元・教師。アラサーだけど童顔で精神年齢は低め。動物と子どもに弱い世話焼き体質。

ハル

銀太が迷い込んだ異世界での「サポート役」。

不思議なアメジスト色の瞳を持つ不愛想な青年。顔立ちは整っているが表情が邪悪なため銀太に「魔王顔」呼ばわりされている。なにやら「特殊」な存在らしい。

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