第16話 勇者のお仕事探し2
文字数 1,205文字
翌朝、おれはリビングのフローリングの上で目覚めた。布団もベッドもソファもないのだからしかたがない。キッチン周辺と比べると、それ以外の生活空間にはおおよそ必要とされるものがほとんどなかった。異世界の空き家としてどちらの状態が正しいのかはわからないが、なぜそこまでの差が生じたのかはもっとよくわからない。カバンに詰め込まれていたパーカーやスポーツタオルを簡易的に活用はしてみたものの、やはり身体じゅうが痛かった。
軽く呻き声をあげながら起き上がると、開け放した窓から入ってきた小さな風が頬をくすぐった。
わけのわからない異世界に来ても、太陽の光とそよ風はちゃんと無料だ。元居た世界の太陽と同じものの光なのかは考えても果てしない頭痛しか呼ばない気がしたので考えることを放棄しておいた。
昨日の晩飯の残り物でも温めようかと立ち上がったところで、ギ……と音がした。
地獄のフタとか、ミイラの棺とか、ドラキュラの墓場とか、なんか「ザ・この世の不吉なもの」が開くときの王道みたいな音だ。それでもさすがにミイラやドラキュラよりはマシだろう、とも言い切れないものが這い出てきたから余計にたちが悪い。
「…………出入口が狭い」
目元に掛かった黒髪をうるさそうに払いながら、不機嫌顔のハルがクローゼットの中から湧いてきた。
どこのホラー映画だと突っ込みたくなる登場で、さすがに「うわぁ」とか「ぎゃあ」とか叫ぶ権利くらいはおれにもあると思ったが、寝起きで反応が遅れたのと、体力の無駄遣いにしかならないと判断したのでやめた。
ハルはそれほど大きくないクローゼットの中から長身を窮屈に折りたたむようにして這い出てくると、相変わらず不思議な紫の瞳で部屋の中をぐるりと見渡した。
今日はスーツやカッターを着ていなくて、シンプルなネイビーのVネックに質の良さそうな黒のパンツという服装だ。異様な迫力さえ気にしなければ、何を着てもサマになっている。
「…………おはよう、ハル。何か用か?」
しばらくそんなハルの様子を見守ったあと、おれはとりあえずそう尋ねてみた。まさかハルが、おれに朝の挨拶をするためにこの暗黒召喚術の失敗版みたいな登場をしたわけもないだろう。そして天使の福音みたいな心温まる報せを持ってくるわけもないだろう。あまり良くない情報なら、朝食の前にとりあえず聞いてしまいたかった。
ハルはなぜかおれの方を見て目を瞬いた。ものすごく不思議なものを見るように、だ。たった今クローゼットの中から現れた奴に、そんなに物珍しそうに眺められるのは少し癪だった。ハルは少しだけアメジストの目を泳がせた。
「…………おは、よう」
初めて口にする呪文のようにたどたどしい挨拶だ。カジュアルな服装のせいで心なしか、本当に微かに、親しみやすいような気がするようなしないような。それでもやはり洗練されたと言わざるを得ないハルの外見とはミスマッチな、覚束ない響きがなぜか耳に残った。
軽く呻き声をあげながら起き上がると、開け放した窓から入ってきた小さな風が頬をくすぐった。
わけのわからない異世界に来ても、太陽の光とそよ風はちゃんと無料だ。元居た世界の太陽と同じものの光なのかは考えても果てしない頭痛しか呼ばない気がしたので考えることを放棄しておいた。
昨日の晩飯の残り物でも温めようかと立ち上がったところで、ギ……と音がした。
地獄のフタとか、ミイラの棺とか、ドラキュラの墓場とか、なんか「ザ・この世の不吉なもの」が開くときの王道みたいな音だ。それでもさすがにミイラやドラキュラよりはマシだろう、とも言い切れないものが這い出てきたから余計にたちが悪い。
「…………出入口が狭い」
目元に掛かった黒髪をうるさそうに払いながら、不機嫌顔のハルがクローゼットの中から湧いてきた。
どこのホラー映画だと突っ込みたくなる登場で、さすがに「うわぁ」とか「ぎゃあ」とか叫ぶ権利くらいはおれにもあると思ったが、寝起きで反応が遅れたのと、体力の無駄遣いにしかならないと判断したのでやめた。
ハルはそれほど大きくないクローゼットの中から長身を窮屈に折りたたむようにして這い出てくると、相変わらず不思議な紫の瞳で部屋の中をぐるりと見渡した。
今日はスーツやカッターを着ていなくて、シンプルなネイビーのVネックに質の良さそうな黒のパンツという服装だ。異様な迫力さえ気にしなければ、何を着てもサマになっている。
「…………おはよう、ハル。何か用か?」
しばらくそんなハルの様子を見守ったあと、おれはとりあえずそう尋ねてみた。まさかハルが、おれに朝の挨拶をするためにこの暗黒召喚術の失敗版みたいな登場をしたわけもないだろう。そして天使の福音みたいな心温まる報せを持ってくるわけもないだろう。あまり良くない情報なら、朝食の前にとりあえず聞いてしまいたかった。
ハルはなぜかおれの方を見て目を瞬いた。ものすごく不思議なものを見るように、だ。たった今クローゼットの中から現れた奴に、そんなに物珍しそうに眺められるのは少し癪だった。ハルは少しだけアメジストの目を泳がせた。
「…………おは、よう」
初めて口にする呪文のようにたどたどしい挨拶だ。カジュアルな服装のせいで心なしか、本当に微かに、親しみやすいような気がするようなしないような。それでもやはり洗練されたと言わざるを得ないハルの外見とはミスマッチな、覚束ない響きがなぜか耳に残った。