第19話 勇者のお仕事探し5
文字数 2,012文字
眉間にしわを寄せた表情は朝食をふるまわれることを喜んでいるようには見えないが、かといってそれほど不快に思っているようにも見えなかった。どちらかといえば戸惑っていると言った方が近そうだ。
大体本当に嫌なら、コイツは大人しく黙って座ってなんかいないだろう。
ハルは未知のものと遭遇したように、何かを見極めるような鋭い視線でコロッケを睨みつけている。コロッケが気の毒になるほどの迫力だ。しかしハルにとっては本当に未知の食べ物なのかもしれない。
別に無理に食べさせたいわけではなかったので、ハルの動向はあまり気にせずにおれは自分の分のコロッケをほおばった。さすがに一度冷蔵庫に入れたものだから昨日ほどのサクサク感は失われていたが、それでもやはりフライパンで温めたのは正解だった。
おれがコロッケを咀嚼しながら今日のこの後のことをぼんやりと考えていると、コロッケを睨みつけていたハルが意を決したように手を伸ばし、口元に運んで齧りついた。
躊躇していた割には思い切りが良い。勢いよく齧ったものだから口の横に衣の欠片がついたままになり、でも本人は気にする様子もなくコロッケを頬張っている。
最初の一口目で驚いたように目を見開き、その後は眉間のこわばりが緩んで無言でもぐもぐと口を動かし続けている。
その様子は整った涼し気な顔立ちと恐ろしくミスマッチだったが、なんだか少し可愛らしく思えた。反抗期の中学生の意外な表情を見つけたときのような気持ちだ。こうなるともう少し構いたくなってしまうのはおれの職業病なのか、単にそういう性質なのかわからないが、とりあえずハムスターのようにもすもすとコロッケを頬張っているハルはなかなかおもしろい。
「…うまい?」
にやけそうになる表情をなんとか抑えながらそう聞くと、ハルはふいと顔を逸らした。
「……まずくはない」
ぼそりとそう言うと、長い指についた衣の欠片をぺろりと舐めた。それから、思い出したように眉間のしわを再び顔に貼りつけ、おれの方に向き直った。
「おれは食事をする必要はない」
「え、そうなの? 腹減ったりしないのか?」
突然特殊な生態(?)を打ち明けられて一瞬目を見開く。しかしハルの場合、失礼だが一般的な人間とまったく同じ構造であると言われる方が違和感がある気がする。ちょっとくらい超人的なところがあった方がこの存在の説明はうまくつきそうだ。それにしてもエンゲル係数的に魅力的な能力に興味が湧いた。
「腹は減る。……別のものを食っている」
「……おれ、食われないよな?」
咄嗟に距離を取りながら聞き返すと、ハルは口の端で笑った。そこははっきりと否定してほしかった。怖すぎる。
「知りたいか?」
さっきまでもすもすとコロッケ食っていたときはちょっと可愛いとさえ思った表情はがらりと変わり、ハルはアメジストの眼を妖しく光らせながらにやりと笑ってそう尋ねる。完全に魔王モードだ。だから、怖いってその顔。
「知りたいような、知りたくないような……。とりあえず、ハルには飯はいらないってことか。いいな、食費かからなくて」
まさか本当に食われることもないだろうし、仮にそうだとしてもどのみちおれにはどうしようもない。それに、どちらかというとおれの反応で遊んでいるような気がする。
相手が子どもならあえてノッてやってもいいのだが、さすがにいい大人に遊ばれるのは少し癪だったので、できるだけ平然を装って適当な感想を述べておいた。
「食費って……。そんな所帯じみた感想で片づけられたのは初めてだぞ。まぁ、別にいいけど」
ハルは気が抜けたようにそう言った。そういう表情をしているとちゃんとおれより若く見える。無駄に恐ろしい思いをした気もするけれど、ひとりじゃない食事も、誰かに料理を食べてもらうのも久しぶりで悪くはない。
それに、この異様な青年にもずいぶん慣れてきたのだろう。謎の圧に惑わされずに落ち着いて見れば、わりと表情豊かなのかもしれないとさえ思えるようになってきた。食べる必要はなくても食べられるようだし、またコロッケを作りすぎたときには呼んでみようと思った。
「それはそうと、ハル、おれ働きたいんだけど。ハルと違って食費もいるし、何もしないでいるわけにもいかないし」
ハルに訊くべきかは悩んだが、結局尋ねてみることにした。どのみちハルに隠れて仕事をすることもできないだろうし、この世界のシステムも今はまだよくわからない。少し打ち解けた…とは言えないかもしれないが、少なくともあの役所にもう一度出向いて迷路のような問答をするよりは、ハルに聞いた方が早いような気はした。
ハルはおれの言葉にさして驚いた様子もなく、軽く頷いた。
「仕事がほしいならあそこに行けばいい。いろんな仕事とか、依頼が集まってくるから」
「おぉ、そんな場所が……」
なんだかゲームでよくある「酒場」的なマップが解放されそうだ。ハルは軽く首を回し、「ためしに行ってみるか」と言って立ち上がった。
大体本当に嫌なら、コイツは大人しく黙って座ってなんかいないだろう。
ハルは未知のものと遭遇したように、何かを見極めるような鋭い視線でコロッケを睨みつけている。コロッケが気の毒になるほどの迫力だ。しかしハルにとっては本当に未知の食べ物なのかもしれない。
別に無理に食べさせたいわけではなかったので、ハルの動向はあまり気にせずにおれは自分の分のコロッケをほおばった。さすがに一度冷蔵庫に入れたものだから昨日ほどのサクサク感は失われていたが、それでもやはりフライパンで温めたのは正解だった。
おれがコロッケを咀嚼しながら今日のこの後のことをぼんやりと考えていると、コロッケを睨みつけていたハルが意を決したように手を伸ばし、口元に運んで齧りついた。
躊躇していた割には思い切りが良い。勢いよく齧ったものだから口の横に衣の欠片がついたままになり、でも本人は気にする様子もなくコロッケを頬張っている。
最初の一口目で驚いたように目を見開き、その後は眉間のこわばりが緩んで無言でもぐもぐと口を動かし続けている。
その様子は整った涼し気な顔立ちと恐ろしくミスマッチだったが、なんだか少し可愛らしく思えた。反抗期の中学生の意外な表情を見つけたときのような気持ちだ。こうなるともう少し構いたくなってしまうのはおれの職業病なのか、単にそういう性質なのかわからないが、とりあえずハムスターのようにもすもすとコロッケを頬張っているハルはなかなかおもしろい。
「…うまい?」
にやけそうになる表情をなんとか抑えながらそう聞くと、ハルはふいと顔を逸らした。
「……まずくはない」
ぼそりとそう言うと、長い指についた衣の欠片をぺろりと舐めた。それから、思い出したように眉間のしわを再び顔に貼りつけ、おれの方に向き直った。
「おれは食事をする必要はない」
「え、そうなの? 腹減ったりしないのか?」
突然特殊な生態(?)を打ち明けられて一瞬目を見開く。しかしハルの場合、失礼だが一般的な人間とまったく同じ構造であると言われる方が違和感がある気がする。ちょっとくらい超人的なところがあった方がこの存在の説明はうまくつきそうだ。それにしてもエンゲル係数的に魅力的な能力に興味が湧いた。
「腹は減る。……別のものを食っている」
「……おれ、食われないよな?」
咄嗟に距離を取りながら聞き返すと、ハルは口の端で笑った。そこははっきりと否定してほしかった。怖すぎる。
「知りたいか?」
さっきまでもすもすとコロッケ食っていたときはちょっと可愛いとさえ思った表情はがらりと変わり、ハルはアメジストの眼を妖しく光らせながらにやりと笑ってそう尋ねる。完全に魔王モードだ。だから、怖いってその顔。
「知りたいような、知りたくないような……。とりあえず、ハルには飯はいらないってことか。いいな、食費かからなくて」
まさか本当に食われることもないだろうし、仮にそうだとしてもどのみちおれにはどうしようもない。それに、どちらかというとおれの反応で遊んでいるような気がする。
相手が子どもならあえてノッてやってもいいのだが、さすがにいい大人に遊ばれるのは少し癪だったので、できるだけ平然を装って適当な感想を述べておいた。
「食費って……。そんな所帯じみた感想で片づけられたのは初めてだぞ。まぁ、別にいいけど」
ハルは気が抜けたようにそう言った。そういう表情をしているとちゃんとおれより若く見える。無駄に恐ろしい思いをした気もするけれど、ひとりじゃない食事も、誰かに料理を食べてもらうのも久しぶりで悪くはない。
それに、この異様な青年にもずいぶん慣れてきたのだろう。謎の圧に惑わされずに落ち着いて見れば、わりと表情豊かなのかもしれないとさえ思えるようになってきた。食べる必要はなくても食べられるようだし、またコロッケを作りすぎたときには呼んでみようと思った。
「それはそうと、ハル、おれ働きたいんだけど。ハルと違って食費もいるし、何もしないでいるわけにもいかないし」
ハルに訊くべきかは悩んだが、結局尋ねてみることにした。どのみちハルに隠れて仕事をすることもできないだろうし、この世界のシステムも今はまだよくわからない。少し打ち解けた…とは言えないかもしれないが、少なくともあの役所にもう一度出向いて迷路のような問答をするよりは、ハルに聞いた方が早いような気はした。
ハルはおれの言葉にさして驚いた様子もなく、軽く頷いた。
「仕事がほしいならあそこに行けばいい。いろんな仕事とか、依頼が集まってくるから」
「おぉ、そんな場所が……」
なんだかゲームでよくある「酒場」的なマップが解放されそうだ。ハルは軽く首を回し、「ためしに行ってみるか」と言って立ち上がった。