第13話 勇者の拠点1
文字数 1,478文字
おれのささやかな礼を聞いて、ハルは相変わらず不思議なアメジストの目を驚いたようにぱちぱちとさせた。
意外な表情に、もしかしたらこの人はデフォルトが不機嫌顔なだけなのかもしれないとおれは思った。そう思ってもう一度顔をしっかりと眺めてみたが、やはり漆黒の髪と切れ長の紫の眼光、鼻筋のとおった整った輪郭が放つ異様な迫力は否定できない。さすがに悪人だとは思えないし感謝しているのは嘘じゃないが、この謎の圧に慣れるのにはもう少しかかりそうだ。
「…おまえ、本当に変わってるな。」
おれがハルを眺めるよりももっと不思議そうに、ハルはおれを眺めた。それから呟くようにそう言った。驚いているのか、呆れているのか、感心しているのか、それとももっと他の感情なのか、その言葉の主成分は読み取れない。
ハルは薄い唇の端を引き上げ、「にやり」としか形容のできない笑みを浮かべた。
ここで「ふわり」とか「にこり」とかいう風に微笑まれたとしたら、おれは完全にハルに対して持った第一印象を返上していただろう。でもハルの笑みはそんな生易しい形容が当てはまるものではなかった。そして、やはり目の前のこの存在がそれほど生暖かいものではないのだと、おれは悟った。食材で9割釣られかけていた理性が、防衛本能によって引き戻された。
「銀。おれはな、この世界でずいぶん退屈してんだ。でもおまえといると少し紛れそうな気がする…。楽しみだな。」
舌なめずりでもしそうな顔で言われても、おれには楽しみどころか恐怖しか湧いてこない。
「…いや、おれなんかそんな、面白くもなんとも…。」
とりあえずよくわからない興味から逃れたくて咄嗟に口にしかけた大した意味のない言葉を言い切らないうちに、ハルはおれの横をすり抜け、なぜか部屋の奥にあるウォークインクローゼットのような扉の前に立つと、満足げに頷いた。
「…よし。久しぶりに『つないで』おくか。」
そう呟いたハルの手が扉に触れた瞬間、眩暈のような感覚をおぼえた。足元と視界が,無理やりぐにゃりと歪められたような感覚だ。
自慢じゃないがおれは体力だけが取り柄のような奴だし、生まれてこの方体調不良による眩暈なんて体験したことはない。いくら異世界に来たからって体質がそうころりと変わるわけもないし、もしかしたら今のは、おれの「感覚」じゃなくて本当にこの空間が歪められたのかもしれない。
目の前の魔王顔の黒スーツ男は、それくらいやってのけそうな異様な迫力とオーラを纏っているように見えた。
「問題ねぇな。じゃあおれは帰るけど、用があればここから呼んでくれ。」
振り返ったハルは何でもないように「ここ」と言ってクローゼットの扉をこつんと叩いた。クローゼットの中にでも居座る気なのだろうか。
押し入れの中にちょこんと座る魔王様…を想像しようと思ったけど無理だった。クローゼットを開ければ漆黒の闇の中に光る紫の眼光。「おい」と地を這うような声と実際に這い出る長い手足。…完全なホラーだ。ちゃちなシナリオでも、この迫力では笑えない。
引きつった顔でハルとクローゼットの扉を交互に見やり絶句するおれを見て、ハルは一瞬首を傾げ、可笑しそうに笑った。
「心配しなくても、おれも押し入れの中は好きじゃない。おれの家と『つないだ』だけだ。この扉を使って、行き来できるようにした。」
「…そんな簡単に。」
やっと待望の「異世界っぽい」展開来た、とは思ったが、あまり歓迎はできなかった。つまりはおれのささやかなマイホームが魔王城の配下に入ったということになるし、とりあえず、クローゼットの収納スペースが失われたことをおれは悲しんだ。
意外な表情に、もしかしたらこの人はデフォルトが不機嫌顔なだけなのかもしれないとおれは思った。そう思ってもう一度顔をしっかりと眺めてみたが、やはり漆黒の髪と切れ長の紫の眼光、鼻筋のとおった整った輪郭が放つ異様な迫力は否定できない。さすがに悪人だとは思えないし感謝しているのは嘘じゃないが、この謎の圧に慣れるのにはもう少しかかりそうだ。
「…おまえ、本当に変わってるな。」
おれがハルを眺めるよりももっと不思議そうに、ハルはおれを眺めた。それから呟くようにそう言った。驚いているのか、呆れているのか、感心しているのか、それとももっと他の感情なのか、その言葉の主成分は読み取れない。
ハルは薄い唇の端を引き上げ、「にやり」としか形容のできない笑みを浮かべた。
ここで「ふわり」とか「にこり」とかいう風に微笑まれたとしたら、おれは完全にハルに対して持った第一印象を返上していただろう。でもハルの笑みはそんな生易しい形容が当てはまるものではなかった。そして、やはり目の前のこの存在がそれほど生暖かいものではないのだと、おれは悟った。食材で9割釣られかけていた理性が、防衛本能によって引き戻された。
「銀。おれはな、この世界でずいぶん退屈してんだ。でもおまえといると少し紛れそうな気がする…。楽しみだな。」
舌なめずりでもしそうな顔で言われても、おれには楽しみどころか恐怖しか湧いてこない。
「…いや、おれなんかそんな、面白くもなんとも…。」
とりあえずよくわからない興味から逃れたくて咄嗟に口にしかけた大した意味のない言葉を言い切らないうちに、ハルはおれの横をすり抜け、なぜか部屋の奥にあるウォークインクローゼットのような扉の前に立つと、満足げに頷いた。
「…よし。久しぶりに『つないで』おくか。」
そう呟いたハルの手が扉に触れた瞬間、眩暈のような感覚をおぼえた。足元と視界が,無理やりぐにゃりと歪められたような感覚だ。
自慢じゃないがおれは体力だけが取り柄のような奴だし、生まれてこの方体調不良による眩暈なんて体験したことはない。いくら異世界に来たからって体質がそうころりと変わるわけもないし、もしかしたら今のは、おれの「感覚」じゃなくて本当にこの空間が歪められたのかもしれない。
目の前の魔王顔の黒スーツ男は、それくらいやってのけそうな異様な迫力とオーラを纏っているように見えた。
「問題ねぇな。じゃあおれは帰るけど、用があればここから呼んでくれ。」
振り返ったハルは何でもないように「ここ」と言ってクローゼットの扉をこつんと叩いた。クローゼットの中にでも居座る気なのだろうか。
押し入れの中にちょこんと座る魔王様…を想像しようと思ったけど無理だった。クローゼットを開ければ漆黒の闇の中に光る紫の眼光。「おい」と地を這うような声と実際に這い出る長い手足。…完全なホラーだ。ちゃちなシナリオでも、この迫力では笑えない。
引きつった顔でハルとクローゼットの扉を交互に見やり絶句するおれを見て、ハルは一瞬首を傾げ、可笑しそうに笑った。
「心配しなくても、おれも押し入れの中は好きじゃない。おれの家と『つないだ』だけだ。この扉を使って、行き来できるようにした。」
「…そんな簡単に。」
やっと待望の「異世界っぽい」展開来た、とは思ったが、あまり歓迎はできなかった。つまりはおれのささやかなマイホームが魔王城の配下に入ったということになるし、とりあえず、クローゼットの収納スペースが失われたことをおれは悲しんだ。