第52話 理事長の計画
文字数 2,822文字
部長会後。
生徒会室では、二週間後に控える部活対抗戦の準備が行われていた。
当日のプログラムや、会場の決定から準備など、本番までやることが多くかなりいそがしくなりそうだった。
生徒会長である壱与は、部活対抗戦で対戦する部活の確認をしていた。
対面に座っている副会長と、部活対抗戦について話をしている。
「今年度が始まった頃にあった部活数は160程度。いままでに廃部にした部は20ですが、目標にはほど遠いです。なので部活対抗戦で最初の半分の80くらいまで減らしておきたいと思います。まあ、これでも部活動の数はまだまだ多いのですけど」
壱与が副会長に廃部リストの紙を差し出すと、副会長はうなづいてそれを受け取った。
「そうだね。一度に部活の数を減らしすぎても反発がふえるだけだから、今年はこのくらいでもいいと思う。僕は今年で卒業だから、あとは来年から君たちが少しずつでも部活の数を減らしておいてくれよ」
「私、来年も生徒会にいるとは限らないんですけど」
「続ける気はないのかい? まあこんな憎まれ役、あまり続けてやりたいものじゃないからね。えーっと、僕は廃部になった部にフォローを入れておけばいいのかな?」
「はい、お願いします。これも大変なことでしょうけど」
「好きで入った生徒会の仕事だからね。文句は言えないよ」
そのとき、
ピンポンパンポン。
校内放送のチャイムが鳴った。
「生徒の呼び出しをします。生徒会長の壱与さん。至急、理事長室まで来てください。理事長がお呼びです。繰り返します――」
「会長。呼び出しみたいだよ。行ってきたら?」
「いきなりなんなのかしら……。副会長。私がいない間、ここはよろしく頼むわね」
「了解。まかせてよ」
壱与は生徒会室を出て、一階にある理事長室に向かった。
「おじいさまったら、いったいどういうつもりかしら。話があるなら、別に学校でなくてもいいのに」
理事長は壱与のおじいさん。学校で会わなくとも、会おうと思えばいつでもプライベートで会える関係。
壱与はまったく心当たりがない呼び出しに、なにか違和感を覚えた。
理事長室まで来た壱与は、ノックをしてドアを開ける。
「入ります」
理事長は、立った状態でグラウンドでやっている部活の様子を眺めていた。
「おじいさま。なにかご用ですか?」
壱与は理事長机の前までやって来た。
「おお壱与、来たか。今日はいい話があるぞ」
いつもとは違う、どことなく浮かれた声。理事長は上機嫌な様子だった。
理事長に勧められて、壱与は来客用のソファーに座る。理事長もその対面のソファーに腰をかけた。
「じつはな。以前から秘密で話を進めていたことがあるんだが、今回ようやく相手方から承諾してもらえたのだよ」
理事長は二枚の写真を胸ポケットから取り出して、机の上に置いた。
「これは?」
壱与と同じ年頃の、男性と女性の写真。
壱与はこの二人の顔を知っていた。
「どうだ? 誰だかわかるか?」
「ええ。いま話題のアイドル、『ゆうた』と『あみ』ですよね。彼らは有名人だから、そのくらいはわかっていますわ。でも、この二人がどうかしたんですか?」
「じつはな、二人とも我が高校に特待生として迎え入れることになった。仕事もいそがしいから、他の生徒と同じようにずっと学校に通うということはできないのだがな」
「ふーん」
だからどうしたというのだろうか。
そんなことを知らせるためだけにわざわざ呼ばれたとは思えない。
「……壱与は、我が校への入学志願者が年々減っているのは知っているな」
「はい。今年は全盛期の半分くらいになったとか」
「うむ。さすがになにか手を打っておかねばならないと、前々から考えていたのだ」
「はあ」
理事長が二枚の写真を指さした。
「そこで、だ。アイドルが通う学校として、我が校は新たに人気を得たいと思っている。彼らは昼休みに学食でのオンエアもやってくれるらしい。アイドルの生オンエアを観ることができる学校。どうだ。すごく魅力的な学校だろう?」
「好きな人にはたまらないでしょうね。でも、いま学食のオンエア室はオンエア部が使用しているので、彼らが使うのはちょっと……」
「壱与……いや、生徒会長に頼みがある。そのオンエア部を、今度の部活対抗戦で廃部にするように仕向けることができないだろうか。彼らアイドルが活動していく上では、オンエア部はじゃまな存在なのだよ」
「なっ。オンエア部を廃部に!?」
壱与は顔色を変えた。
「オンエア部は元々、今回の部活対抗戦の勝敗に関係なく残す予定の部に入っていますわ。それに、佐与が最近オンエア部に仮入部して、やっと笑顔を取り戻してきたというのに。こんな時に、よりにもよってそのオンエア部を廃部にするなんて」
壱与は少し感情的になっていた。
妹の佐与のことを考えると、生徒会にいるよりもこのままオンエア部に入部してくれたほうが佐与のためだと思っている。
「佐与か……。以前は私の言うことをよく聞くいい子だったのに。いつの間にか生徒会も辞めてしまったようだな」
「佐与はおじいさまの操り人形じゃないわ。オンエア部に行くようになって、最近はすごく明るくなった。なのに、その居場所を奪うなんて私にはできない」
「壱与。私情をはさんでは学校経営なんかやってられないんだよ。時には無情とも言える決断をしなければならない」
「それはそうですが……」
「部活動の圧倒的な多さに代わる、我が校の新しい目玉。新学食棟と、中の見えるオンエア室。そしてこれからやろうとしている、現役アイドル生徒による公開オンエア。これは学食棟を建て直す前から、すでに計画していたことなんだよ。いまさら佐与一人のために、この計画を中止することはできない」
「でも……」
頭ではわかってはいるが、納得はできなかった。
「それとも、ここで断って生徒会長の座を他の人にゆずるかね? 後任の生徒会長はもっと聞き分けのいい子にやってもらう予定だがね」
「くっ、卑怯な」
理事長の操り人形のような生徒会長が誕生したら、それこそ生徒会や部活動は今以上にめちゃくちゃになってしまう。
それだけは絶対に避けたかった。
「……わかりました。部活対抗戦でオンエア部の対戦は、私がうまく手配しておきます」
「おお、やってくれるか。さすがは我が孫。ではオンエア部には、新たに我が校に入学するアイドル二人と対戦してもらうことにしよう」
「……そのかわり、オンエア部が部活対抗戦で勝てば、部の存続は認めてくださるのでしょうね?」
「いいとも。まあ、現役アイドルが相手じゃその可能性もゼロに等しいがね。がっはっは」
「……失礼します」
壱与は怒りを抑えて理事長室を出た。
いつも冷静な壱与も、今回ばかりはかなり動揺していた。
大変だわ。
このままじゃオンエア部がつぶされちゃうじゃない。とりあえず、オンエア部の真雪さんたちにこのことを言わないと。
壱与は真雪たちがいるだろう学食のほうに走っていった。
生徒会室では、二週間後に控える部活対抗戦の準備が行われていた。
当日のプログラムや、会場の決定から準備など、本番までやることが多くかなりいそがしくなりそうだった。
生徒会長である壱与は、部活対抗戦で対戦する部活の確認をしていた。
対面に座っている副会長と、部活対抗戦について話をしている。
「今年度が始まった頃にあった部活数は160程度。いままでに廃部にした部は20ですが、目標にはほど遠いです。なので部活対抗戦で最初の半分の80くらいまで減らしておきたいと思います。まあ、これでも部活動の数はまだまだ多いのですけど」
壱与が副会長に廃部リストの紙を差し出すと、副会長はうなづいてそれを受け取った。
「そうだね。一度に部活の数を減らしすぎても反発がふえるだけだから、今年はこのくらいでもいいと思う。僕は今年で卒業だから、あとは来年から君たちが少しずつでも部活の数を減らしておいてくれよ」
「私、来年も生徒会にいるとは限らないんですけど」
「続ける気はないのかい? まあこんな憎まれ役、あまり続けてやりたいものじゃないからね。えーっと、僕は廃部になった部にフォローを入れておけばいいのかな?」
「はい、お願いします。これも大変なことでしょうけど」
「好きで入った生徒会の仕事だからね。文句は言えないよ」
そのとき、
ピンポンパンポン。
校内放送のチャイムが鳴った。
「生徒の呼び出しをします。生徒会長の壱与さん。至急、理事長室まで来てください。理事長がお呼びです。繰り返します――」
「会長。呼び出しみたいだよ。行ってきたら?」
「いきなりなんなのかしら……。副会長。私がいない間、ここはよろしく頼むわね」
「了解。まかせてよ」
壱与は生徒会室を出て、一階にある理事長室に向かった。
「おじいさまったら、いったいどういうつもりかしら。話があるなら、別に学校でなくてもいいのに」
理事長は壱与のおじいさん。学校で会わなくとも、会おうと思えばいつでもプライベートで会える関係。
壱与はまったく心当たりがない呼び出しに、なにか違和感を覚えた。
理事長室まで来た壱与は、ノックをしてドアを開ける。
「入ります」
理事長は、立った状態でグラウンドでやっている部活の様子を眺めていた。
「おじいさま。なにかご用ですか?」
壱与は理事長机の前までやって来た。
「おお壱与、来たか。今日はいい話があるぞ」
いつもとは違う、どことなく浮かれた声。理事長は上機嫌な様子だった。
理事長に勧められて、壱与は来客用のソファーに座る。理事長もその対面のソファーに腰をかけた。
「じつはな。以前から秘密で話を進めていたことがあるんだが、今回ようやく相手方から承諾してもらえたのだよ」
理事長は二枚の写真を胸ポケットから取り出して、机の上に置いた。
「これは?」
壱与と同じ年頃の、男性と女性の写真。
壱与はこの二人の顔を知っていた。
「どうだ? 誰だかわかるか?」
「ええ。いま話題のアイドル、『ゆうた』と『あみ』ですよね。彼らは有名人だから、そのくらいはわかっていますわ。でも、この二人がどうかしたんですか?」
「じつはな、二人とも我が高校に特待生として迎え入れることになった。仕事もいそがしいから、他の生徒と同じようにずっと学校に通うということはできないのだがな」
「ふーん」
だからどうしたというのだろうか。
そんなことを知らせるためだけにわざわざ呼ばれたとは思えない。
「……壱与は、我が校への入学志願者が年々減っているのは知っているな」
「はい。今年は全盛期の半分くらいになったとか」
「うむ。さすがになにか手を打っておかねばならないと、前々から考えていたのだ」
「はあ」
理事長が二枚の写真を指さした。
「そこで、だ。アイドルが通う学校として、我が校は新たに人気を得たいと思っている。彼らは昼休みに学食でのオンエアもやってくれるらしい。アイドルの生オンエアを観ることができる学校。どうだ。すごく魅力的な学校だろう?」
「好きな人にはたまらないでしょうね。でも、いま学食のオンエア室はオンエア部が使用しているので、彼らが使うのはちょっと……」
「壱与……いや、生徒会長に頼みがある。そのオンエア部を、今度の部活対抗戦で廃部にするように仕向けることができないだろうか。彼らアイドルが活動していく上では、オンエア部はじゃまな存在なのだよ」
「なっ。オンエア部を廃部に!?」
壱与は顔色を変えた。
「オンエア部は元々、今回の部活対抗戦の勝敗に関係なく残す予定の部に入っていますわ。それに、佐与が最近オンエア部に仮入部して、やっと笑顔を取り戻してきたというのに。こんな時に、よりにもよってそのオンエア部を廃部にするなんて」
壱与は少し感情的になっていた。
妹の佐与のことを考えると、生徒会にいるよりもこのままオンエア部に入部してくれたほうが佐与のためだと思っている。
「佐与か……。以前は私の言うことをよく聞くいい子だったのに。いつの間にか生徒会も辞めてしまったようだな」
「佐与はおじいさまの操り人形じゃないわ。オンエア部に行くようになって、最近はすごく明るくなった。なのに、その居場所を奪うなんて私にはできない」
「壱与。私情をはさんでは学校経営なんかやってられないんだよ。時には無情とも言える決断をしなければならない」
「それはそうですが……」
「部活動の圧倒的な多さに代わる、我が校の新しい目玉。新学食棟と、中の見えるオンエア室。そしてこれからやろうとしている、現役アイドル生徒による公開オンエア。これは学食棟を建て直す前から、すでに計画していたことなんだよ。いまさら佐与一人のために、この計画を中止することはできない」
「でも……」
頭ではわかってはいるが、納得はできなかった。
「それとも、ここで断って生徒会長の座を他の人にゆずるかね? 後任の生徒会長はもっと聞き分けのいい子にやってもらう予定だがね」
「くっ、卑怯な」
理事長の操り人形のような生徒会長が誕生したら、それこそ生徒会や部活動は今以上にめちゃくちゃになってしまう。
それだけは絶対に避けたかった。
「……わかりました。部活対抗戦でオンエア部の対戦は、私がうまく手配しておきます」
「おお、やってくれるか。さすがは我が孫。ではオンエア部には、新たに我が校に入学するアイドル二人と対戦してもらうことにしよう」
「……そのかわり、オンエア部が部活対抗戦で勝てば、部の存続は認めてくださるのでしょうね?」
「いいとも。まあ、現役アイドルが相手じゃその可能性もゼロに等しいがね。がっはっは」
「……失礼します」
壱与は怒りを抑えて理事長室を出た。
いつも冷静な壱与も、今回ばかりはかなり動揺していた。
大変だわ。
このままじゃオンエア部がつぶされちゃうじゃない。とりあえず、オンエア部の真雪さんたちにこのことを言わないと。
壱与は真雪たちがいるだろう学食のほうに走っていった。