第5話 真雪、恥ずかしがる
文字数 2,530文字
現在オンエア部の部室は、校舎の四階。普段は使われていない空き教室にあった。
もともとオンエア部の部室は旧学食棟の中にあったのだか、建物の解体と同時になくなってしまった。
ここは新しい部室に移るまでの、仮の部室になっている。
真雪と明夏は、ついさっき部室の前まで来た。
明夏は戸を開けようとしたが、鍵がかかっいるようで開かなかった。
「あれ? 閉まってる」
「まだ誰も来てないみたいだね。私、鍵をとってくる」
真雪は職員室へと向かった。
部室の鍵は職員室に置いてあり、部活で必要になったときに借りに行くことになっていた。いつもは部長の樹々(じゅじゅ)が先にやってきて鍵を開けてくれているのだが、今日はまだ部室に来てなかった。
「失礼します」
あいさつをして職員室に入り、鍵の置いてある場所へと移動する。
たくさん鍵が並んでいて、その中にオンエア部部室の鍵を見つけた。
「あ、これだ。あの……鍵、お借りしまーす」
先生たちがいそがしそうな職員室の雰囲気。誰も聞こえてはいないだろうが、真雪は小声で言った。
そのままそろそろと職員室から出て行こうとすると、
「あら、もしかして真雪さん?」
職員室の入り口付近で話しかけられた。真雪が振り返ってみると、両手でたくさんの教科書を持ち歩いている人がいる。
オンエア部の先輩で、部長をしている樹々だった。
「あ、樹々先輩。部室の鍵なら私がもう」
「鍵のことじゃないわ。私はいまから教科書を持って教室に戻らなきゃ。それから授業が少しだけあるみたいだから、部室に行くのは少し遅れるのよ」
「そうですか。一緒に行けると思ってたから、ちょっと残念……」
真雪は鍵をぎゅっと握りしめながら言った。
「ちょうどよかった。今日の部活、私はちょっと遅れるってことをみんなに伝えておいてくれないかしら」
「わかりました。みんなに言っておきます」
「ありがとう。じゃ、私いそいでるからこれで」
樹々は早足で歩いていった。
廊下には他にも三年生らしき人たちがいて、樹々先輩と同じように教科書をたくさん持って歩いている。
「三年生って始業式の日にも授業があるのか。きつそうだなぁ」
来年は大学受験が控えている生徒もいるので、いそがしくなるのだろう。
真雪が部室に戻ると、明夏ともう一人、めずらしい人がいた。
樹々と同じ三年生の西瓜(すいか)先輩だった。
西瓜はいちおうオンエア部の部員ではあるが、部活にはめったに顔を出さない。それでもすごく頼りになる先輩で、これまで真雪は何度も西瓜に助けられてきた。
あと神出鬼没なところがあり、樹々からは「風来坊」とも呼ばれている。
「西瓜先輩! どうてここにいるんですか?」
「どうしてって、私も一応オンエア部の部員だからね。部活動に来たのさ。最初の日くらいは顔を出しておかないと忘れられそうでね」
「いや、私の聞きたいことはそういうことじゃなくて……」
「?」
西瓜も樹々と同じ三年生なら、いまから授業があるはず。
なのにどうして堂々とこの場所にいるのかわからなかった。
もしかしたら西瓜先輩、授業をさぼっているのかも。
真雪は気になって、聞いてみた。
「ああ、樹々と私はクラスが違うからね。私は普通クラスで、樹々は特進クラス。特進クラスは今日から授業があるんだよ。いやー、普通クラスでよかったよ」
「特進クラスか……樹々先輩は頭がいいんですね」
真雪は進級するのが精一杯の成績なので、樹々をすごいと思った。
「ほうほう。西瓜先輩は特進クラスじゃないんですか? 試験の成績はけっこういいって樹々先輩から聞いたけど」
明夏が横から話に入ってきた。
今までずっと一人で携帯ゲームをしていたが、どうやらやめたらしい。
「私が特進? まさか。授業をよくさぼってる私が、真面目に受験勉強をしている人たちのいる特進クラスなんか入れると思う?」
「それは、そのー……」
面と向かって無理とは言えない。
明夏がどう言おうか迷ってると、
「いいよ、べつに気を遣わなくたって。そもそも私は大学なんて行く気もないから普通クラスでいいんだよ。卒業したらアルバイトをしてお金貯めて、どこか遠いところに旅に出るつもりだし」
「先輩らしいですね。すごい夢だと思います」
明夏の言葉に、真雪がうんうんとうなづく。
大学に行くよりも、自由な生き方をしたほうが西瓜に合っている気がした。
うなづいている真雪を見て、西瓜はにやりと笑みを浮かべた。
「明夏ちゃん、ちょっといいかな」
「私? なんだろう」
西瓜に手招きされて、明夏は西瓜の前まで行った。
そこで、西瓜が明夏にひそひそと耳打ちをしている。
「? どうしたの? 私にも教えてよ」
真雪が話に入ってこようとするが、西瓜が真雪に向かって両手で×マークをつくる。
「真雪ちゃんはだめー。……だから、ごにょごにょ」
「なるほど。そいつは名案。ひっひっひっ」
西瓜の話を聞いた明夏は、わるだくみをしているような顔をした。
話し終えた二人は、真雪を挟みこむように左右の両側に立った。
「え? 二人ともどうしたの? 私に何かついてる?」
「明夏ちゃん、いいかい? いっせーの」
「せーっ!」
二人は両側から西瓜の腕を組んだ。
真雪は、西瓜と明夏の二人に挟み込まれるような状態になった。
「えっ、えっ。どういうこと?」
「新しいおしくらまんじゅう~」
「さあ、手をつないでー」
明夏と西瓜は、真雪にぎゅうぎゅうと詰め寄る。
板挟みにあった真雪は、肌が密着してなんだか恥ずかしくなってきた。
真雪の顔が真っ赤になっていき、顔もだんだんうつむいてきた。
「お? やっぱり真雪ちゃんには効果てきめん?」
「うりうり~、どうなの真雪~」
「あっ……えと、その……もうだめ……限界」
真雪があまりにも恥ずかしそうだったので、二人は真雪から離れた。
それから真雪は、体の力が抜けたようにその場にへたりこんでしまう。
「やっぱり真雪ちゃんはうぶだなあ。樹々にこれをやってもさあ、『なにかしら?』とか言われて、冷静に振り払われるんだよね」
「真雪ももう少し他人に慣れないと、彼氏とかできないよ?」
「もう。やめてよ~。私ってあんまり近いと恥ずかしくなる人なんだから」
真雪は涙目になって言った。
もともとオンエア部の部室は旧学食棟の中にあったのだか、建物の解体と同時になくなってしまった。
ここは新しい部室に移るまでの、仮の部室になっている。
真雪と明夏は、ついさっき部室の前まで来た。
明夏は戸を開けようとしたが、鍵がかかっいるようで開かなかった。
「あれ? 閉まってる」
「まだ誰も来てないみたいだね。私、鍵をとってくる」
真雪は職員室へと向かった。
部室の鍵は職員室に置いてあり、部活で必要になったときに借りに行くことになっていた。いつもは部長の樹々(じゅじゅ)が先にやってきて鍵を開けてくれているのだが、今日はまだ部室に来てなかった。
「失礼します」
あいさつをして職員室に入り、鍵の置いてある場所へと移動する。
たくさん鍵が並んでいて、その中にオンエア部部室の鍵を見つけた。
「あ、これだ。あの……鍵、お借りしまーす」
先生たちがいそがしそうな職員室の雰囲気。誰も聞こえてはいないだろうが、真雪は小声で言った。
そのままそろそろと職員室から出て行こうとすると、
「あら、もしかして真雪さん?」
職員室の入り口付近で話しかけられた。真雪が振り返ってみると、両手でたくさんの教科書を持ち歩いている人がいる。
オンエア部の先輩で、部長をしている樹々だった。
「あ、樹々先輩。部室の鍵なら私がもう」
「鍵のことじゃないわ。私はいまから教科書を持って教室に戻らなきゃ。それから授業が少しだけあるみたいだから、部室に行くのは少し遅れるのよ」
「そうですか。一緒に行けると思ってたから、ちょっと残念……」
真雪は鍵をぎゅっと握りしめながら言った。
「ちょうどよかった。今日の部活、私はちょっと遅れるってことをみんなに伝えておいてくれないかしら」
「わかりました。みんなに言っておきます」
「ありがとう。じゃ、私いそいでるからこれで」
樹々は早足で歩いていった。
廊下には他にも三年生らしき人たちがいて、樹々先輩と同じように教科書をたくさん持って歩いている。
「三年生って始業式の日にも授業があるのか。きつそうだなぁ」
来年は大学受験が控えている生徒もいるので、いそがしくなるのだろう。
真雪が部室に戻ると、明夏ともう一人、めずらしい人がいた。
樹々と同じ三年生の西瓜(すいか)先輩だった。
西瓜はいちおうオンエア部の部員ではあるが、部活にはめったに顔を出さない。それでもすごく頼りになる先輩で、これまで真雪は何度も西瓜に助けられてきた。
あと神出鬼没なところがあり、樹々からは「風来坊」とも呼ばれている。
「西瓜先輩! どうてここにいるんですか?」
「どうしてって、私も一応オンエア部の部員だからね。部活動に来たのさ。最初の日くらいは顔を出しておかないと忘れられそうでね」
「いや、私の聞きたいことはそういうことじゃなくて……」
「?」
西瓜も樹々と同じ三年生なら、いまから授業があるはず。
なのにどうして堂々とこの場所にいるのかわからなかった。
もしかしたら西瓜先輩、授業をさぼっているのかも。
真雪は気になって、聞いてみた。
「ああ、樹々と私はクラスが違うからね。私は普通クラスで、樹々は特進クラス。特進クラスは今日から授業があるんだよ。いやー、普通クラスでよかったよ」
「特進クラスか……樹々先輩は頭がいいんですね」
真雪は進級するのが精一杯の成績なので、樹々をすごいと思った。
「ほうほう。西瓜先輩は特進クラスじゃないんですか? 試験の成績はけっこういいって樹々先輩から聞いたけど」
明夏が横から話に入ってきた。
今までずっと一人で携帯ゲームをしていたが、どうやらやめたらしい。
「私が特進? まさか。授業をよくさぼってる私が、真面目に受験勉強をしている人たちのいる特進クラスなんか入れると思う?」
「それは、そのー……」
面と向かって無理とは言えない。
明夏がどう言おうか迷ってると、
「いいよ、べつに気を遣わなくたって。そもそも私は大学なんて行く気もないから普通クラスでいいんだよ。卒業したらアルバイトをしてお金貯めて、どこか遠いところに旅に出るつもりだし」
「先輩らしいですね。すごい夢だと思います」
明夏の言葉に、真雪がうんうんとうなづく。
大学に行くよりも、自由な生き方をしたほうが西瓜に合っている気がした。
うなづいている真雪を見て、西瓜はにやりと笑みを浮かべた。
「明夏ちゃん、ちょっといいかな」
「私? なんだろう」
西瓜に手招きされて、明夏は西瓜の前まで行った。
そこで、西瓜が明夏にひそひそと耳打ちをしている。
「? どうしたの? 私にも教えてよ」
真雪が話に入ってこようとするが、西瓜が真雪に向かって両手で×マークをつくる。
「真雪ちゃんはだめー。……だから、ごにょごにょ」
「なるほど。そいつは名案。ひっひっひっ」
西瓜の話を聞いた明夏は、わるだくみをしているような顔をした。
話し終えた二人は、真雪を挟みこむように左右の両側に立った。
「え? 二人ともどうしたの? 私に何かついてる?」
「明夏ちゃん、いいかい? いっせーの」
「せーっ!」
二人は両側から西瓜の腕を組んだ。
真雪は、西瓜と明夏の二人に挟み込まれるような状態になった。
「えっ、えっ。どういうこと?」
「新しいおしくらまんじゅう~」
「さあ、手をつないでー」
明夏と西瓜は、真雪にぎゅうぎゅうと詰め寄る。
板挟みにあった真雪は、肌が密着してなんだか恥ずかしくなってきた。
真雪の顔が真っ赤になっていき、顔もだんだんうつむいてきた。
「お? やっぱり真雪ちゃんには効果てきめん?」
「うりうり~、どうなの真雪~」
「あっ……えと、その……もうだめ……限界」
真雪があまりにも恥ずかしそうだったので、二人は真雪から離れた。
それから真雪は、体の力が抜けたようにその場にへたりこんでしまう。
「やっぱり真雪ちゃんはうぶだなあ。樹々にこれをやってもさあ、『なにかしら?』とか言われて、冷静に振り払われるんだよね」
「真雪ももう少し他人に慣れないと、彼氏とかできないよ?」
「もう。やめてよ~。私ってあんまり近いと恥ずかしくなる人なんだから」
真雪は涙目になって言った。